第802話 「混在」

 バラキエルの光線が戦場を薙ぎ払おうと発射されるが、ヴェルテクスは腕に魔力を回して空間を歪曲させて空へと逸らす。

 もう何度目か分からない攻防だったが、防御側のヴェルテクスはそろそろ限界を迎えつつあった。


 最初から普通のやり方では勝てない事は分かってはいたのだ。

 研究所の魔力障壁を抜いて来た時点で、他の面子ではバラキエルの相手は難しいと判断せざるを得ない。

 その為、ヴェルテクスは自分からバラキエルの相手をすると買って出たのだ。


 バラキエルとの攻防でその能力もある程度だが把握できはした。

 基本的に定めた位置から動かずに光線攻撃のみを繰り出してくる。 光線は同時に三発まで発射可能で、単発でなら五連射まで撃ち出す事が可能だ。 挙動から攻撃しながら移動できない物と推測。


 撃ち終わると魔力の充填が必要なのか、少しの間攻撃してこないので反撃する好機とも取れるが、防御の面でも堅牢だった。

 ヴェルテクスも攻撃の合間を狙って反撃したが、彼の攻撃は悉く光の障壁に防がれて通らない。


 空間を捻じって仕留めようともしたが、障壁の効果なのかバラキエルのいる位置を発現点にできないのだ。

 この時点でヴェルテクスがバラキエルに攻撃を通す手段がかなり絞られてしまった。

 

 ――クソが! 結局、これを使う羽目になるか。


 ヴェルテクスは内心で毒づきながら腰のホルダーから魔導書を抜いて展開。


 「<第三パラレル・グリモワール混章:アルス・パウリナ強欲グリード』>『Ρεασον理性 ις ψομπασς,羅針で、 γρεεδ強欲 ις στορμ.嵐だ』」


 権能を使用。 「強欲」の権能は何らかの形で自己を強化する物が多く、ヴェルテクスが使用した権能もその例に漏れない。

 

 「――ぐぉ……」


 全身が軋みを上げ、彼の根幹を成す何かが削り取られるような感覚。

 混在魔導書パラレル・グリモワール。 この魔導書はヴェルテクスが自分専用に作成した特別製だ。 似たような代物をいくつか作成しているが性能という点では完全に一点物となる。

 その名が示すように天使と悪魔の両方を扱え、条件さえ揃えば全ての機能が無制限に使用できるように設計上のリミッターを全てを取り払った代物だ。 その為、他の魔導書に比べると魔力の増幅率や効果が非常に高い。


 ――だが、使い手に圧し掛かる負担も尋常な物ではなかった。


 第一は肉体に、第二は精神に、第三は魂に使い手を殺さんばかりの激痛を与える。

 設計段階で魔導書に制限がかかっている理由に納得したが、ヴェルテクスはそのまま使用する事を決めていた。 負荷をどうにかする方法にも心当たりがあり、その為に必要なローが戻ってくる前に襲撃されたのは彼にとっては痛恨の極みだったが……。

 

 『――……悪魔と繋がったか。 汚らわしい』


 無言で攻撃を繰り返していたバラキエルはここに来て初めてヴェルテクスに対して言葉を発した。

 当初、彼の関心は転生者のみで、ヴェルテクスに対しては何処にでもいる路傍の石程度の認識だったが、攻撃を悉く防いでくるのでそろそろ目障りになって来た所だった。


 加えて権能まで使用した事により、バラキエルにとってヴェルテクスは路傍の石から不快な害虫へと格が上がる。

 

 『いい加減に目障りだ。 消え去るがいい』


 バラキエルの腕から規模が拡大した巨大な魔法陣が発生し、攻撃が放たれる。

 

 ――ここだ。


 ヴェルテクスが待っていたのはこの瞬間だ。

 明らかにバラキエルはヴェルテクスの存在を視界に入れていなかったので、本気を出させる為に何らかの手段で挑発する必要があった。


 ヴェルテクスは天使の精神構造には明るくなかったが、態度を見る限りは部分的にではあるが人間に酷似しているので、こうして防ぎ続けていれば焦れて大きな攻撃を繰り出してくると睨んでいたのだ。

 まさか権能を使う事で意識が向くとは彼も予測できなかったが。

 

 光線がヴェルテクスを消し飛ばさんと飛来するが、今までと同様に空間を歪める。

 だが、今回は違う点がある。 権能だ。

 強欲の権能は彼の使用した能力の効果を拡大。 その歪みを以って光線を絡め取り、軌道を強引に捻じって旋回。 そのまま跳ね返す。

 

 『――!?』


 驚いたのかバラキエルから微かな動揺が伝わり――直撃。

 障壁と拮抗し巨大な爆発が発生。

 

 「……少しは、効いたか……」


 仕留めたとは思わないが、多少は効いていて欲しいと思い――咄嗟に跳んでその場を離れる。

 同時に彼が居た場所に光線が突き刺さり爆発。 衝撃波だけでも凄まじく、ヴェルテクスは吹き飛ばされながら咄嗟に飛んでくる石等から腕で顔を守る。

 

 「――くそ、無傷かよ」


 バラキエルには損傷が全く見られず、ダメージは皆無だった。

 

 ――ジジイ! まだか!? そろそろこっちも保たねぇぞ!


 ――……分かった。 滑走路や、どうにか誘い込んでくれ。


 首途に催促の連絡をすると、少し迷うような口調で行けると合図を出す。

 可能であればもう少し粘りたい所だったが、これ以上は無理だ。


 ヴェルテクスはどうにか立ち上がろうとするが、意思に反して膝が落ち、口から血が逆流して噴き出す。


 「――が、は……」 


 権能が効いている間は動けるかとも思ったが、体の方が付いて来なかったようだ。


 「くそ、一回使っただけでこのザマか」


 視界が赤く染まっているのは目からも血が流れている証拠だろう。

 本来、ヴェルテクスには権能に対する肉体的な適性はなかったが、魔導書で補う形で強引に使用したので過度の負担がかかったのだ。


 そしてヴェルテクスにとっての最大の失敗は全ての機能を解放した結果、使用者を守る全ての機構を撤廃した事だろう。

 結果、彼はたった一度の使用で行動不能に陥ってしまったのだ。


 ――おい! ヴェル坊、何をやっとんのや! はよ逃げぇ!


 返事をする余裕がないヴェルテクスが何とか立ち上がろうとしていたが動けない。

 彼の危機に気が付いた改造種や他の者達がバラキエルの気を逸らそうと攻撃を仕掛けるが、まったく意に介さずに真っ直ぐにヴェルテクスを狙う。


 発射の直前、背後から跳躍してバラキエルに突っ込んで来る影があった。 サイコウォードだ。

 バラキエルに突っ込んで、ザ・コアを模した武器腕を叩きつける。 回転する機構がバラキエルの障壁に干渉して火花を散らし、ややあってズブリと沈み込む。 同時にバラキエルの顔に当たる部分に近くで無数の爆発が発生し、緑色の霧が周囲に散る。


 「グリゴリだかなんだか知らないが、このマルスランの力を思い知ったか!」


 サイコウォードから少し離れた所にいたマルスランが、修理が終わっていないフライトユニットからミサイルポッドを取り外して肩に担いでおり、それを撃ち込んだようだ。


 どうやらバラキエルの障壁は魔法には効果が高いが物理攻撃にはそこまでではないようで、マルスランが視界を塞ぎつつサイコウォードが近接。

 操縦していたニコラスは行けると押し切ろうとしたが――


 『人形ごときが』


 バラキエルは標的を変更。 サイコウォードに向けて光線を発射。

 ニコラスは咄嗟にサイコウォードを大きく仰け反らせ、下半身担当が障壁に脚部部分を全力で叩きつけ急降下。 最後に武装担当が障壁を展開。


 光線が接触。 仰け反った事が功を奏し、障壁で直接受けずに角度を付けて逸らす形で受けられたのが良かったのか、機体の表面を大きく融解させるだけに留めた。

 直撃だった場合は跡形も残らなかったので、これはニコラス達の操縦技術によるところが大きい。


 それでも原形を留めていただけで、ダメージは甚大だった。

 コックピットのあちこちで爆発。 破片が彼等に突き刺さり、ニコラスも肩に破片が突き刺さり痛みに呻く。 ついでに余波でマルスランは何処かへ吹き飛んで行った。


 「く、そ――」


 その状態にもかかわらずニコラスは機体を操作。

 サイコウォードは乗り手の戦意に応え、腹部装甲を展開。

 内蔵していたミサイルを全弾発射。 胸部の主砲は損傷して起動しなかった。

  

 バラキエルはミサイルを全て障壁で防ぎ、虫を追い払うような動きで腕を一閃。

 サイコウォードの胴体が切断され、上半身と下半身が分離。

 それぞれが地響きを立てて地面に落下。 サイコウォードはそれっきり動かずに完全に沈黙。


 バラキエルはサイコウォードに目もくれずにヴェルテクスへと振り返った。

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