第803話 「壁剥」
サイコウォードとマルスランが割り込んだ事により、バラキエルの意識が逸れた隙に夜ノ森は倒れているヴェルテクスを回収して走る。
「ちょっと!? ヴェルテクス君? 生きてる?」
ヴェルテクスを肩に担ぎ、走りながら彼の頬を軽く何度か叩くと小さい呻き声が聞こえて来た。
生きてはいるようだが危険な状態である事には変わりない。
適正以上の権能を強引に使用した代償は肉体と魂の損傷。 場合によっては重篤な後遺症すら出しかねない危険な行為だった。
「……あぁ、くそ……一回でこれか、割に合わねぇ……」
「その様子だと大丈夫そうね。 動けそう?」
ヴェルテクスは咳き込んで血を吐く。 何か言おうとしているようだが、答えられないようだ。
明らかに動けそうもないので夜ノ森はこのまま担いで逃げるべく走る。
目的地は研究所の裏手――滑走路だ。 サンダーバードやコンガマトー等の飛行能力を持った改造種の離着陸や、魔導外骨格の教習などに使用される開けた場所となっている。
「滑走路って結構広いけど、どの辺まで誘導すれば良いのかしら……」
――ヴェル坊! ヴェル坊は無事か!?
首途に連絡しようとしたタイミングで夜ノ森の耳に魔石による通信が入る。
――無事かどうかは何とも言えないけど、生きてはいるわ。
――あの魔導書を使いよったな。 アホが無茶しよって……。
――怒るのは後にして。 それで? どこまで誘導すれば良いの?
――的がでかいから細かくは誘導せんでもええ。 そのまま、搬入出に使うとる出入口に飛び込んでくれたらええ!
夜ノ森が周囲を見ると他も同様の指示を受けているのかオラトリアム側の戦力が攻撃しながら後退しているのが見える。
ヴェルテクスは喋る気力もないのか彼女の肩で体のあちこちから血を流して細い息を吐いていた。
こちらも急がなければ不味いと夜ノ森は焦り――魔法とチャクラでの身体強化を用いて不規則に動く。
少し遅れて彼女の居た場所を光線が穿つ。
バラキエルの光線だ。 攻撃範囲が広いので他の味方を巻き込まないように戦場から離れるように走り回って躱し続けている。
動きを直線的にすると即座に打ち抜かれるので、不規則に動いている事もあって中々進めないのだ。
「やぁ、梓」
不意に声をかけられて隣を見るとアスピザルが走って合流して来た。
「アス君!? 大丈夫だったの?」
「いやぁ、今の所は大丈夫なんだけど、この後はどうだろう……」
アスピザルの表情には疲労の色が濃い。
必死に逃げ回っていたのだが、捕まれば終わる状況は彼に相当の消耗を強いていたようだ。
夜ノ森は肩越しに小さく振り返るとバラキエルとバササエルの二体の天使が並んで追いかけて来ていた。
無数の影が地面を走り、光線が次々と飛んでくるので躱す度に二人の背中にヒヤリとした物が走る。
「梓――これどうしようか……」
「……正直、私もちょっと難しいと思う」
アスピザルが何を言いたいのか夜ノ森は察していた。 このままだと逃げ切れない。
光線の発射のタイミングで身体強化の効果を強引に引き上げて瞬間的に加速して、照準から逃れているが、そうやってごまかすのもいい加減に限界だ。
さっきから全力で走り回っているので夜ノ森自身の体力も精神力も限界が近い。
「……これはちょっと甘く見ていたかもね」
「そうね。 いざとなったら私が解放を――」
――振り切れんか?
――うーん。 ちょっと難しいかもね。
首途の連絡にアスピザルはやや引き攣った表情でそう答える。
――どうにかならない?
――ならん事もないが、連中の障壁をどうにかする必要があるねんけど、できそうか?
それを聞いてアスピザルはやや呆れ気味に溜息を吐く。
――いやぁ、無理じゃない? 出来たら仕留める算段を立てるよ。
――一瞬でええねんけど無理か?
そう言われてアスピザルは思案。
――……うーん。 まぁ、一瞬ぐらいならどうにかなるかもだけど……片方だけじゃなくてあいつ等両方でしょ? ちょっとハードル高すぎるよ。
「なら……片方は……俺が、どうにかする……」
そう答えたのはヴェルテクスだ。 彼は血を吐きながらも手放さなかった魔導書を持ち上げる。
「ちょ、ヴェル!? 大丈夫なの? 一回使ってその有様でしょ? 冗談抜きで死ぬよ?」
「舐め、てんじゃ……ねぇぞ。 俺が……死ぬ訳、ねぇだろうが……」
アスピザルは何か言いかけたが他に手段がなさそうなので、気休めだが持っていた治療用のポーションをヴェルテクスに振りかける。
「僕はあの影使い――バササエルの障壁を剥がすよ。 ヴェルは光線使いでいい?」
「ちょっとアス君!? 本気? ヴェルテクス君、本当に死ぬわよ!?」
「……あぁ、問題、ない」
夜ノ森は心配そうにヴェルテクスを見ていたが止められないと察したのか目を伏せる。
「梓、後で僕も動けなくなるから悪いんだけどヴェルと一緒に担いで逃げて貰ってもいいかな?」
「……使うのね?」
「うん」
そのやりとりだけで夜ノ森はアスピザルが何をするのかを悟った。
――首途さん。 タイミングはどうする?
――お前等が敷地に入った瞬間でどうや?
――オッケー、一瞬で良いんだよね。 本当に頼むよ?
――任せとかんかい!
アスピザルは首途を信じると覚悟を決め、夜ノ森に視線で合図。
頷いたのを確認して走る足に力を込めて加速した。
首途は天使の撃破が難しいと判断した段階で研究所へ下がり、戦場での指示を出しつつ切り札を切る準備をしていた。
正直、使うつもりもどころか、使う事になるとすら思っていなかったので、現在急ピッチで起動準備を行っていたのだ。
施設内の魔力の供給をカットしてその全てを研究所最下層――首途の個人的な用途で使用されている区画へと送り込んでいる。
「一発撃てればえぇ! 最悪、ぶっ壊れても構わんへんから強引に上に向けぇ!」
首途は通信魔石に向かって怒鳴るように指示を飛ばす。
連絡先である最下層ではドワーフとゴブリンの作業員が総出で作業に入っており、間もなく準備と魔力供給が完了する。
「発射前には絶対に避難せぇよ! 巻き込まれたら消し炭どころか跡形も残らへんぞ!」
後はアスピザル達が天使の障壁を剥がすのを待つだけとなる。
首途はもう一つの魔石で確認の連絡を入れ、そちらの方も問題なく準備が出来ていることを確認。
やるべき事はやったので、今の彼にできる事はアスピザル達が無事にやってくれる事を祈るだけだった。
二体の天使は影と光線を撒き散らし、アスピザル達は必死にそれを躱していた。
他の天使はオラトリアム側の戦力が後退した事により、主戦場が研究所の裏へと移っている。
あの二体の天使さえどうにかできれば勝てる。 首途はそう考えて雑魚には構わない。
首途の視線の先でアスピザル達がそろそろ敷地内に足を踏み入れようとしていた。
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