第800話 「黄黒」
オラトリアムとグリゴリ。
両戦力の激突はやや前者が有利となっていた。
魔導外骨格と改造種の高い身体能力に一部の者は魔導書を使用し能力の底上げを図っており、グリゴリの天使相手にも有利に戦えている。
対するグリゴリの天使達――名乗った個体以外の雑兵も形状に見合った堅牢さを誇っているので、オラトリアムの武器でも即死とはいかなかった。
実際、ザ・コアの掘削にすら数秒ではあるが耐える事が出来ているのだ。 並の防御力ではない。
攻撃力も非常に高く、用いている魔法で生み出したであろう発光している武器はタイタン鋼を使用している魔導外骨格の装甲に数撃で深い傷を刻む。
それでもオラトリアム側の優勢ではあった。 一体、一体敵を仕留め、数を減らしていくが、首途は指示を出しながらも何をしていると二体のグリゴリを睨む。
戦闘開始から少し経つがバラキエル、バササエルの両個体は動かず観戦を決め込んでいた。
何か企んでいるのかとも思ったが、魔力を収束させているような気配もなし。
本当にただ見ているだけに見える。
舐められているのかとも考えられるが、その方が今は都合がいい。
可能であれば高みの見物を決め込んでいる者達にもとっくに仕掛けているが、それが出来ないのは優勢ではあるが押し切れていないので手を出す余裕がないのだ。
アラクノフォビアが手に持つ槍で天使を叩き潰し、その後に光る矢を射かけられ穴だらけにされて爆散。
研究所の建物の上から狙撃班が銃杖で支援。 次々と撃墜していく。
敵の数が目に見えて減った所で二体が動き出した。 バラキエルが手を翳すと巨大な魔法陣が展開。
――速い。
一瞬で凄まじい量の魔力が収束しているのを感じる。
「全員、巻き込まれんようにシールドの効果範囲まで下がれ!」
戦闘中のオラトリアムの構成員は一斉に下がる。
敵が砲撃してくるのは想定していたので、首途は部下に連絡。 バチバチと弾けるような音が響き、殆ど間を置かずに発射。
一瞬前に研究所に設置された防御機構が作動。 研究所の周囲に魔力で構成された障壁が展開。
これは聖剣から魔力を引いているので、大抵の攻撃は防ぐ強固な盾だ。
光線が直撃する。 障壁と光線が拮抗し――光線が消滅。
『ほぅ、これを凌ぐか』
バラキエルは感嘆の声を漏らしたと同時に再度魔法陣を展開。
「連射出来るんかい……」
発射。 再び光線が障壁に命中。
防ぎきるが部下から連絡が入る。 魔力は足りているが、装置の方が保たないと。
これはオフルマズドでの戦いでも発生した事だが、魔力障壁を発生させる装置は障壁に圧がかかると装置にも負荷がかかる。 つまりは障壁に閾値を超えたダメージが入ると機能を維持できなくなり破損するのだ。
首途はそれを嫌って安全装置を付けており、それは壊れそうになると自動で供給がカットされる仕組みだった。
三発目の光線で障壁を貫通。 障壁のダメージが限界を超えて装置の機能がカットされたのだ。
巨大な光が研究所を襲いかけ――途中で軌道が捻じ曲げられ空へと消える。
首途が振り返ると小さく息を切らせたヴェルテクスが手を翳していた。
「ジジイ! 何をグズグズしていやがる」
「ヴェル坊! すまん、助かったわ!」
ヴェルテクスに続くように次々とオラトリアムの増援が研究所から現れる。
中から出て来たのは内部の転移装置でこちらまで来たからだ。
ライリーを筆頭にジェヴォーダンに騎乗したシュリガーラやレブナントの群れ。
そして増援部隊の指揮を執っているシルヴェイラ。
最後に緊急と言う事で駆り出されたアスピザルと夜ノ森、石切がその後に続く。
「敵襲で呼び出されたけど、これ想像以上にやばそうだなぁ……」
「天使なの?」 「うへ、勘弁してくれよ……」
目の前に広がる天使の群れに顔を顰めるアスピザルに困惑の夜ノ森、若干嫌そうな石切。
「すまんな。 儂等で片を付けるつもりやったけど、ちょっとキツくてなぁ」
グリゴリの天使達は突然現れた転生者三名を見て興味深いと目を細める。
『やはり他にも居たか。 この様子ではまだ居そうではあるな』
「……何? あいつ等僕達転生者に何か思う所でもあるの?」
「儂等を生贄として有効利用してやるから死ねとか言うとったぞ」
眉を顰めるアスピザルに首途がそう言うと、あぁそうと表情が消える。
「じゃあ飛んでるし僕とヴェル向きかな? 梓と石切さんはシルヴェイラさんの手伝いでいいかな?」
アスピザルはそれでいい?と振り返る。
「構わない。 協力に感謝する。 アスピザル殿」
「分かったわ。 気を付けてねアス君」 「ま、呼ばれたからにはやるとするか」
シルヴェイラは大きく頷き、夜ノ森は心配そうにアスピザルを気遣い、石切は気負わずに敵へと視線を向ける。
そしてヴェルテクスは頷いてアスピザルの隣に並ぶ。
「どうも僕達転生者も狙いっぽいから、僕は負けてもすぐに殺されなさそうだし選んでいいよ。 どっちとやる?」
「……俺は黄色をやる。 お前は黒だ」
理由は単純だった。 あの光線攻撃をまともに防げそうなのが自分しかいないと判断したからだ。
「正直、自信ないんだけど勝てそう?」
「やりようはある」
アスピザルはバササエルとヴェルテクスはバラキエルとそれぞれ対峙。
『人と混ざった稀人か。 今ならまだ間に合うぞ? 素直に我等と共に――』
「悪いけど君達みたいな話が通じないのとは会話しない事にしてるんだ。 早い所、始めようか?」
そう言ってアスピザルは魔法を起動。
地面が隆起して岩でできた無数の槍が姿を現す。
バラキエルは光線攻撃が主体。 ならこいつは何だ? 様子を見る意味でもまずは軽く仕掛けるべきだろうと考えて射出。
無数の岩がバササエルへと襲いかかるが、さっきの砲撃を無効化した黒い幕のような物が地面から立ち上がり、飛んで来た全ての岩を呑み込む。
アスピザルは移動しながら手を変える。 今度は火球を生み出して射出。
同様に黒い幕に吸い込まれて消える。
「うーん。 何だろう、吸い込んで何処かに飛ばしている感じ? いや、消しているのかな? 下から出て来た所を見ると影を媒介にしている?」
アスピザルは動き回りながら岩、炎、水、風と攻撃の属性を切り替えながら、バササエルに魔法を撃ちこみ続け、同じ場所に集中させたりと突破口を探る。
対するバササエルは黒い幕で周囲を守りつつ、アスピザルの攻撃を一通り見た後――珍しく不快気に視線に怒気を込めた。
『不快な。
「――何を言っているかは分からないけど、気に入ってくれて嬉しいよ」
エレメンタル。 それを聞いてアスピザルはなるほどと、少し腑に落ちたような気持ちになった。
精霊と言うよりは字面通りの意味である元素に近いニュアンスだろうと彼は考える。
この体になってから彼は人とは違う物が何となく見えていた。
それは魔法を使うと形を変えて世界を漂う正体不明の何か。
形すら分からないが、そこにあると言う事だけは何故かはっきりと感じられる代物だった。
生き物とも違う何か。 それは彼にとっては魔法を扱うに当たって非常に役に立つ代物だったからだ。
それを意識すれば何となくだが、魔法が上手くできた。
陣の構築も狙った効果を出す為のオリジナルも簡単に理解できる不思議な何か。
ローや仲間達にも説明したが、認識できるのが彼だけなので芳しくない反応しかなかったが……。
天使の口振りから察するにこの世界に存在する根源的な物の一部なのかもしれない。
意外な所で意外な事が分かったなと思いつつ、攻撃を続ける。
バササエルも様子見を止めたようで、黒い幕から大量の腕のような物が噴出。
お返しとばかりにアスピザルへと殺到していく。
「うーん。 これはちょっと厳しいかもしれないなぁ」
アスピザルは向かって来る黒い何かを前に弱気にそう呟いた。
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