第799話 「臨戦」
敵襲との事で首途研究所も臨戦態勢となっており、あちこちで怒鳴り声を上げながら戦力の展開を始めていた。
周囲の住民や非戦闘員は既に避難済みなので思いっきりやれる状態だ。
研究所の地下から次々とフューリーやアラクノフォビアが出撃し、量産型ザ・コアⅡを構えたトロールが後に続く。
「嬢ちゃん達からの許可は出とるからな。 儂の合図で即ぶっ放せ!」
指揮を取っている首途は敵が向かって来る西側を見据えつつ部下に指示を出す。
既に大量に光る何かが飛んでくるのが小さく見えている。
魔導外骨格は全機武装を展開。 フューリーは腕に換装した砲をアラクノフォビアはトロールと同様に量産型ザ・コアⅡを構える。
魔力が充填され砲身内に熱が溜まり砲身が赤熱。
ヴァレンティーナから事前に敵の脅威度が極めて高いと言う事は伝えられていたので、最大の威力が出る有効射程に入るまで待つ必要はない。
敵の群れが――射程に入った。
「撃てやぁ!」
一斉射撃。 無数の紅い光が天使の群れへと殺到する。
軍勢を容易く焼き払う光の群れは標的に喰らいつく直前――現れた黒い壁に全て吸い込まれて消滅。
「なんやあれは? 威力が散らされた感じはせんな。 吸収か何かか?」
あっさり防がれたのは面白くないが、どうせザ・コアⅡの砲撃は近寄られると使えないので、敵の手の内を見れただけよしとしようと前向きに考えた。
「来んぞ! 無駄かもしれんが第二射用意!」
首途の指示で第二射が放たれたが、さっきと同様に防がれる。
黒い壁のような物が下から立ち上がるように現れ、赤い熱線を全て無効化。
「これ以上は無理か。 砲兵は下がらんかい! 腹を括れ! 白兵戦行くぞ!」
トロールの砲兵とフューリーは後退して装備を換装。 アラクノフォビアは装備を槍や銃杖に持ち替る。
後退したメンバーと入れ替わるようにレブナントや改造種、数は少ないがスレンダーマンが前に出て迎え撃つ構えを取った。
『――聞くがいい。 混沌の眷属達よ』
開戦かと思ったが、相手はそこまで気が早くなかったらしい。
声が届く距離に来たのか、語りかけて来た。 発しているのは天使の群れに居る巨大な個体の内の一体。 それに合わせるように他の天使も一定の距離まで近づいて停止。
甲冑と彫像を足して割ったような造詣に背中にサイズに見合った巨大な三対六枚の灰色の羽。
片方は淡い黄色で体の表面には薔薇などの植物を思わせる茨のような物が巻き付いているようなデザイン。 そして頭部の上には光輪。
もう一体は対照的に暗い色合いで、黒に近いがこちらもやや淡い。
デザインは似通っているが、全体的に細いように見えるのは装飾のような付属物が付いていないからだろう。
『我は
『同じく
黄色がバラキエル。 黒がバササエルと名乗る。
グリゴリと言うのは事前に聞いていたので、裏が取れた以上の意味がなかった事もあり、首途からすればああそうかぐらいの感想だった。
「――で? そのグリゴリがこんな辺鄙な所に何の用事や?」
『我等の求める物がここにあるからだ』
距離もあったので独り言のつもりだったのだが、意外な事に返答があった。
「えらい耳がええなぁ。 で? 何が欲しいんや?」
会話に乗ったのは増援が来るまでの時間を稼ぐ為だ。
敵地なら無言で追撃となるが、こちらは防衛側なので時間は味方となる。
『この地に封じられている聖剣。 それと汝を含めた全ての
「要は聖剣と儂ら転生者を寄越せてかい。 聖剣は分からんでもないが、何でまた儂等みたいな変わり者を欲しがるんや?」
稀人――要は余所者の事だ。 首途を指してそう言った表現をすると言う事は間違いなく転生者の事だろう。
『然り。 汝らはこの世界に招かれし存在。 それ故に
そこまで聞いて首途の脳裏に不完全ながら理解が広がる。
ベレンガリアの天使や悪魔に関しての所見は首途も聞かされていたので、触媒と言う単語とグリゴリがここまではっきりと実体化している事実を合わせれば自分達を何に使うかも察する事が出来た。
「お前等、要は自分達の為に儂等に死ね言うとるんやろ?」
『然り。 汝らの肉は我等の一部となり、その栄誉は永遠のものとなるだろう』
欠片も隠さず、取り繕う事すらしないのは安く見られている証拠だろう。
本来ならもう少しダラダラ引き延ばそうとも思っていたが、流石にこれは無理だった。
実際、ここまで堂々と舐めた事を言われたのは彼の記憶になかったからだ。
態度もそうだが、内容がまた酷い。
グリゴリは首途達転生者は自分達の為に死んで当然と圧倒的な上から目線でそう告げているのだ。
それも挑発ではなく自然な要請として。
ここまでいくと清々しくて笑えて来ると考え、気が付けば首途は声を上げて笑っていた。
ひとしきり笑った後、首途はグリゴリの軍勢に中指を立てて見せる。
「アホが、寝言は寝てから言わんかい。 それにお前等、他所で儂の連れにもちょっかい出しとるんやろ? それで充分やわ。 ぶち殺したるからかかってこんかい」
『我等からの祝福と栄誉を拒むとは愚かな。 ならば力尽くで奪うとしよう』
バラキエルが軽く手を持ち上げると、グリゴリの天使達が一斉に襲い研究所へと殺到。
「一匹残らずいてもうたれや!」
首途の号令で魔導外骨格の軍勢が応じるように突撃。
真っ先に敵の軍勢に仕掛けたのはサイコウォードだ。 そのメインパイロットであるニコラスは機体の視線越しに敵を真っ直ぐに見据える。
「オラトリアムの敵は全て滅ぼす。 行くぞ!」
背の武器腕が展開し、格納されていたザ・ジグソウが展開される。
刃の生えた円盤が天使を切り刻まんと向かうが、剣を持った個体に容易く受け止められた。
起爆。 円盤が天使諸共爆散する。 ザ・ジグソウの回転刃をあっさり止められるとは思わなかったので、ニコラスはこれまでの相手とは違うと気持ちを引き締め――
「――っ!?」
不意に横に振られて体が揺れる。
下半身が回避運動を行ったからだ。 同時に武器腕担当がザ・コアで光る矢を叩き落す。
ニコラスはその動きに合わせて腰にマウントされた銃杖を抜いて射撃。
魔石は同時に展開した<照準>の軌道に従い、天使に命中し爆発。
その羽を焼き空から地へと落とす。 手強い上に動きもいいが、充分にやれる。
確かな手応えを感じたニコラスは機体を操る腕に力を込めた。
脅威度が高いと認識したのか、天使の群れはサイコウォードに狙いを定めて襲いかかって来る。
戦いは始まったばかりだ。
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