第797話 「避難」
「指示した物を持って来なさい! 急いで!」
俺の周囲ではファティマが珍しく周囲に怒鳴るように指示を飛ばし、他が慌ただしく走り回っていた。
ここはファティマが転移先に指定した退避先なのだが――
あの時、権能の霧で視界を塞いだ後、俺は首から下を囮にして逃げる事にしたのだ。
正直、体を捨てる事には抵抗があったが、必要経費と割り切って実行。
流石に胴体の方が気配が大きいので、連中も騙されてくれたようだ。
首尾よく連中は引っかかり、ついでに胴体を自爆させて手傷を負わせる事にも成功した。
頭だけになった俺はその隙に乗じて<飛行>で逃走、ちょうど下にサベージが居たので回収させ砦へ向かう。
中には既にファティマが待っており、その護衛と一緒に転移。
何とか逃げ切れはしたのだが、この頭だけの状況は早い所どうにかしたい物だな。
ちなみに今俺がどうなっているのかと言うとファティマに抱きかかえられている状態だ。
ファティマの奴は俺の有様を見るやサベージからひったくるように奪い取るときつく抱きしめて離さない。
……おいおい、もう少し大事に扱ってくれないか? サベージの方がもうちょっとソフトに抱えてたぞ。
後、押し付けるように抱え込むの止めてくれないか? 胸に埋まって前が見えないんだが。
しばらくするとドサドサと何かが積み上げられる音が響き、魔剣が鞘に納められて漏れている魔力の気配が消えた。
「さぁ、ロートフェルト様。 こちらをどうぞ」
ファティマの胸から解放された俺は向きを調整され、ようやく視界が確保できた。
俺の目の前には生肉や魚が山と積まれている。
よし、根の増産に時間がかかるが、肉体の再構成は問題なくできそうだ。
……ただ、本調子にはしばらく必要だな。
「な!? い、一体何が!?」
何やら耳障りな声が聞こえたのでそちらに視線を向けると、珍獣女が驚愕の眼差しでこちらを見ていた。
……こいつが居ると言う事は――。
ここに来てようやくどこに転移したのかを察した。
どうやらここは珍獣女の島流し先であるリブリアム大陸の北にある開拓中の島のようだ。
「だ、旦那? い、生きているんですかい?」
「見ての通りだが?」
珍獣女の隣にいた柘植が震える声でそんな事を言っていたので適当に返す。
首の切断面から根で作った触手を大量に吐き出して直接肉と魚の山を吸収する。
「ひっ!? な、何をやっているんだ!?」
「うわ、リアルなタコ型宇宙人みたいになっていやがる……」
何か言っている二人を無視して、取り込んだ質量を変換して体を再構成。
「いつまで居るのですか? 見世物ではありませんよ?」
「いや、でも――」
「はい! 失礼しやした!」
何故かじろじろと眺めて来る珍獣女を抱え、柘植は後ろで黙っていた両角を伴って去って行った。
ファティマはその背中に冷たい眼差しを向けていたが、ややあってこちらに視線を戻して微笑んで見せる。
俺は特に構わず食事を続け――よし、これぐらいあれば体の再構成は行けそうだな。
取りあえず、手足がない事には話にならんからな。
いい加減、後頭部に磁石のようにへばり付いている魔剣も鬱陶しい。
首から下の再構成を済ませると用意されていた服に袖を通し、魔剣を腰に吊って完了だ。
「さて、状況の確認を頼む」
「分かりました。 では、移動しながらご報告させていただきます」
落ち着いた所で始めるのは現状の確認だ。 流石に立ち話も良くないと言う事で、近くに建てた仮設の住居へと向かいながらファティマは俺が肉体の再生を行っている最中に入った報告を纏める。
歩き始めた俺達について来るようにサベージや一緒に転移して来たファティマの護衛三人が続く。
「まずはグリゴリについてですが、あの後すぐに撤退したようです。 あくまでも目的はロートフェルト様と魔剣だったようですね」
その点は一貫していたようで、俺と言う目的を見失った以上は戦闘は無駄と判断して引き上げたか。
「向かったのは西と言う事ですので、恐らくはポジドミット大陸になるかと」
「近場ではなく本拠に引き上げたと?」
「はい、報告によればロートフェルト様の攻撃を受けたシャリエルと言う個体も相応の手傷を負ったとの事なので、引き上げて傷を癒す物と考えられます」
ファティマ曰く、今回の襲撃で一筋縄ではいかないと判断した可能性が高いので、次回は万全の状態で攻めて来るだろうとの事。
まぁ、俺の現在位置が捕捉されていなければ探す必要があるので、ダメージを抱えたまま動くよりは回復させた方が合理的と判断したと言った所か。
……なるほど。
まぁ、頷ける話ではある。 感情がない訳ではないだろうが、明らかに合理や効率で動く手合いに見えたので無駄な事はあまりしなさそうだな。
……ただ、それは本当に俺の位置を見失っていればの話だが。
こちらを捕捉出来た理由は明らかに魔剣だろう。 魔力を探知しているのか、俺には分からん何か気配のような物を嗅ぎつけたのは知らんが、魔剣は例の鎖とセットで運用する魔力を漏らさないタイプの鞘を使用して可能な限り気配は消したのでこれで誤魔化せなければ次はここに来るだろうな。
それなりに時間が経っているが現れる気配がない以上は、どうにかなったと判断するべきか。
「……グリゴリの力。 予想以上でした」
「そうだな」
そこは素直に同意する。 エルフの里で戦った時とは明らかに格が違っていた。
高い戦闘能力に各々が持っている特殊能力。 権能に近いが、やや毛色が異なるな。
それに連携も上手い。 明らかにお互いの長所を最大限活かす組み合わせだったので、間違いなくあいつ等だけで全部じゃないだろう。
他に何体居るかは不明だが、二体も遠征に回せている事を考えると少なくとも追加で五、六体は居そうだ。
「戦った感触はどうでしたか?」
「強かったが、分断するか辺獄に引き摺り込めればどうにでもなるな」
派手にやられはしたが、連中の戦闘能力は大雑把だが把握した。
確かに強かったが「在りし日の英雄」に比べると一段も二段も格が落ちる。
あの連中が特別弱くない限り、一対一ならどうにでもなるレベルだ。
……ただ、今回のように複数で来られると厳しいな。
「――で? わざわざこっちに転移した理由についての説明がまだだが?」
単純に防備を考えるならオラトリアムに転移する物かとも思っていたが、わざわざこっちを選んだ理由が気になる――と言うよりは正直、察しがついているので確認といった意味合いが強い。
ファティマは表情を曇らせ、言い難そうに切り出した。
「……オラトリアムも同様に襲撃を受けたようです」
……だろうな。
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