第796話 「爆発」

 取りあえず反撃はできそうか。

 第二形態に変形させて発射。 狙いは当然シムシエルだ。 

 お前、さっきから鬱陶しいぞ。

 

 『小賢しい!』


 当然のように障壁に捻じ曲げられて無力化。

 お返しとばかりに光線を撃ち返してくるが、少し感じが違う。

 シムシエルの光線は発射と同時に分裂し無数の細い光線となって襲いかかって来る。

 

 権能のお陰で見えていないのは狙いが散っている事からも明らかだが――


 ……狙いは俺じゃなくて目晦ましの方か。


 権能の霧が光線で散らされる。

 

 『そこか』


 俺に命中した光線だけ煙を貫通しないので即座に位置を割り出されて攻撃が飛んでくる。 

 とは言っても完全に見えている訳じゃないので精度はあまり良くないが、連中にとってはそれで充分だったらしい。

 シャリエルが鎖を腕に巻き付けてそのまま巨体を活かして殴りかかってきた。 さっきと同様に鎖を振り回してくるのかとも思ったがそう来たか。

 

 これは躱せんな。 障壁を前面に集中。

 半分ほど砕かれた所でシャリエルの拳が止まる。 よしと反撃しようとした所で足元から光線が飛んで来た。 流石に防御が間に合わず、再生しかけていた足と体のあちこちにやや大きめの風穴が開けられる。


 ……これは厳しいな。


 街の戦況と俺の受けたダメージ等を考えると立て直した方が無難かもしれん。

 内心で嘆息。 やはり撤退するべきかと考えて<交信>を使用。 相手はファティマだ。

 

 ――ファティマ。 お前の言う通り、逃げる事にしよう。 準備は?


 ――整っております。 砦のエントランスまでお越しを!

 

 砦へ真っ直ぐ向かってもいいが、狙いがバレると先にそっちを攻撃されかねん。

 行くにしても前衛のシャリエルの動きを止めてからか。

 さっきから霧を出し続けてはいるが、早々に散らされたのはかなり痛いな。


 権能の霧はあくまで俺を中心に発生しているので、広がり方を見て位置に当たりを付けられている。

 逃げるにしても反撃するにしても何らかの形で意表を突く必要があるがこれはどうした物か。

 最低限、手傷は与えておきたいが……。


 権能を維持しつつ攻撃を捌きながら考える。 どうやればこの鬱陶しい連中に手傷を負わせつつ撒けるのかをだ。

 少し考え――まぁ、これで行くかと思いついた手段を取る事にした。

 リカバリが面倒だが、必要経費と割り切るとしよう。

 俺は権能の範囲拡大に全力を注ぎ込み、それに応じるように霧が爆発するように周囲へと広がって行った。




 

 ローの展開した青黒の霧が爆発的に広がり、影響を受けた者達から力を奪い取る。

 グリゴリの天使達は「嫉妬」の権能により動きが悪くなるが、彼等は魔法に対する高い耐性を備えているので効果は低い。


 このヴェンヴァローカに現れた二体のグリゴリ――シャリエルとシムシエルの目的は魔剣の回収。

 彼等の探知能力は非常に高く、世界中にある聖剣と魔剣の気配を正確に捉えていた。

 それにより、この地に狙いを定めて現れる事が出来たのだ。 例外は魔法的に防御されており、探知の目を逃れている物のみ。


 現在、彼等が探索範囲として定めた場所で補足している聖剣、魔剣の合計は六本。 それともう一本、所在は掴めてはいるが捕捉はできていない物があったが……。

 内、三本が一ヶ所に固まっているのは僥倖と言ってもいいだろう。

 そして担い手たる存在は聖剣や魔剣とは別で捕縛対象と定めていた存在だったのだ。


 彼等は捕縛対象――ローを殺すつもりはなかったが、複数の魔剣を扱っているので一筋縄ではいかない事もまた理解していた。

 その為、加減をせずに攻撃を仕掛けたのだが、ローは彼等の想像以上の粘りを見せている。


 シムシエルはまだ前回・・の戦闘での傷が癒えていない。 それを押して出て来たのは魔剣を警戒しての事だ。

 聖剣に比べれば魔剣は戦闘力で劣るが、最終的な脅威度は魔剣の方が高いので彼等は侮るような真似をしない。 だからこそシムシエルはシャリエルに同行したのだ。

 

 シムシエルは損傷こそ酷いがその真髄は支援能力にあった。

 彼の光輪は光と熱を司る。 それにより、攻撃は文字通りの光速で敵を射抜き、障壁はあらゆる物の軌道を捻じ曲げ、そして魔力の籠った光は対象の能力を爆発的に強化する事が出来るのだ。


 その恩恵を完全な形で受けているシャリエルは巨体にもかかわらず、風のような速さで行動してローを翻弄していた。

 これは権能ではなく分類としては魔法に近い物だが、効果は権能に匹敵する程に高い。

 

 加えて、本来なら広範囲の味方を強化するべき物をシャリエルの強化のみに絞っているので、その動きは魔剣を持っているローですら捉えきれない程に高められている。

 そしてシャリエル。 彼は鎖による近、中距離での戦闘を得意としており、前衛としてはグリゴリの中でも強い方ではなかったが、それを補って余りある固有能力を所持していた。


 魔力による拘束能力。 こちらも魔法に近い物なのである程度の抵抗は可能ではあるが、強制力が非常に強いので完全に防ぐ事は非常に難しい。

 効果の詳細は効果範囲内の敵性存在の体内魔力に干渉して、強制的に動きを止める金縛りだ。

 

 それによりセンテゴリフンクスに展開していたオラトリアムの軍勢は動きを阻害されて実力が発揮できないでいる。

 能力の詳細に早い段階で気づいたファティマは現状では防ぐのは難しく、不利を跳ね返す事もまた難しいと判断。 その最大の理由はある事情で増援が呼べないからだ。

 

 その為、早い段階での撤退を決める。 最低限、ローを逃がせば敵は目的を見失うので場合によっては撤退する事も期待できるからだ。

 それほどまでに状況は悪かった。 センテゴリフンクスは元々、グノーシスに対する防波堤として使用するつもりだったので拠点としての重要性は低い。 最悪、落とされてもそこまで惜しくはないが、奪われないに越した事はないので、常駐している戦力も大抵の相手なら跳ね返せる規模の物を用意していた。


 流石のファティマもグリゴリが直接乗り込んで来るとは思っていなかったので、主力――特に航空戦力の大半を引き上げさせていた事が裏目に出ていた。

 苦戦しているローの援護に戦力を送り込もうとしてはいるが、敵の天使に阻まれて近寄る事さえできない。

 

 そのローが軽く屠っていたグリゴリの連れている天使だが、魔剣を所持している彼だからこそ問題になっていないだけでシャリエルの能力の影響下で充分に力が発揮できない現状では厳しい相手と言わざるを得ないのだ。


 <交信>により、ファティマの脳裏に苦戦や戦死の報告が相次いで入っている。

 流石にここまでいいようにやられたのは記憶にない。

 冷静に指示を出して対処させているが、その腸は煮えくり返っていた。 特にローの居るこの場で苦戦していると言う事実が彼女の神経を盛大に逆なでしており、グリゴリは必ず始末すると固く誓いを立てる。


 彼女が居るのは砦のエントランスホール。

 護衛はいない。 エルジェーを筆頭とした彼女の護衛達は砦の防衛に出ている。

 この状況では自身の護衛に戦力は割けない。 ファティマは転移先に連絡し、受け入れ準備を整えさせる。

  

 後はローが来るだけで問題ない。

 この状況で唯一の幸いはそのローが素直に撤退する事に同意した事だろう。

 グリゴリは要排除対象だったので、撃破にこだわるかもしれないと言った懸念があったが杞憂だったようだ。


 ――そしてそのローだが――。


 センテゴリフンクスの上空では彼が全力で展開した権能により、巨大な雨雲のような分厚い霧の塊が発生していた。

 嫉妬の権能は魔力の塊のような物なので、彼の気配も隠してはくれる。 ただ、ロー自身も自覚しているように彼を中心に広がっているので、霧が拡大する中央に必ずいると看破されていた。


 シムシエルの分裂した無数の光線が霧を射抜き、シャリエルの鎖が霧を切り裂く。

 それでもローは攻撃を躱し続けていたが遂に――

 

 ――鎖がその体を捉えた。


 胴体を両断した手応えがシャリエルに伝わる。

 手応えがあった。 少々の損傷なら復元できるような肉体の持ち主なので油断はしない。

 彼は大量の細い鎖を産み出したそのまま拘束と捕獲を狙う。


 鎖は二つに分かれたその体を雁字搦めにして拘束。 完全に捕えた感触を確認して一本釣りのように引っ張り上げる。

 そのまま魔剣ごと持ち帰ろうとして違和感に気が付いた。 それはローの体が霧から出て来た時に明確となる。


 確かに鎖はローの分断した上半身と下半身を絡め取ってシャリエルの元まで引き寄せていた。

 しかし、そこにはあるべき物が存在しなかった。 頭部と魔剣だ。

 鎖が絡め取ったのは頭のない上半身と下半身のみ。 肝心の頭と魔剣は――

 

 『貴さ――』

 

 謀られたと怒りの声を上げようとした彼の言葉は残った胴体の行動に遮られた。

 ローの上半身は左腕ヒューマン・センチピードを伸ばしてシャリエルに接触。

 そのまま縮めて彼の体に衝突。 同時に胸部が盛り上がり鉱物で形成された筒のような物が突き出て来た。


 シャリエルはそれが砲の類である事に即座に気が付いたが遅かった。

 それはザ・コアと呼ばれる武器に使用されている砲の原形。 体内に残った全ての魔力を喰らって破壊力に変換。

 

 ――そして発射。


 センテゴリフンクスの空に巨大な爆発が発生した。

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