第794話 「西来」

 方角は西、数はかなり多いな。 数千と言った所か?

 距離を考えると結構な速度でこちらに向かって来る。 徐々に近づいて来るにつれて他も気が付いたのか即座に戦闘態勢に移行。


 まぁ、こんな所に友好的な勢力が現れるなんて事はあり得ないので間違いなく敵だな。

 どこのどいつだと目を凝らすとその姿が明らかになってきた。

 大半が全身鎧のように硬質なデザインの人型だが、良く見ると少し趣が違う。


 恐らくだが、人型のレブナントに近い生体装甲だ。 散々、見ているので何となくだが違いが分かる。 そして最も目を引くのは背中に生えた二対四枚の灰色の羽。

 形状は鳥類と言うよりは別の――もう違うかもしれないといった可能性を並べても仕方がないな。 どう見ても天使だ。


 グノーシスの連中が大量に天使を憑依させたのかと思ったが、連中とは違う感じがする。

 そう考えると怪しいのは――グリゴリか。 噂をすれば何とやらと言うべきか、向こうから来てくれるとは好都合だ。 本当に連中ならさっさと始末するとしよう。


 魔剣も連中を見た瞬間にやる気を漲らせているので、非常に都合がいい。 どうでもいいが、ここ最近は何を見てもキレ散らかしている気がするのは俺の錯覚だろうか?

 どうでもいい事を考えながら俺は魔剣を第二形態に変形させる。 もう魔力の充填は始めているので、辺獄の時ほどではないがそれなり以上の威力は出るだろう。


 ファティマに<交信>で敵襲と恐らくグリゴリだろうと告げた後、仕掛けると言って発射。

 闇色の光線は真っ直ぐに飛んで来た連中に飛んで行き――途中でぐにゃりと曲がって空へと消えて行った。

 

 ……おや?


 完全に無効化されたのか向かって来る連中は無傷だ。

 飛んで来ている連中が防いでいる感じじゃなかったな。 何だと思っていると答えの方が現れてくれた。

 空間が歪み、巨大な影が二つ現れた。 現れ方からして、転移の類ではなく見えていなかっただけだろう。 大きさは五十メートル前後と言った所か。

 

 現れた瞬間、この距離でも分かるぐらいの圧倒的な存在感を叩きつけて来る。

 片方は朱色を基調としており、何故か両肩にも光輪が付いていた。

 もう片方は淡い黄色に全身のあちこちに見慣れない記号のような者が装飾のように刻まれており、背中に三日月のようにかけた光輪を背負っていた。


 光線を曲げたのはあいつ等か?

 そうこうしている内に街の方も迎撃態勢を整えたのか、レブナントや改造種、洗脳した連中が展開しており、中でもハリシャが笑いながら刀を抜いている姿が目立っていた。


 ……タイミングが悪かったな。


 引き上げが近かったので、魔導外骨格を筆頭に戦力の大半を戻した後だ。

 残っているのはここの防衛用に配置する予定の連中だけだったので、ここを奇襲した時に比べると戦力的には劣る。


 取りあえずどうやって防いだか分からないので、情報を得る意味でももう一度見せて貰おうか。

 

 『人の子よ――』


 天使が何か言おうとしていたが無視して再発射。

 光線は真っ直ぐに黄色い方に向かうが、反応したのは朱色の方だった。

 両肩の光輪が輝き、陽炎のような物が出現。 光線はそれに接触したと同時に屈折。

 

 さっきと同様に空に消える。

 朱色の天使の光輪は輝いたままだ。 反撃する気かと悟った俺は即座にサベージに跨って移動。

 高台から飛び降りる。 少し遅れて朱色の光線が飛んで来て高台を消し飛ばした。


 跡形もなく消し飛んだ高台を見て威力を分析。

 辺獄で使った時の第二形態程の威力じゃないが、こっちでは魔剣よりやや上と言った所か。

 近くにあった建物の屋上へ着地。

 

 空を見るといつの間にか連中の先鋒が街の上空に侵入しようとしていた。

 雑魚らしき連中を近くで改めて見ると、硬質なデザインの所為か生き物と言うよりは動く彫像といった印象を受ける。

 

 少し遅れてでかい天使二体が街から少し離れた所まで接近して停止。

 黄色が前に出て朱色はやや後ろだ。 それを見て少し違和感を覚えたが、目を凝らすとその理由に納得が行った。


 光っている所為で分かり難かったが、朱色の天使はよく見ると全身に無数の亀裂が走っており、両肩の光輪に至っては片方が小さくだが部分的に欠けている。

 どう言う理由かは知らんが朱色はここに来るまでの間に何者かに手酷くやられたらしい。


 その為、黄色に前衛を任せて自分は支援に徹すると言った所だろうか?

 

 『人の子よ、平伏せよ!』


 黄色が天使特有の聴覚だけでなく他の感覚にも訴えるような声でそう叫ぶ。

 同時に体が押さえ付けられる感覚。 サベージも何とか耐えようとしているが思わずと言った感じで膝を付いた。 俺が魔剣の障壁を展開すると、圧力が消え失せてサベージも体勢を立て直す。


 周囲を見ると街の中に居る連中全員に謎の圧力をかけていたようだ。

 魔法的な物と言うのは理解できるが、具体的にどう拘束しているかが良く分からない。

 単純に体の動きが阻害されたような印象だったが……。


 能力に関しては魔剣で防ぎながら対策を練るとして、この連中は何をしに現れたんだ?

 黄色は俺に真っ直ぐ視線を向ける。


 『……魔剣の気配を追ってみれば、所持しているのは混沌の子か』


 その物言いで連中の正体がはっきりした。

 

 『我はΓριγοριグリゴリが一柱。 Σηαριελシャリエル

 『同じくΣηιμσηιελシムシエル


 やはりグリゴリか。

 黄色い方がシャリエルで、朱色の方がシムシエル。

 前回遭遇時と同様にノイズ混じりだが、名前がはっきり認識できる事を考えると完全に近い形でこちらに現れていると見ていいだろう。 姿からして憑依しているように見えない事からもその可能性は高い。


 ……まぁ、珍獣女の話を信じるのならだがな。


 「……で? そのグリゴリが一体何の用だ?」

 『汝の持つ魔剣。 それと汝自身だ』


 返事は期待していなかったが、意外な事にシャリエルはこの距離でもはっきりと聞き取れているのか俺の言葉にそう返して来た。

 

 『本来なら魔剣の回収にこの地に赴いたが、汝が担い手とは意外であったわ。 これは汝の運命であろう。 我等には汝の肉体が必要だ。 我等にその身を捧げる栄誉に浴するがいい』


 相変わらず主張がブレない上に会話が成立しない連中だな。

 口振りから察するにエルフの里に現れた奴の一体か? まぁ、あの時はハイ・エルフの肉体を使っていたから見た目はまったく違うが。


 ……まぁ、どんな姿だろうと俺の答えはまったく変わらんがな。


 「断る。 他を当たれ」


 即答する。 目的と正体がはっきりしたんだ。 もう話す事はないな。

 ちょうど始末してやろうと考えていた所だ。 わざわざ来てくれたと言うのなら好都合だな。

 ここでお前等を仕留めて二度と粘着できないようにしてやろう。 どうやってその姿を維持しているのかも気になるし、可能なら死骸はちゃんと解剖してやるからな。


 俺が行けと顎で指すとサベージは大きく頷いて疾走。

 空中を跳ねるように飛んで、グリゴリへと突っ込んでいく。

 

 『愚かな。 力の差が理解できぬと見える。 ならば強引にでも我等の下へと来て貰おうか』


 周囲に展開している雑魚と二体のグリゴリがその輝きを増し、戦闘態勢を取った。

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