第785話 「静街」

 ――ユルシュル王が倒れ、騎士達も戦意を喪失し次々と投降。


 一部の者は戦闘を継続したが総大将が倒れた以上、高い士気は望めず一人また一人と斃れていった。

 王国軍は最初から容赦をする気がないので、抵抗する者は一切捕縛を行わずに仕留めて行く。

 ただ、獣人は情報を吐かせる必要があるので、捕縛を狙うが――


 「まぁ、無理だろうな」


 ほぼ片付いたので街へと向かっていたエルマンは呆れたように呟く。

 捕縛された獣人は次々と爆散。 例の機密漏洩防止の措置だろう。

 捕まえても意味がないと早々に理解した王国軍は捕縛から処理に変更。


 獣人達は捕まれば死ぬ事になるので必死に戦わざるを得ないのだ。

 当然ながら彼等にも意思はある。 捨て駒になる事を良しとしている者などはいない。

 彼等は充分に勝算のある戦いとベレンガリアに言い含められて参戦したのだが、最大戦力であったユルシュル王が早々に脱落し、頼みの綱の魔導書による強化はモンセラートの権能により同等にまで強化された王国軍相手には思った以上の効果は発揮せず、優位に立てる条件が全て消え失せてしまったのだ。


 彼等も馬鹿ではなかったので、旗色の悪さを察して直接の上役であるベレンガリアに連絡を取ろうとしたが悉くが不通で連絡が取れないのだ。

 そうなると考えられるのは何か? ベレンガリアが何らかの形で連絡が取れなくなった?


 ――考え難い。


 何故なら彼女の所在は本陣である街の中心である城の中――要はこのユルシュルで最も安全な場所に居る筈なのだ。 彼女が死ぬか捕らえられたと言う事は城の陥落を意味する。

 戦場を見る限り、街に踏み込まれた形跡はない。 つまり、彼女は敢えて連絡を絶ったのだ。


 そこで彼等は悟った。 自分達は捨て駒にされたのだと。

 ベレンガリアが今回投入した戦力は元々、ジャスミナや彼女の姉であったベレンガリアマルキアの下に居た獣人達だ。


 ユルシュル王に自信を付けさせる意味でも数を盛る必要があったので引き抜いた獣人は全て投入。

 これにはベレンガリアの碌でもない意図も含まれていた。

 配下の獣人を全て投入する理由――それは不要となった在庫処分・・・・だ。


 こうなってしまった以上、ベレンガリアは元々の活動拠点であるアタルアーダルを引き払い、基盤をクロノカイロスに移す事になりそうなので、少しでもグノーシス教団の心証を良くする為には獣人の部下は邪魔だった。

 ついでに魔導書も悪魔召喚のツールは歓迎されないであろう事は明らかだったので、同様に全て放出。


 これがユルシュルの兵全てに魔導書が行き渡った最大の理由だった。

 要はこの戦いは勝てれば彼女にとって都合が良かったが、勝てなければ全力でグノーシスに擦り寄る為の材料にするつもりだったのだ。

 

 彼女の立場は確かに危うい、ならばそれを打ち消す功績を持ち帰れば問題がないと考えた。

 結果、この一連の戦闘は概ねではあるが、彼女の想定内の終わりを迎える事となったのだ。

 唯一の懸念はオラトリアムの情報が掴めなかった事だったが、エロヒム・ギボールの情報を得られたのは大きく功績としては充分だろう。


 ――こうしてベレンガリアは最終的には負けなかった者勝者としてこの場から姿を消す事となった。

 

 勝者が彼女であるならば敗者は誰か?

 変異が解けた事により全裸になり、手枷と足枷を嵌められ、荷物か何かのように騎士達に引き摺られているユルシュル王だろう。 クリステラによる容赦のない顔面殴打を受け続けた彼は元々がどんな顔だったか分からない有様になっていた。


 それでも魔導書の第四段階を使用して悪魔と融合により得た頑強さのお陰で死ぬ事はなかったのだ。

 ただ、意識は失っているのかピクリとも動かず、生きている証としてヒューヒューと細い息を吐いている。


 その有様を見てユルシュルの騎士達は侮蔑の視線を向けるか、絶望したかのように項垂れたりと反応は様々だったが、負けたと言う事だけは痛い程に見せつけられたようだ。

 エルマンはそんな有様のユルシュル王を一瞥だけして視線を切る。 不快すぎて視界にも入れたくなかったからだ。


 巨大な門を開き、エルマンは部下の聖騎士や王国の騎士と共に市街へと足を踏み入れる。

 街の中は酷く静かだったが少しして足音が響く、これに関しては事前に連絡を受けていたので特に戦闘態勢は取らない。


 遠くから走りながら敵意がないと手を振っている者が走って来る。 ゼナイドだ。

 彼女は小さく息を切らせて合流。

 

 「大丈夫だったか? 遅くなっちまって済まなかったな」

 「いえ、助かりました。 そんな事より城へ援軍を。 カサイ聖堂騎士が他の異邦人達と――」

 「あぁ、そっちは問題ない。 さっき片付いたって連絡が入った」


 エルマンの言葉にゼナイドはほっとしたように息を吐く。

 一人で残して来た事を彼女なりに気にしていたようであったが、無事を確認して安心したようだ。

 そんな事よりとエルマンは眉を顰めて周囲に視線を向ける。


 理由は静かすぎるからだ。 どうして誰も出てこないのかは大体、察しがついているのでそのまま手近な家に入るとそのまま奥へ向かう。

 

 「エルマン聖堂騎士?」

 

 彼のいきなりな行動に訝しみながらもゼナイドは後を追う。

 まるで家探しでもするように次々と部屋を覗いていたエルマンだったが、不意に足を止めた。 


 「……クソが」


 忌々し気にそう呟くエルマンの後ろから何事かと覗き込んだゼナイドはややあって彼の態度の理由を理解する。

 そこにあったのは住民の死体だ。 親子なのか身を寄せ合って倒れていた。

 エルマンが念の為にと触れて確認するが、力なく首を振る。


 子供を庇おうとしたのか両親が子供に折り重なるような態勢で全員死んでいた。

 外傷はない。 明らかに原因はユルシュル王の権能だろう。

 

 「手前の都合で何人も巻き込みやがって……」  

 

 ゼナイドも彼らが死んだ理由を察して目を伏せる。

 この様子だと街全体がこの家と同じ状態と見ていいだろう。

 エルマンは通信魔石で何ヵ所に連絡を取るとゼナイドに振り返る。


 「ゼナイドの嬢ちゃんはどうする? しんどいなら下がって休むか?」

 「エルマン聖堂騎士はこれから?」

 「俺は城を調べるつもりだ。 例の女が逃げたのは分かったが、手掛かりぐらいは残っているかもしれん」

 「そう言う事なら私も同行します。 中を調べるのなら少しは役に立てると思いますので……」

 「分かった。 なら疲れている所悪いが、もう少し付き合ってくれ」

 

 エルマンはゼナイドと部下達を連れて城へと向かう。

 静かな街に彼等の足音だけが妙に大きく響いた。

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