第759話 「虜囚」

 同刻。

 ユルシュルの城にある一室。 豪華な調度品に家具。

 王族の私室と言っても過言ではない程に広く整った部屋だった。


 ここは元々、ゼナイドの私室だった場所で捕らえられた彼女が軟禁されて居る場所でもある。

 装備品は全て取り上げられ、服装は彼女の好みではないやや装飾過度なドレス。

 表情は憂いを帯びたまま視線は格子の嵌められた窓の外へと向けられていた。

 

 「入るぞ。 ――ほぉ、お前の様な愚か者でも着飾ればそこそこ見られるようになったようだな」


 ノックもせずに入ってきたのは彼女の兄であるゼンドルだ。

 ゼナイドは白け切った視線を向ける。

 

 「……兄上ですか。 女性の部屋に入る時は戸を叩いて応答を待つ物ですよ。 あぁ、兄上の知能では少し難しかったですか……」

 

 ゼナイドの返答にゼンドルはやや不快気に表情を歪めるが、何を思い直したのか特に激高したりはしなかった。

 

 「それで? 何かご用ですか? 正直、現場を空けると仕事が溜まるので、何もないなら教団に帰して欲しいのですが?」

 「馬鹿が、返すぐらいならとっくに処分している。 お前にはまだ使い道がある」


 ゼナイドははぁと小さく溜息を吐いた。


 「大方、どこぞの有力者に嫁がせると言った所ですか? 切れているとは言え私はユルシュルの娘――あぁ、確か、王国を滅ぼして乗っ取るのでしたか? なら旧王族辺りか、妥協して王国かオラトリアムに近い領主の方ですか?」

 

 喋っている内に察しが付いたのかゼナイドは溜息を吐く。

 自分をどこに売り飛ばせば高い値段が付くかをぼんやりと考えていたら自然とそんな結論に落ち着いた。 そうなればどちらだろうかと考えると手頃なのは王国側の領主辺りかと察しを付ける。


 立地を考えると候補がそれなりに挙がるので具体的に何処とははっきり言えないが、王都に近い領のどれかだろう。

 

 「ふん、そこまで分かっているなら話が早い。 お前は腐ってもユルシュルの血を引く者、引く手は数多だろう」

 「……それで? 一番高い値を付けた家に出荷されると言う訳ですか」


 ゼンドルは当然と言わんばかりに嘲けるような笑みを向ける。

 それを見てゼナイドはおかしいと内心で首を傾げた。 最終的にはどこぞに売り飛ばされるのだろうと言う事は察していたが、いくらなんでも早すぎるのだ。


 最初はアイオーン教団相手の人質にでも使う物かと思ってい居たのにそれをやらないと言う事は余程自信があると言う事だろう。

 確かにあの魔導書は大した代物だった。 少々の技量差を物ともしない程の力を使い手に与えるだろう。

 だが、それでもアイオーン教団に挑むのは無謀だろうと考える。


 今の教団には聖女だけでなくクリステラも居るのだ。

 いくら魔導書が強力だったとしても聖剣の力には遠く及ばない。

 まともにぶつかればアイオーン教団にもかなりの被害が出るだろう、それでも負けはないと言い切れる。


 指摘してやろうかとも思ったが、どうせ言っても無駄なので黙ってこれ見よがしに嘆息。

  

 「お前も馬鹿な事をしたな。 家を捨てなければユルシュルの初代王女としての地位が約束されていた物を」

 「……王都を落としただけではウルスラグナの支配者にはなれませんよ?」

 

 なにやら見当はずれな事を言い出したので、思わず口を出すとゼンドルは声を上げて笑う。


 「ははは、当然だろう? だから滅ぼすのだよ。 王国だけでなくあの忌々しいオラトリアムを」

 

 ――は?


 ゼナイドは一瞬、目の前の馬鹿が何を言っているのか理解できなかった。

 いや、理解する事を拒んだのかもしれない。 目の前の男が余りにも馬鹿な事を言っていたので、その存在が自分の肉親であるという事実と合わさって、耳に入った言葉の意味を理解する事を脳が拒否したのかもしれない。


 オラトリアムを滅ぼす? 首尾よく王国を滅ぼせればやるだろうなとは思った。

 ただ、このタイミングで言い出すという事が解せない。 まさかとは思うが両方纏めて相手にするのか?  いや、そんな馬鹿な。 王国はともかく、オラトリアムの強さはユルシュルは身を以って知っている筈だ。 ――にもかかわらず仕掛ける? それも王国と同時に? 正気なのか?


 ゼナイドは変な笑いが出そうになったがどうにか堪えた後、念の為に――そう、もしかしたら自分の聞き間違いではないかと一縷の望みをかけて口を開く。


 「兄上、確認したいのですが王国とオラトリアム、両方同時に仕掛けるつもりですか?」

 「そうだが?」


 それがどうしたと言わんばかりの口調にゼナイドは絶句。

  

 「……勝てるつもりですか?」

 「当然だ。 お前も見ただろう? 魔導書の力を。 アレを我が軍の大半が使用するのだ。 ふっ、どうなるのか結果は見なくても分かるだろう?」

 「……えぇ、目を閉じれば浮かび上がる程度には簡単に想像できますね」


 皆殺しにされるユルシュルの軍勢が。

 

 「ふん、無謀だとでも言いたげだな。 だが、お前が見た魔導書――あの力でさえその一端でしかない。

俺は部下を率いてオラトリアムに攻め入る予定だ。 ゼルベルは王国の方へ参加するが、充分な戦力を与えられているので問題なく勝利を収める事となるだろう」


 ゼルベルと言うのは二人の弟で、ユルシュルの次男だ。

 ゼンドルと似て傲慢な性格なので、ゼナイドは毛嫌いしていた。

 

 「お前の嫁入りは王都に入る少し前ぐらいの予定だ」

 「要はその売り飛ばした先が内応して、ユルシュルに味方をすると言う訳ですね」

 「分かっているじゃないか。 精々、飼い主に媚びる練習でもしておくんだな」


 ゼンドルは馬鹿みたいに笑いながら去って行った。

 

 ――小さい男。


 大きいのは見た目だけで人間としての器はその辺の平民以下だ。

 わざわざゼナイドにあんな話をしたのは今まで強気に対応していた事に対する意趣返しのつもりだろう。

 要はゼナイドにこれからの話をして恥辱でも与えたいであろう事は察しが付いたので、彼女は深々と溜息を吐く。


 「このまま行けば私は慰み物、か」


 可能であれば避けたい未来ではあるが、殺される心配がないだけマシだろうと前向きに考える事にした。 それに――


 ――ユルシュルが勝てるとはとてもじゃないが思えないので、遅かれ早かれ救助はされるだろう。


 仮に負ければ良く分からない男の妻として奴隷の様な一生となるだろうが、そうなれば隙を見て逃げ出す努力でもするとしよう。

 五体満足なら剣も振れる。 剣が振れればいくらでも生きていける道もあるだろう。


 あの過剰な自信に若干の不安を覚えるが、ゼナイドはアイオーン教団の皆を信じていたのだ。

 そんな中で自分はどう動くべきだろうかと考え、ぼんやりと視線を格子に塞がれた窓へと向けた。

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