第755話 「雌伏」

 ユルシュルに存在する城――元々は屋敷だったが巨額の資金を投入しての増改築で、巨大になったその建造物。 その最上階に存在する玉座の間。 その最奥にある玉座に座る男が居る。

 ザンダー・トーニ・ザマル・ユルシュル。


 このウルスラグナ騎士国の王にしてユルシュルの地を支配する暴君だ。

 そして彼の眼前には跪き、臣下の礼を取る配下達。

 ユルシュル王はその光景に満足げに頷くと、先頭に居る騎士に視線を移す。


 「バウード。 騎士団の状況を報告せよ」


 即座に返事をした騎士は立ち上がる。

 大柄な体躯に良く鍛えられた肉体である事は全身鎧の上からでも良く分かった。

 バウード・ディー・ダウンニング。 ユルシュルに存在する騎士団――ユルシュル近衛騎士団、第一騎士団長を務めている男だ。

 

 「はっ! 我が第一、第三、第五、第七、第九騎士団の全戦力は配置を完了し、いつでもあの忌々しいオラトリアムへと進軍可能な状態です」

 「魔導書は?」

 「全員に行き渡っております。 前回はどのような卑劣な手段で我が軍を退けたのかは知りませぬが、今の我々に負ける要素は皆無。 ご命令を頂ければ即座にあの者達を滅ぼして見せましょう!」


 バウードは負ける可能性など微塵もないと言わんばかりに胸を張ってそう言い切る。

 ユルシュル王はその自信に満ち満ちた返事に満足したのか大きく頷く。


 「ダボリス。 現状を報告せよ」


 バウードの後ろで跪いていた男が立ち上がる。

 細身の長身ではあるが、その立ち振る舞いには一切の無駄がない。

 ダボリス・レイク・カジミール。 ユルシュル近衛騎士団、第二騎士団長を務める男だ。 ダボリスは自然な動作でバウードの隣に並ぶとやや胸を張る。


 「はっ! 我が第二、第四、第六、第八、第十騎士団も集結をほぼ完了しております。 こちらもいつでも王都へと進軍可能です。 ご命令を頂ければ即座に王都を制圧して見せましょう」

 「貴様の役目は分かっているな?」

 「はっ! 勿論です。 我等の役目は王都ウルスラグナの制圧とアイオーン教団の殲滅。 そして可能であれば聖女の捕縛、不可能なら聖剣の奪取。 そして秘匿している魔剣の回収です!」


 王都ウルスラグナへと侵攻する軍は力を失った旧ウルスラグナ王都を制圧し、王族を排して誰がこの国の支配者に相応しいかを決める戦い。 彼等に言わせれば大いなる聖戦だ。

 以前に王都を襲った事件。 それにより前国王を始め、多くの重鎮が命を落とした。


 それを知ったユルシュル王が思った事は深い失望。 情けない。

 たかが魔物に襲われた程度で命を落とす王にも、主すらまともに守れない騎士達。

 無能、無能、無能の集団だ。 ユルシュル王はその瞬間、決意したのだ。


 この国を導けるのは自分しかいないと。 強い国には強い指導者が必要。

 ジェイコブ王はその器ではなかっただけの話だ。 ならば相応しいのは誰か?

 このザンダー・トーニ・ザマル・ユルシュルを置いて他にない。


 ――と正当化の理由を捻りだした彼は即座に立ち上がり挙兵。


 元々、ユルシュルはウルスラグナ内での保有戦力はトップクラスだ。

 そんな場所が何の前振りもなく襲って来れば周辺の領は成す術もなく、碌に抵抗も出来ずに陥落。

 次々とユルシュルの傘下に納まるといった形になった。


 ユルシュル王――というよりユルシュルの支配者は代々傲慢な性格をしており、とにかく人の上に立っていないと我慢ならない気性の者が多い。

 特に今代のユルシュルの支配者はその傾向が非常に強く、常日頃から自分がこの国に君臨したいと思っており、要は他人の下に付く事が我慢ならなかったのだ。


 その為、ウルスラグナに仕えるという状態は彼にとっては非常にストレスの溜まる日々だった。

 普段からそんな考えを持っているような人間が好機と判断すれば下剋上を狙うのは自明の理と言えるだろう。


 実際、彼の思惑は途中までは上手く行っていた。 

 周囲の領を武力により併呑し、勢力を拡大。 各地に存在する騎士達はユルシュル出身の者も多かったのでユルシュル王の指示で内応した者がいた事も有利に働いた。


 ――だが、その快進撃もそこまでだった。


 ウルスラグナ王家――ユルシュル王曰く、旧王族に仕える者達の数が彼の予想より多かった事だ。

 結果、王国側の軍はユルシュル王の想像以上の粘りを見せた。 その後、グノーシスの生き残り――後のアイオーン教団の前身となる者達の介入により王都の制圧は失敗となった。


 成果を得られぬまま疲弊したユルシュル王は損失の穴埋めの為に、国内で最大の財力を誇るであろう領――オラトリアムを傘下に納めようと考えた。

 ユルシュル王はそれなりに有能そうなオラトリアムへは武力を用いずに上手く使ってやろうと懐柔を試みたが、返答は当主代行――ファティマの冷笑。

 

 ――寝言は寝てから仰っていただけませんか?


 それを受けてユルシュル王は激怒。 ファティマは美しい女だったので、オラトリアムを傘下に納めた暁には側室に加えてやろうと考えていたが、そんな温情を与えようとした事が間違いだったとユルシュル王は王都へ差し向ける筈だった第二次侵攻軍を全てオラトリアムへ送り込んだ。


 物量だけなら王都へ向かわせた第一次侵攻軍より数が多かったはずだが、結果は惨憺たる有様だった。

 一人残らず皆殺しにされ、死体は団子のように固められた後、風の魔法で射出されて空中で四散。 文字通り、ユルシュルの大地に降り注いだ。 しばらくした後、辺獄に持って行かれ死体は消滅したが、凄まじい光景だったらしく死体の雨を浴びた者の中には心を病んだ者が続出。


 この結果に流石のユルシュル王も閉口するしかなかったが、彼にとっての受難は続いた。

 オラトリアムはウルスラグナの流通を支配している。 彼はこの意味を深く考えていなかったのだ。 

 その翌日からユルシュルへの物流がぷっつりと途絶えた。


 どういう事だと確認すると、ユルシュルから商人の大半が姿を消したのだ。

 残った者達はユルシュルが抱えている商人だったが、物品が一切入って来なくなったので商売のしようがないと力なく答えるだけだった。


 そんな馬鹿なと方々に手を尽くしたが、どう頑張っても流通の回復どころか商売自体が成立しないのでどうしようもなかった。

 当然ながらユルシュル内でもある程度は賄えはする。 ただ、供給が追い付かないので放置すれば確実に餓死者が出るレベルで困窮する事になるのは目に見えていた。


 財務担当にはオラトリアムに頭を下げるしかないと言われ、ユルシュル王は苦渋の選択で交渉を持ちかける。 不可侵の同盟を結ぶので流通を戻すようにと。

 対するオラトリアムの返答はファティマの小馬鹿にしたような嘲笑だった。


 ――貴方の所為で余計な人件費を支払う羽目になったので損害賠償をして頂けませんか?


 ふざけるなと怒鳴ると、ファティマは「話は終わりですね」と切り上げようとしたので、ユルシュル王は怒りに震えながらいくらだ?と返すしかなかった。

 要求された額は凄まじい物で、右から左にと簡単に動かせる数字ではなかったが、ギリギリで払えない事もなかった。 要は財布の中身まで把握され、支払えるであろう上限額を吹っかけられたのだ。


 引き下げには一切応じず、ユルシュル王は怒りに顔を赤黒く染めながら同意。

 こうしてユルシュルは長い雌伏の時を過ごす事となったのだ。

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