第756話 「不当」

 ユルシュルはオラトリアムの不当な要求に屈せずに分割という形で賠償を支払い続けていた。

 定期的に支払いを行っているので、領の運営に致命的ではないがかなりの支障が出てしまう。

 結果、王都への再侵攻も不可能になってしまった。


 その後もオラトリアムからの容赦ない取り立ては続き、少しでも渋ると即座に流通を止められたので逆らう事すら許されなかったのだ。

 ユルシュル王は怒りを抑え込みながらも必死に耐えた。


 戦力を整え、もう一度オラトリアムへ仕掛ける為の牙を研ぎ続けたのだ。

 そんな時、一つの好機がユルシュルに現れた。 切っ掛けはユルシュルの領土の端に存在する土地。

 辺獄の領域バラルフラーム。 そこを制する為にアイオーン教団とグノーシス教団が大挙して押し寄せて来た事だ。


 理由は将来、氾濫するであろうバラルフラームとその原因たる魔剣を封じるとユルシュル王は聞かされたが、彼はそんな話を信じていなかった。

 ただ、辺獄の領域に眠っている魔剣と聖女が持って来るであろう聖剣には非常に強い興味があり、どうにかして手に入れようと画策したのだが――


 ――当初は簡単に行くと思っていた。


 だが、聖剣は持ち主を選定するとの噂はユルシュル王も知っていたので資格無き者は触れない事は即座に理解できた。 ユルシュル王は短慮ではあるが完全な節穴と言う訳ではなかったようだ。

 触ろうとした部下が吹き飛ばされた時点で、自分には扱えないと悟る。 ならばと聖女を取り込もうとしたが最初の反応で拒絶される事は目に見えていた。


 そうなると手に入れられそうな代物が魔剣しかない。

 明らかに皮算用だが、ユルシュル王はバラルフラームでの一件が片付けば魔剣を奪おうと画策。

 いや、そもそもバラルフラームはユルシュルの一角に存在する地、そこから出て来た物は支配者たる自分の物とでもいうつもりだったのかもしれない。


 支援の名目で監視の人員を張り付け、終わったら奪うように指示。

 仮に失敗しても戻って来た所を強襲すればいいと考えていたが、その目論見も失敗。

 張り付けた者達は全員死亡。 何故かアイオーン教団の者達はいつの間にかユルシュルから遠く離れた王都に帰還していたという彼にとって不可解な結果に終わってしまった。


 結局、聖剣も魔剣も聖女も手に入らず、ユルシュル王は怒り狂う事となる。 

 何故だ。 彼には理解できなかった。

 少なくとも、騎士国として独立するところまでは上手く行っていたのだ。 自分には新たな王としての栄光のみが待っている。 ユルシュル王はそう信じて疑っていなかったというのに……。


 悉くが上手く行かないのだ。 その頃のユルシュルはどん底と言って良い程に勢力を落としていた。

 オラトリアムに搾取され続け、王都からは国境を封鎖されたので一部の例外を除いて全ての出入りが停止。 睨み合いとなる。

 そんな状態にもかかわらずユルシュルは軍備を増強して、生活水準を落とさないので外縁から徐々に痩せ細り始めたのだ。


 当然ながら自分の身が最優先のユルシュル王はそんな事は気にしないので、餓死者が続出。

 食うに困って野盗に身を落とす者も次々と現れ始め、即座に騎士団に討伐された。

 力では敵わない、国は助けてくれない。 その為、王国やオラトリアムに庇護を求めて逃げ出そうとする者も次から次へと数を増やすが、国境を守っている騎士団に悉く処分された。


 こうしてユルシュルは刻一刻と衰退していき、緩やかではあるが滅びへと向かい始める。

 それはどうにもならず――そもそも根本的な対処を行わないので改善のしようがなかったのだが、ユルシュル王は頑なにそれを拒んだ結果がその現状に拍車をかける。


 こうなってしまえば国の三分の一を占める広大な領地も無意味な物どころか、養い切れない以上はユルシュルに取っての足枷と化してしまっていた。

 ユルシュル王は配下の前では余裕の態度を崩さずに平静を装っていたが、内心は余り穏やかではない――というより少しずつだが焦り始めていたのだ。


 頭のどこかでは彼も理解はしていた。

 このままでは不味いと言う事は。 解決の方法は勿論、存在する。

 元の鞘に納まる事だ。 今ならユルシュルもそれなりに力が残っているので領主としての地位の保障を条件に交渉すれば現状の打破は不可能ではないだろう。


 だが、それをやってしまうと彼の野望は永遠に終わる。


 騎士国は解体。 領地も最低限を残して没収。

 併呑した元領主達への賠償。 命は助かっても命以外の全ては奪われる事は間違いない。

 それだけは彼の矜持が――もはや矜持と言うよりは意地に近い代物ではあったが、ユルシュル王と言う肩書を手放す事だけは許容できなかったのだ。


 どんなに理不尽を叫んでも現実は変わらない。 オラトリアムからの搾取は続き、王国との断絶は揺るがない事実として立ち塞がる。

 

 ――そんな時だった。


 彼に希望が舞い降りたのは。

 現れたのはホルトゥナの使いを名乗る獣人。 ウルスラグナでは基本的に獣人は奴隷階級となっている。

 何故ならヴァーサリイ大陸には生息していない種で、他所から輸入されてくるからだ。

 

 その上、ウルスラグナへ入れるにはアープアーバンを越える必要があるので、二重の意味で滅多に出回らない。 

 その為、現れたホルトゥナの獣人はかなり怪しかった。 当然ながらユルシュル王は最初は疑ってかかっていたが、彼等が持ち込んだ魔法道具――魔導書は非常に強力な代物だったので、彼等の申し出を受ける事を決める。


 扱いには習熟以前に適性が必要だったが、高いレベルで扱える者は聖堂騎士に匹敵するかそれ以上の戦闘能力を発揮。 ホルトゥナは確かに怪しいが魔導書の有用性を無視できずに登用。

 しばらくするとその責任者が現れた。 若い女で豊満な肢体にボリュームのある長い髪。

 

 ユルシュル王基準ではファティマには僅かに劣るが美しい娘だった。

 娘はベレンガリア・マルゼラ・ラエティティアと名乗る。

 ベレンガリアはどこからか大量の魔導書をユルシュルに齎し、物量こそ変わらないが個々の戦闘能力は爆発的に上昇。 それはユルシュル王自身も例外ではない。


 ベレンガリアが特別製ですと持って来た魔導書はユルシュル王に凄まじい力を与え、その力は彼に万能感を齎す。


 ――これならば勝てると。


 ユルシュル王はこの降って湧いた好機を逃す気はなかった。

 彼は確信する。 運命は王たる自分を見捨てていない。 そう、自分は選ばれし存在なのだ。

 今こそオラトリアムを降して王都を制圧し、ウルスラグナの全てを手に入れる。

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