第753話 「妹会」
「――さて、少し困った事になったね」
場所は変わってオラトリアムにある領主の館。
その一室。 ヴァレンティーナはやや呆れの混じった口調でそう呟く。
彼女の目の前には四人の姉妹達。 集める前に話の概要は伝えてあるので、全員の表情に動揺の類はない。
「……確かユルシュルとか言う身の程を弁えないゴミ屑が、下に付け等と寝言を言っているのでしたか?」
ケイティは不愉快と言わんばかりにイライラと爪を噛みつつ、細かく身を揺する。
編み込んだ長い黒髪が体に合わせて小刻みに揺れた。
彼女はいつもの仕事を片付けて、ゆっくりしようかと思った矢先に呼び出されて非常に機嫌が悪い。
「あぁ、イライラする。 後で三人ぐらい減らそうかしら? でも補充が面倒だわ。 ゴミ屑が、要らない手間を増やして……」
ブツブツと不穏な事を呟くケイティを横目で一瞥した隣のグアダルーペは無関心を装っていたが、実は彼女も不機嫌だった。
今夜もラジオの放送時にお気に入りの
「……時期が悪かったな。 ロートフェルト様はともかく、姉上を始め、主力が軒並み不在なのは痛い」
冷静にコメントするのは腕を組んでむっつりと黙っていたシルヴェイラだ。
彼女は精々、敵が来たかとしか感じなかったので、どう処理した物かと考えるだけだった。
「戦いは避けられないのでしょうか?」
残ったメイヴィスは困り顔だ。
「一応、時間を稼ごうかとは思ったのだけど、ユルシュルの使者殿は随分と自信満々でね。 下に付かなければ力で捻じ伏せると強気なコメントを貰ったよ」
ヴァレンティーナはやれやれと小さく肩を竦める。
「だったらお望み通りに相手をしてあげればいいのでは? 掃除が不十分だったからゴミが増えたんじゃないのかしら?」
「……私もケイティ姉様に同意します。 半端な事をするからあの手の輩がつけ上がったのでは? いっそ捕えて拷問の後、大々的に公開処刑すればオラトリアムに歯向かう愚か者も減って好都合かと」
ケイティとグアダルーペはさっさと皆殺しにしてしまえばいいと主張。
「戦力はどうする? 例のセンテゴリフンクスでの殲滅戦とその後片づけで主力は殆ど向こうだが? 姉上に頼んで戻して貰うのか?」
「姉さまはユルシュルの侵攻を予見しておられました。 つまり私達だけでも問題なく対処できると信頼しているからこそ安心して発たれたのではないかと思います」
シルヴェイラは主力の不在を気にしており、メイヴィスはファティマの信頼に応えるべきだと主張。
「ははは、見事に纏まらないな。 責任者を任されている以上は頑張ろうか。 取りあえず、一つずつはっきりさせて行こう」
ヴァレンティーナは、渇いた笑みを浮かべながら話を続ける。
姉妹はファティマを頂点として形成されているので、彼女が居れば口や意見を挟む者は一人もいないが不在だとこれだ。 果たして、この面子を纏められるのだろうかと内心で一抹の不安を抱えながらも努めて表に出さない。
「まずは開戦についてだが、これに関してはほぼ確定だ。 例の魔導書を得て自信を付けたのだろう、やる気は満々だ」
向こうの主張を考えると断られて戦になる事を前提に動いているだろう。
無条件降伏に近い条件を突き付けて来ている時点でそれが透けて見える。
何とも稚拙なやり方だとヴァレンティーナは呆れて嘆息。
「――ただ、今までユルシュルを放置していた事情も加味すると簡単に消せばいいと言った問題でもない」
「滅ぼした後の話ですね。 元々、ユルシュルは周囲の領を武力で併呑して出来上がった勢力です。 その為、領地は広大で勢力としても無視できない規模でした。 ――にもかかわらず、わざわざ残したのはアイオーン教団の注意を引くという意味もあったのでは?」
メイヴィスの言葉にヴァレンティーナは大きく頷く。
アイオーン教団に関しては手綱を握って居る状態ではあるが、聖剣と言う明確な脅威が存在する以上は要警戒対象と言う訳だ。 実際、聖剣使いとの戦闘になれば普通に戦っての勝利は難しい。
聖女だけでも厄介だというのにクリステラも聖剣を手に入れたという話なのだから尚更だろう。
滅ぼした後の管理の問題とアイオーン教団への備えという二つの理由で敢えて泳がせていたのだ。
「メイヴィスの言う通りだ。 ユルシュルを残したのには理由があるので……と言いたい所だが、今回は無視できる領域を越えているな。 その為、ユルシュルにはどう言う形であれ滅んで貰う予定だ」
許容範囲内の
それを聞いてケイティとグアダルーペの二人は愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「やる気になっている所は大変結構な話だが、次の話を聞いてくれ。 シルヴェイラも言っていた通り戦力だな。 姉上にも言われている事だが、表に出せない戦力の投入は禁じられている以上は普通にやるなら完全武装の亜人種か人型のレブナントか改造種のみとなる」
傘下に入っている他領の目もあるので、人型を逸脱した戦力や余り普及していない技術は使えない。
同様に魔導外骨格の投入も禁じられているので、魔導書を相手にするには少し厳しい戦力構成となる。
加えて指揮を執れる存在も少ないので、ぶつかれば余裕とは行かないだろう。
「ユルシュルが魔導書を使っているとは聞いたが、どの程度出回っているのだ?」
「良い質問だシルヴェイラ。 アイオーン教団からの情報だが、現れた連中が全員持っていたらしい」
「……そうか。 だとしたら少し厳しいな」
ヴァレンティーナの答えにシルヴェイラはむっつりと黙り込む。
ケイティは忌々しいと表情を歪め、グアダルーペは小さく眉を顰めた。
彼女達は魔導書の力を軽視しない。 何故なら全員の腰にあるホルダーにその魔導書が収まっているからだ。
自分達も使っているのでどれだけ強力なのかは充分に理解している。
使えれば大抵の相手はどうにでもなるが、他の勢力に見せたくないので軽々に扱えないのだ。
「ヴァレンティーナお姉さまには何かお考えが?」
会話が途切れた所でメイヴィスが小さく手を上げて発言。
彼女の質問にヴァレンティーナは勿論と笑みで頷く。
「そんなに難しい事じゃない。 以前にもやった手だが、有効な手段に心当たりがある」
ケイティは勿体ぶらずにさっさと言えと言わんばかりの表情を浮かべ、グアダルーペは何かに気が付いたのかあぁと察した顔になり、シルヴェイラはむっつりと黙ったままだ。
メイヴィスは分からないと首を傾げた。
「前準備が必要だが、上手く行けばあっさり片が付くだろう」
ヴァレンティーナはそう言うと自らの考えを口にした。
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