第752話 「夜連」

 「……間に合いませんでしたか」


 現場に急行したマネシアは砦に辿り着きはしたが、その場には戦闘の痕跡以外は何も見当たらなかった。

 来る途中、逃げて来る者達と合流して事情を聞いたのだが、それによるとゼナイドは皆を逃がす為に殿で残ったという話を聞いたマネシアは砦に急いだのだが――


 ――その場には何も残されてはいなかった。


 途中に追ってきている筈のユルシュルの兵が居る筈だったが、その姿もない。

 マネシアは乱れた息を整えながら小さく肩を落とす。

 ゼナイドの姿がない所を見ると連れ去られたと見るべきだろう。


 殺されているのなら死体が残されている筈だ。 他の兵も引き上げている所を見ると、目的は初めからゼナイドを捕える事だったのかもしれない。

 

 「エルンスト聖堂騎士!」


 名前を呼ばれて振り返ると周囲を捜索していた部下達が戻って来たようだ。

 

 「どうでしたか?」

 「周辺に敵影無し! 完全に撤退した物と思われます」

 「……分かりました。 私は王都に連絡を取りますので、炎上している砦の消火と後続の者への指示と被害の確認をお願いします」


 ゼナイドの事は心配だが、マネシアは努めて冷静に部下達に指示を出しつつ王都のエルマンへと指示を仰ぐべく連絡を取った。



 

 ――分かった。 悪いがそのまま現地に留まってくれ。 王国の方にも頼んで増援を追加で送る。


 エルマンはマネシアからの報告を聞いて小さく嘆息。

 脳裏には面倒な事になったなという思いと、行方不明になったゼナイドの安否が大半を占める。

 十中八九連中に捕まったと見て間違いないだろう。 あの王の性格上、娘だからと言って手心を加えるとは考え難い。


 ――どうにかして助けに行く必要があるな。

 

 「……ゼナイドさんが?」

 「あぁ、居なくなったそうだ。 死体が残っていない所を見ると捕まったと見て間違いないだろう」


 場所は聖女の部屋。 夜に時間が空いたのでクリステラと一緒に見舞いに来ていたのだが、ゼナイドからの連絡に続いてマネシアからの報告だ。

 ゼナイド――正確にはその部下からの報告だが、ユルシュルの騎士共は魔導書を扱っていたらしい。


 ――ホルトゥナが絡んでいるのは確定か。


 ついでに魔導書の脅威度の高さも証明されたなとエルマンは苦々しく顔を顰める。

 彼はユルシュルの事を決して軽んじては居なかったが、認識が甘かったと言わざるを得ない。

 ゼナイドは聖堂騎士で総合的な戦闘能力はアイオーン教団の中でも上位に位置する。


 肉親と言う事もあってユルシュルの動きにも対応しやすいだろうと国境に配置したが、増援の派遣をもっと急がせるべきだった。

 逃げて来た者達の証言によれば敵は全員が魔導書を使用しており、聖殿騎士では歯が立たない程の高い戦闘能力を発揮したとの事だ。


 ただ、運用の仕方を見るに無制限に扱えるような代物じゃないと言う事ははっきりした。

 そうでもなければとっくにここまで攻め込んできているだろうからだ。

 何らかの負担が大きく制限時間があるのか、燃費が悪いのか……。


 エルマンは様々な可能性を考えつつその場にいるもう一人に視線を向ける。

 向けられた相手――クリステラは察したのか小さく頷く。


 「明日にでも発ちます。 一人ならそうかからずに現地へ到着できるかと」

 「……すまんな。 負担をかけるような真似をして……」

 

 彼が小さく詫びるとクリステラは苦笑。

 

 「お気になさらず。 私が聖剣を得たのはこんな場面に備えてです」

 「俺が言えた事じゃないが無理はするんじゃないぞ」

 「大丈夫です。 では、聖女ハイデヴューネ。 ゆっくりと傷を癒してください」

 「……クリステラさん……」

 

 聖女の表情は心配そうだ。 それを見て安心させるようにクリステラは微笑んで見せる。


 「そんな顔をしないで下さい。 例の魔導書を扱った者とは戦った経験もあるので、対処は問題なく可能ですよ」

 

 そう言ってクリステラは座っていた椅子から立ち上がり、エルマンもそれに続く。


 「では私はこれで、心配しなくてもすぐに片付けて戻って来ますよ」

 「まぁ、しばらくは体を治す事に専念してろ。 クリステラも言っていたがこっちの事はどうにかする」


 異邦人も居るのでこちらの防衛はどうにかなるとエルマンは考えていたので、聖女は今回の一件に関わらせる気はなかった。 

 聖女の部屋を後にした二人はしばらくの間は無言で歩いていたが――


 「魔導書、相当厄介らしいがどうにかなりそうか?」

 「以前であれば複数を同時に相手取る事は避けたい強さでしたが、聖剣がある以上はどうにでもなります」

 

 最初に口を開いたエルマンの質問にクリステラは即答。

 この様子だと心配は要らないかと少し安心する。 ジャスミナと繋がっていない以上はクリステラが聖剣を持って居る事は知られていない筈だ。 ただ、アイオーン教団が聖剣を保有しているという情報は持っている筈なので、対抗策として例の鎖と鞘を持ち出してくる事は容易に想像が出来た。


 「お前がそう言うのなら大丈夫だとは思うが、聖剣も無敵じゃない。 過信はし過ぎるなよ。 それと例の鎖に注意しろよ。 聖剣の強奪を狙ってくるかもしれんからな」

 「はい、聖剣を扱う以上は対策に関しても把握はしています。 油断しないようにしますのでご安心を」

 「分かった。 それと一人では行かず、モンセラートとカサイを連れて行け」


 エルマンの発言が意外だったのか、クリステラは小さく目を見開く。


 「カサイに関しては逃げた異邦人の件があるので、向こうにやっておきたい。 ただ、ユルシュルとの戦いに使う気はないので、本人が自発的に行くと言わん限り戦闘に参加させるのはなしで頼む」

 「カサイ聖堂騎士については分かりました。 ですがモンセラートは……」

 「その本人に頼まれていてな。 マネシアの連れて行った連中に持たせた代物がある。 元々は例のジネヴラって娘のための代物だったらしいが、使えるからクリステラが行くなら自分も連れて行けだとさ」


 モンセラートに置いて行ったら怒ると釘を刺されたので、言わざるを得なかった。

 正直、乗り気はしなかったが、モンセラートの力はユルシュルの連中を相手にするにはかなり有用だ。

 感情はさておき、使えると言うのなら使うべきだろう。 余計な犠牲を減らす意味でも……。


 「分かりました。 一度、本人と相談して決める事にします」

 「あぁ、そうしてくれ」


 クリステラも納得はしていなかったが、モンセラートの気持ちを汲むつもりではあるようだ。





 建物から出るとクリステラは早々に準備がありますとさっさと消えた。

 エルマンはそれを見送った後、嫌だなと思いながら懐から通信魔石を取り出す。

 相手はファティマだ。


 ――……夜分遅くに失礼しますよ。 ちょいと耳に入れておきたい事がありまして……。

 

 ――……はい。 あぁ、エルマン聖堂騎士でしたか。 こんな時間にどうされましたか?


 応答したので話を切り出すが、返答に若干の間があった。

 まぁ、こんな時間だから仕方がないかと会話を一刻も早く終わらせたいエルマンは話を続ける。


 ――ユルシュルの件で動きがあったので報告させて貰おうかと。


 ――……聞きましょう。


 こういう時、ファティマは直ぐに察するのでエルマンは前置きなしに本題に入る。

 ユルシュルの襲撃と魔導書を使用して来た事、その際にゼナイドが拉致された事も合わせて報告。

 目的は拉致だったようで、その場では引き上げたが今後の危機を少し強調して伝える。 そもそも王国側の砦を襲撃した以上、宣戦布告に近い。


 ファティマはそうですかと淡々と聞き取り、二、三気になる点を質問して来たのでエルマンは答えられる範囲で答える。

 

 ――随分と大きく動いたんで、もしかしたらそちらにも何か仕掛けて来ているのではないんですかね?


 ――……あぁ、ここ最近の強気な態度はそれが原因でしたか。 武力を行使する事も辞さない等と言っていたので、何を血迷ったのかと思っていた所でした。


 対応が面倒だったのかその口調にはやや呆れの色が乗っている。

 エルマンはそれを聞いておや?と少し訝しんだ。 隙を一切見せない手合いだと思っていたので、こう言った感情を零す場面は非常に珍しい。


 ――わざわざ知らせてくださってありがとうございました。 こちらに関しては独力で対処は可能ですのでご心配なく。


 ――いや、言い難いのですが、可能であれば少しでもいいので戦力を――


 ――申し訳ありませんが、先程の話を聞いてしまった以上はそちらに割く訳にはいきません。 少なくともこちらの安全を確保してからになります。  

 

 ――……なるほど、お話は分かりました。 残念ですがこっちはこっちでどうにかするとしますよ。


 その後、いくつかの情報を交換して通話は終了となった。

 

 「……さて、これはどう取った物か……」


 魔石を懐に戻しながらエルマンは考える。

 額面通りに捉える事も出来るが、戦力を割けないとも取れるからだ。


 ――ヴェンヴァローカ襲撃、オラトリアムの関与が濃厚になって来たか……。


 エルマンはどうした物かなと考えつつ、胃へ治癒魔法をかけながらその場を後にした。

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