第745話 「質問」
「……今更私に何か用ですか?」
場所は城塞聖堂から教団自治区の間にある地下施設。
グノーシス教団時代は研究施設として使われていたが、施設は解体。
資料関係は騒動前に引き上げられた物も多く、大した物は残っていなかった。
その残りも全てオラトリアムに売り飛ばしたので今は倉庫として使用している。
その居住区画がジャスミナの軟禁場所だ。
そのジャスミナはと言うと、落ち切った肩に目の下の隈。 覇気のない表情。
大丈夫かと言いたくなる有様だが、一応は会話できるみたいなので努めて気にせずに話を切り出す。
「色々と聞きたい事があってな」
「ホルトゥナに関しては話せるだけ話した筈ですが?」
「今日はホルトゥナの事で話を聞きに来たわけじゃない。 おたくと聖女が逃げる時に襲って来た連中についてだ」
俺の振った話題が意外だったのか不思議そうに首を傾げる。
「……分からない。 私もあのような魔物は見た事がなかった」
「複数種居たと聞いたが一種類も見覚えがないか? 大陸北部に生息している魔物って事はないのか?」
「分からない。 北部の魔物は四つ足で狩猟の習性があるとは聞いた事はありますが、飼い馴らせるような気性ではない筈です。 ましてやあそこまで統率された作戦行動を取らせる事なんて……」
……だろうな。
「おたくらの得意な悪魔召喚関連の魔物って可能性は?」
「……ありえなくはありませんが、あの姉にこんな大胆な作戦を実行できるとは思えないので、関与の可能性は低いかと」
ジャスミナの姉――暫定的にベレンガリアと名乗っている女か。 聞いた話によると技術関係に強く、例の本――グリモワールとやらの開発を行ったのも彼女だったそうだ。
ジャスミナから聞いた限りでは研究肌で余り組織運営に向いているような性格じゃないように思えるが……。
……鵜呑みにするのは危険か?
聞けば滅多に顔を合わせないので、もしかしたら何かしらの変化があったかもしれない。
それともジャスミナが俺達の所に来たように外部勢力と協力している?
考え難い。 何故なら話に聞いた限りのベレンガリアと言う女の人物像と一致しないからだ。
ジャスミナの印象を纏めたベレンガリアの性格は目的ばかりに目が行って過程を疎かにし、周囲に対する配慮を欠いた言動と行動を取る空気の読めない手合いと言った所だろうか?
改めて考えてみると相当酷い性格だ。 まさかとは思うが、これってジャスミナの奴、話を盛ってるとかじゃないだろうな?
いや、そもそもジャスミナがここに来た経緯を考えるとその線は薄い。
転移を行うには目的地に転移魔石の片割れを持って行く必要があるのだ。
そのベレンガリアが本拠を置いているのは大陸北方。 航路が確立されていない海域だ。
安全に辿り着けるとは考えにくい。 そもそもジャスミナがウルスラグナに入るのにアープアーバンを通っているのだ。 同等かそれ以下の戦力しか持っていないベレンガリアが来れるとは思えない。
……まさかこれは逆になるのか?
その謎の勢力が大陸北方に進出し、その際に現地に居たベレンガリアに目をつけて取り込んだ?
いや、そう考えるのは早計か。 俺は内心で首を振って余計な考えを振り払う。
決めつけるのは良くない。 もしかしたらポジドミット大陸に根を張る勢力の可能性もある。
もう少し判断材料が欲しい所だなと考え、本命の質問に移る。
「次の質問だ。 おたくが持ち込んだ転移魔石。 技術の出所はどこだ?」
こいつ等が開発したとは欠片も思っていないので、敢えてそう言う聞き方をした。
ジャスミナは力なく首を振る。
「私も詳しくは知りません。 上から下りてきた技術なので、恐らくは他所の大陸にある組織による物かと」
「……はっきりしねぇな。 それは具体的にどこかは分からないのか?」
「私も知らされてはいないので、詳しくは言えませんがホルトゥナと源を同じくする組織が他の大陸にも存在します。 上はそこから吸い上げた技術をこちらにも流すので、転移魔石はその一環として提供された物です」
……源を同じくする、か。
要はホルトゥナはその源流となる集団の下部組織で定期的に技術を吸い上げられているって訳か。
それでその吸い上げた技術を他所にも流していると。
「その口ぶりだとこっちの大陸にもその組織があるって訳か」
「はい。 ……あぁ、もしかしたら転移魔石はそこで開発されたのかもしれませんね」
何だそりゃ。 まだ、そんな厄介事の種が眠っているのかよ。
勘弁してくれと思いつつ質問を続ける。
「その組織については何か知っているか?」
「テュケという名称の組織で、アメリアと言う勝手な女が率いており、少し前に死んだので壊滅したと言う事しか知りません」
……アメリア?
テュケ、アメリアという名称で色々と繋がった。
あぁ、つまりテュケはホルトゥナの同類でウルスラグナだけではなく、大陸全土で動いていたって訳か。
「それはアメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミの事か?」
「はい、そうです。 知っているんですか?」
出来れば外れて欲しいといった思いを込めた質問だったが、ジャスミナは即答。
俺はなんてこったと頭を抱える。
「……ウルスラグナの宰相だった女だ」
要はルチャーノの前任者だな。
テュケは元々方々に怪しい技術をばら撒いている胡散臭い連中だった。 例の騒動でアメリアが死んだのでそこまで気にも留めていなかったが、今になって嫌な背景が浮き彫りになったな。
つまりは母体組織も教団とズブズブの癒着関係と見て間違いない。
……あの悪趣味な実験は連中の趣味か。
信仰対象である天使を用いた実験を行っている事に違和感は感じていたが、根が深い繋がりがあると言うのなら罷り通るだろう。 だからと言って、許可を出したグノーシスの連中も正気じゃないな。
「あの……こちらからも一ついいですか?」
「何だ? 答えられる範囲だが……」
「あの異邦人の方は大丈夫ですか?」
……異邦人?
一瞬、誰の事だと思ったがややあって思い出す。 恐らくキタマの事だろう。
確かジャスミナを守って負傷したって話だったし、気になるのは当然か。
「あぁ、治療も早かったし、もう完治して仕事に戻っている筈だ」
「そうですか。 ……良かった」
ジャスミナの少しほっとした表情を見せたが、俺は特に気にせずに話を続ける。
とは言ってもこれ以上はあまり聞く事もなかったので、いくつか簡単な質問を行った後、その場を後にした。
再び一人になった俺は頭をバリバリと掻きながら考えを整理する。
まずは分かる範囲で色々とはっきりさせよう。
最初に考えるのはオラトリアムだ。 あそこはどう言った立ち位置になるのかだ。
口には出さないがはっきり言ってムスリム霊山、ゲリーベ、王都ウルスラグナ。
少なくともこの三つの事件に深く関与していると見て間違いない。
霊山に関しては何とも言えないが、ゲリーベとウルスラグナに関しては想像がつく。
前者はマルグリット孤児院で人体実験が行われていた事だろう。
後者は――アメリアが原因の可能性が高い。
つまり、オラトリアムはホルトゥナの関連組織、及びグノーシス教団と敵対関係にある。
そう考えるとウルスラグナでの行動には説明が付く。
連中の行動は敵対組織への攻撃と一貫しているからだ。
ただ、やり口と出た被害を考えるとこれは報復か? 攻撃にしては苛烈に過ぎる。
俺はキリキリと痛む胃を魔法で宥めながら思考を続けた。
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