第744話 「気付」
モンセラートに少し高めの食事をご馳走してクリステラの所まで送り届け、俺は一人になった。
核心に迫れた訳じゃないが、色々と参考にはなったのでそれなりの収穫はあったな。
身軽になった所で一人、自治区内を歩く。 こう見えても俺は割と忙しい。
エルマン・アベカシス聖堂騎士と肩書はただの聖堂騎士になってはいるのだが、やっている事は便利屋に近い。 問題があれば相談しに来る奴が後を絶たないので簡単な物は指示を出して終わりだが、判断せざるを得ない案件は直接動いて処理する事になっている。
何もなければ基本的に見回りやって終わりの楽な地位の筈だが、不思議な事に日に数度は面倒な案件を誰かが持ち込んで来るので結果的にあちこち走り回る羽目になっているがな。
後は長い目で見る必要のある案件についてだが、物事には諦めも必要なんだと痛感させられる。
現状、王都に関しては落ち着いていると言えるだろう。
懸念であった獣人関連の問題も一応は決着が付いたので、急ぎの案件はない筈だ。
ジャスミナは監視付きでアイオーン教団の自治区内で保護――という名目で実質は軟禁に近い扱いをしている。 聖女の話を聞く限りでは問題なさそうだが、信用するのも危険なのでこの形に落ち着いた。
本人は最後に会った時とは打って変わって気の抜けた有様で、その表情からはまったく力を感じない。
どうも道化をやらされていたと自覚して投げ遣りな気持ちになっているらしいが……。
ホルトゥナの権力争いに勝つと息巻いていたが、蓋を開ければ初めから結果が決まり切っていた茶番。
まぁ、控えめに言ってもいいように踊らされたなと言った感想しか出てこない。
本来ならこんな面倒な真似はする必要がないにもかかわらず、大掛かりな舞台を用意してジャスミナを担いだ事を考えると奴の妹とやらの目論見通りに事が運んだと言って良いだろう。
少なくともジャスミナの心を折ると言う点では成功している。
……一体、何をどうやればここまで関係が拗れるのかさっぱり理解できんな。
正直、俺は両親を早くに亡くしているので、血縁者と言う者がいない。 その為、今一つピンとこないのだ。 血縁故に拗れたと言われればそうなのかもしれんなとしか解釈できん。 見た限りジャスミナの身内に対する憎悪に近い物は本物だった事を考えればそんな物なのかもしれんな。
今は落ち着くまで大人しくして貰おうといった方針だが、いつまでも置いておける訳でもない。
そう遠くない内に身の振り方を決めて貰いたい所ではある。
……これに関しては急を要する事じゃないので後回しでもいいだろう。
今日の決まっている予定は消化したが、この後に何もないなら見回りだけで済むだろう。
正直、そうなってくれればいいなと思いつつ、巡回予定の場所へと向かう。 基本的に俺が回るのは大聖堂と、城塞聖堂の二ヵ所だ。
前者は教団運営関係で後者は異邦人関係だ。
ちなみに目が離せないのが前者で、面倒なのが後者だったりする。
教団運営関係は帳簿の管理などは信用できる者に任せているので問題ないだろう。
ちなみに発足当時は人手不足でそう言った細かい仕事なども俺とグレゴアでやった物だ。
聖女のお陰で随分と持ち直したが、まだ盤石とは言い難い。
ようやく全盛期のグノーシス教団時代程ではないが、組織としての勢いは取り戻せそうになってきた。
オラトリアムとも今の所は上手くやれている――と思いたい。
その名前が思考に挙がると嫌でも考えてしまう。 センテゴリフンクスを襲った手口についてだ。
聞いた限りでは完全にあの時と同じ、空からの戦力投下による奇襲。
仮にオラトリアムの仕業と考えるなら連中が隣の大陸にまで進出していると言う事になるが……。
馬鹿なと内心で首を振る。
隣の大陸だぞ。 同じ大陸内を移動するのとは訳が違う。
脳裏でヴァーサリイ大陸の地図を広げる。 仮に、そう仮にだ。 謎の勢力がオラトリアムだとしよう。
それがリブリアム大陸まで勢力を広げるにはどうすれば良い?
仮定と前置きして考える。 まずは海――港を手に入れる必要がある。
少なくともウルスラグナ内にはそんな物は存在しない。 この国は僻地にあるだけあって未開拓の領域が多く、海まで国土を拡大できていないのだ。
同様に地形的にも厳しい。 海へ行くだけならどうにでもなるが、巨大な山脈や広大な森林に囲まれた峻厳な環境から港を作って船の建造まで行くとなると現実的じゃない。
それとも連中はいつの間にかどこぞに港でも作って既に他所との交易を始めている?
冗談だろうといいたいが、あそこの資金力と武力を考えると不可能と言い切れないのが恐ろしい。
仮に港を拵えたとしよう。 次の問題が出て来る。 航路だ。
海は水棲の巨大魔物が多いと聞く。 俺自身に経験はないが、海上での戦闘は難しいという話は聞いた事がある。 酷く揺れる上に狭い船上のみと行動範囲にも制限がかかる厳しい環境だ。
陸上なら連中は無敵かもしれんが、海上だとそうもいかないだろう。
仮に突破できたとしても往復には相応の時間がかかる。
飛行する魔物も居たらしいが、大陸間を行き来できるとは考え難い。
そう考えるとセンテゴリフンクスを襲える規模の軍勢を調達できるのかに疑問符が付く。
現地調達した? いやと否定。 少なくとも聖女は襲撃勢力に獣人の姿を見なかった。
何らかの方法で安全に移動できたとしても、時間的に不可能――
そこでゾクリと背筋に嫌な物が走る。
――確かに不可能だ。 あぁ、不可能だろう。 普通に考えれば。
だが、俺は普通じゃない方法に一つ心当たりがあった。
転移魔石だ。 アレがあれば距離は関係ない。 どうにかして持ち込む事にさえ成功すれば、隣の大陸だろうと世界の果てだろうが戦力を好きなだけ送り込める。
聖女の話ではいきなり現れたという話だったが、魔法で姿を消したのではなく転移して来た?
それだけの数を? 冗談だろう?
嫌な汗が流れる。 それでも一度形になった思考は止まらない。
仮に連中が転移魔石の技術を持っていたとしよう。 そうなるといつ、何処で手に入れたのかが問題になる。 仮に俺がファティマに転移の話をした以前からだった場合、あの女は既に知っていた上に量産にまで成功していたと言う事だろう。
オラトリアムの流通は可能な限り確認している。
転移魔石は材料が限られているので、簡単に作れる代物じゃない。
それだけの高品質の魔石を大量に仕入れているのなら、隠すのは難しいだろう。 だとするとやはり、ティアドラス山脈か。 あそこに高品質の魔石の鉱山があると見るべきだろう。
材料はそこで調達したとして、製法の出所はどこだ?
「……あぁ、何で余計な事に気付いちまうかね俺はよぉ……」
嘆くがどうにもならない。 知らない振りをしたかったが、そうも言っていられない。
確認する必要があるか。 ちょうど近くだし、様子を見るついでに聞くとしよう。
俺は目的地を変更し、歩く足を早めた。
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