第741話 「迎入」

 「ただいま戻りました」

 

 俺――エルマンは帰って来たクリステラとマネシアを出迎えていた所だった。

 つい先日、魔剣狙いの連中を返り討ちにし、生き残りも捕縛に成功はしたが尋問しようとすると爆散したので詳しい事情は聞けず終いだった。 だが、幸いにもジャスミナも一緒に戻ってきたのであの女から可能な限り情報を引っ張れるか試してみるとしよう。


 連れている奴に少し問題があり、念の為に時間と場所を選んで戻ってきて貰ったので、今は夕刻。

 日は暮れかかっており、辺りは薄暗い。 クリステラは出発前と変わらない表情で、変化があったとすれば腰の剣が増えている事だろう。


 聖女が似たような代物を持っているので一目で分かる。 アレが聖剣エロヒム・ギボールだろう。

 首尾よく手に入れたのは喜ばしい事だが、隣のマネシアを見るとそれなり以上の苦労があったようだ。

 苦笑こそしているが表情には深い疲労が張り付いており、さっさと帰って寝たいと雄弁に語っている。


 「あー、ご苦労だったな」

 「……えぇ、本当に苦労しました。 報告は明日にでも纏めて行うので今日はもう帰っても構いませんか?」

 「あ、あぁ、ゆっくり休んでくれ」

 

 マネシアはではこれでと言って自宅の方へと歩いて行った。

 全身を引き摺るように去っていくその背中に、内心で本当にありがとうと感謝すると問題の残り一人へと視線を向ける。


 「……あんたが枢機卿って事でいいのか?」


 背が低いので俺は屈んで目線を合わせて尋ねる。


 「え、えぇ! 自己紹介するわね! モンセラート・プリスカ・ルービィ・エウラリアよ! これからお世話になるわ! あ、ちなみに元枢機卿よ!」


 さっきまで外套を身に着けて頭まですっぽりと隠していたが、取り払ってその素顔を見ると確かに子供だな。

 モンセラートは口調にこそ勢いがあるが、やや上擦っている所を見ると緊張しているのが伝わる。

 目を合わせる時も若干の躊躇いがあったな。 少し人見知りって所か。


 枢機卿は滅多に人前に出ないので、こういう点では歳相応だな。

 

 「エルマン・アベカシス聖堂騎士だ。 歓迎しよう、エウラリア元枢機卿」

 「モンセラートでいいわ! アベカシス聖堂騎士」

 「なら俺もエルマンでいい。 よろしくなお嬢ちゃん」


 簡単な挨拶を済ませて大聖堂へと入り、奥の居住区格へ。

 モンセラートは先にクリステラの部屋へ案内して休ませる。

 お嬢ちゃんは寝台で横になると直ぐに寝入ったので、かなり疲れていた事が良く分かった。


 残ったクリステラを連れて応接室へ。 椅子に座るように促し俺は対面へ座る。


 「まずは長旅ご苦労だったな」

 「いえ、私自身が望んだ事です」

 

 クリステラは腰の聖剣を抜いて見せる。

 鞘から抜け、真っ赤な刃が姿を現すと呼応するように俺の腰の魔剣が震えた。

 くそっ!? あれだけ封印を強化したのにまだ動くのかよ。

 

 俺は努めて気にしないようにして魔剣を鞘ごと引き抜く。

 

 「事情に関しては帰ってくる前に話した通りだ。 悪いがこいつはお前が預かって居てくれ」

 「はい、お預かりします」


 クリステラは魔剣を受け取って腰に差すと、カタカタと震えていた魔剣が徐々に大人しくなった。

 それを見て俺はほっと胸を撫で下ろす。 やっと厄介事の一つが片付いたか。

 

 「……対になっている聖剣と魔剣の接触による消滅。 それによる黒い柱の発生……」

 「一応、聖女から聞いた話だと対になっていない物なら大丈夫との事だが、過信は禁物だ。 何か変化があればすぐに教えてくれ」


 少なくともシャダイ・エルカイとリリト・キスキルの接触により謎の黒い浸食が起こったが、エロヒム・ツァバオトには影響が出なかったのでエロヒム・ギボールでサーマ・アドラメレクは抑えられるだろう。 少なくとも俺が持っているよりは安全か。


 それ以上の事となると、モンセラートの持っている情報に期待したい所だな。

 聞き取りは纏めてがいいと思っていたので、後日にでも聖女を交えて行う予定だ。 事前に触りだけでも先に聞いておく予定ではあるが。

 

 「……隣の大陸で起こった事件について詳しく説明して頂いても?」

 「あぁ、俺もそのつもりだった。 さて、何から話した物か――」


 クリステラは相変わらずの態度で、さっさと用件を切り出してくる。

 こういう時には話が早いので良くも悪くもやり易いな。

 俺は聖女達から聞き取った話を簡単に纏めて説明を始めた。


 ジャスミナの来訪に始まり、ヴェンヴァローカでの辺獄の氾濫。

 現地の聖剣使い、グノーシスと手を組んでの討伐戦。

 辺獄の領域フシャクシャスラでの戦い。 そして現れた「在りし日の英雄」とその圧倒的な強さ。


 「やはり現れましたか」

 「あぁ、バラルフラームの時と同様に信じられん強さだったそうだ。 何せ百人から居た聖堂騎士の大半を瞬く間に皆殺しにしたらしいからな」


 バラルフラームでの経験がなければ眉唾物の話だったが、幸か不幸か一度経験しているので疑うなんて真似はできない。

 そして決着。 その結果、聖剣と魔剣は消滅し、辺獄の空に巨大な亀裂が発生。


 現れた「虚無の尖兵」とそれの対処の為に協力を続けた事。

 

 「――まぁ、その時点で嫌な予感はしていたがな」

 「嫌な予感? その虚無の尖兵についてですか?」

 

 クリステラの素直な反応にそんな訳ないだろうがと内心で溜息を吐く。

 

 「そっちじゃない。 グノーシス教団の方だ」

 「?」


 理解が出来ていないのか不思議そうに首を傾げる。

 

 「聖女が組んでいるのはあくまでジャスミナ個人とヴェンヴァローカであって、グノーシスじゃない。 連中との関係は敵じゃないだけだ」

 「ですが、目の前に明確な脅威があるというのに他に気を回す余裕なんて……」

 「……恐らくだが、連中にとって辺獄の対処は二の次だ。 本命は聖剣だろうよ」


 結果的に適切な戦力だったが、バラルフラームの時と比較すると明らかに過剰だ。

 間違いなく聖剣使いを仕留める事が前提の布陣だ。 聞けば審問官や表に出し辛い連中も裏でセンテゴリフンクスに入れていたらしいからな。

 

 それを聞いてクリステラの眉が露骨に吊り上げる。

 

 「理解できませんね。 何故、グノーシスはそこまで聖剣に執着するのでしょうか?」

 「その辺は俺にも分からん。 ただ、その執着振りは異常と言っていい。 理由に関しちゃいくつか予想は立てられるが可能性の域を出ない」


 俺は話を続けるぞとそのまま進める。

 その後を聞けばグノーシスの思惑も見えて来るだろう。

 辺獄にて定期的に湧いて来る尖兵の駆除を行ってはいたのだが、ある日に呼び戻されて何を言われたのかと言うと――


 「グノーシス教団へのお誘いだ。 要は自分達の傀儡になれだとさ」 

 

 ご丁寧に従うならアイオーン教団はそのままと脅迫紛いな事まで臭わせてな。

 

 「目的は聖剣使ってリブリアム大陸北方の制圧。 聞いた話だからはっきりとは言えんが、ありゃ私怨だな」


 根拠は聖女の話だけじゃない。

 グノーシス教団の対応と微妙に噛み合っていないからだ。 ジャスミナから聞いた話にもあったが連中はとにかく聖剣を本国に集めたがっている。


 今回の一件でも持ち出さなかった事がその証左と言えるからだ。

 少なくとも聖剣を複数抱えている事は間違いない以上、それを持ち出せば犠牲は半分以下に抑えられたはずだ。 それをやらないのは何かしらの理由で聖剣を動かせないからだろうと俺は考えている。


 つまり、連中は聖剣は手に入れれば即座に本国に持ち帰るのが基本方針だ。

 それを曲げてまで聖女に協力をさせようとしている所を見ると、個人的な事情と見るべきだな。

 付け加えるならグノーシス教団ではなく個人的に手を組もうと言い出したのもその結論に落ち着いた要因だ。


 「……そのマクリアンという枢機卿の独断だと?」 

 「だろうな。 個人的な事だろうから何故とかは聞くなよ? 俺が聞きたいぐらいだ」 


 クリステラは釈然としないといった表情で黙る。

 俺は苦笑して話を続ける事にした。

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