第742話 「火傷」

 話を続ける――と言っても余り話す事はないが、かなり重要な部分が残っている。

 

 「例のマクリアンって枢機卿は聖剣と聖女に随分とご執心だったらしく、かなりしつこく秋波を送っていたらしいな。 定期的に食事に誘い、返事を寄越せと催促していたようだ。 受けた後にやらされるのが、獣人の国での虐殺と言われている事も含めると相当我慢して相手をしたんだろうよ」

 

 よくブチ切れなかったなと俺は肩を竦めると、その場面を想像したのかクリステラが僅かに嫌そうな顔をする。

 同感だ。 俺が聖女の立場なら間違いなく我慢できなかっただろうよ。

 

 「……最初こそ適当にのらりくらりと躱していたんだが、いい加減に誤魔化しきれなくなってな。 ある日にきっぱりと断ったそうだ。 ――それで、どうなったと思う?」

 「まさかとは思いますが、襲って来たのですか?」

 「そのまさかだ。 断ったと同時にだったらしいぞ。 信じられんな……」


 要するに連中は初めから断れば力尽くで聖剣を奪うつもりだったって訳だ。

 俺もクリステラを使って聖剣を盗ませている以上は同類だから強くは言えんが、味方を後ろから刺すのは流石にないな。 


 ――で、聖女はそのままエイデンとリリーゼを連れて離脱。 事前に組んでいた段取り通り、キタマ達と合流して離脱するつもりだったのだ。

 当然ながらマクリアンの執着は逃げたからと言って諦められるような物ではなかった。


 次々と伏せていた戦力を繰り出して来たらしい。

 聖堂騎士に始まり、審問官に権能を扱える枢機卿。 そしてゴーレムの様な正体不明の戦力。

 どれだけ街に入れてたんだといわんばかりの量で、聖女は瞬く間に包囲される。 

 

 「聖剣があるのなら苦戦はしても突破は可能なはずでは?」

 「確かに辺獄じゃないなら聖剣の力を完全に扱える以上、エイデンとリリーゼを守りながらでも突破はできなくはないだろう。 ――ただ、問題はその後だ」


 あいつの性格上、余計な殺生を嫌がって追い詰められたんだろうが、それはもう問題じゃない。


 「何かあったのですか?」

 「あったんだよ。 謎の魔物の襲撃がな」 


 聖女達が追い詰められたと同時にそれが起こった。

 

 「巨大な飛行する魔物に空から大量の正体不明の戦力群の投下。 この手口、どっかで見た覚えがないか?」

 「……ムスリム霊山での事ですか?」


 クリステラは即答。 俺もあの事件は未だ頭に焼き付いていて離れない。


 「あぁ、聖女に聞いた話だが、あの時に出て来た全身鎧に似た連中も居たらしい」


 あの時の連中と同類かは知らんが、聖女が戦り合った相手は相当な実力者だったようだ。

 奇妙な武器にそれを巧みに使いこなす技量。 ついでにアラブロストルで開発されてそう間もない銃杖まで持っていたらしい。

 

 ……というより聖剣を持った聖女相手にほぼ無傷で痛み分けまで持って行ったとか信じられん。


 「その襲って来た者達の正体は?」

 「早々に離脱したので分からず終いだ。 当然、その後に向こうがどうなったのかもな。 ただ、聖女はあの場に居たら死んでいたかもしれんと言っていた」

 「聖女ハイデヴューネが? ――そう言えば彼女はどこに?」


 まぁ、そうなるよな。 向こうの話をするのに帰ってきている筈の本人が出てこないのはおかしい。

 

 ……どう説明した物か……。


 「自室にいるが負傷が抜けきっていなくてな。 部屋から出ないように言ってある」

 「負傷? 聖剣の加護があれば負傷は問題にならない筈では――」

 

 俺は無言で席を立つ。

 不思議そうにこちらを見るクリステラに肩を竦めて見せる。


 「会いに行くか? 状態については直接見た方が早いだろう」


 聖女の私室は城塞聖堂だ。 少し歩く事になるが、顔を見せてやった方もお互いに安心するだろう。

 大聖堂を出て教団自治区を抜け、城塞聖堂へ。

 事前に許可を取っておいたのでそのまま内部に通して貰い、聖女の居住区へ入る。


 そのまま私室へ向かい扉を軽く叩いて応答を待ち、入室の許可が出た所で中へ。

 

 「入るぞ。 クリステラが帰って来たので顔見せも兼ねた見舞いだ」

 

 聖女は寝台で横になっており、俺達の姿を見ると身を起こそうとして顔を顰める。

 当然ながら鎧は身に着けていないので素顔を晒したままだ。

 クリステラの表情に驚きはない。 これは間違いなく何処かで顔を見せたな。


 ……まぁ、いいか。


 気を付けろとお小言の一つも言いたい所だが今はいいだろう。


 「やぁ、お帰りクリステラさん。 無事な姿を見れて嬉しいよ」

 「お久しぶりです聖女ハイデヴューネ。 一体何が……」

 

 聖女は苦笑して両手を持ち上げて見せる。

 クリステラは訝しむように視線を向けて小さく目を見開く。

 聖女の肘から下に黒い火傷の跡の様な物が広がっており、かなり痛々しい事になっている。


 「はは、格好の悪い所を見られちゃったね。 これでも結構、マシにはなったんだよ?」

 

 最初は本当に酷い有様で、一部が炭化していた程の深い火傷だった。

 傷自体は聖剣によりすぐに癒されたが、この火傷の跡のような代物だけは消えなかったのだ。

 どうも傷自体は完治しているが、魔法的な付加効果――呪いに近い代物と言う話だった。


 「エルマンさんから事情は簡単に聞いているとは思うけど、逃げる時にちょっと失敗しちゃってね」


 敵との交戦中に謎の攻撃――闇を凝縮したような魔力攻撃を受けた。

 凄まじい攻撃だったようで、聖剣の加護と鎧の魔法防御を貫通して腕を焼いたそうだ。

 その後、間を置かずに転移に成功したので無事に逃げ切れたが何発も受けられる代物じゃないと聖女は苦し気に言っていた。


 ……聖剣の防御を突破するって一体、何を持ち出せばそんな真似が出来るんだ?


 ちらりとクリステラの腰に下がっている魔剣に視線が行くが、馬鹿なと否定する。

 在りし日の英雄は扱っていたらしいが、まともに力を引き出せていなかったらしい。

 辺獄種なら魔剣を使えはするのだろうが、十全に扱えないと見ていいだろう。


 ならどんな化け物なら魔剣を扱えるんだという話になる。

 俺はくだらない考えを投げ捨てた。 とにかく聖剣を以ってしても対処が出来ない事象も存在するという事を認識できただけでも収穫と思う事にするべきか。


 「それはどう言った状態なのですか?」

 

 クリステラの質問に聖女は恐る恐ると言った感じで手を膝に持って行く。


 「傷自体は治っているから動きはするんだよ。 ただ、この黒い火傷の跡の所為かな? すごく痛いんだ」

 「症状に変化は?」

 「一応は少しずつだけど跡も消えて行っているから時間をかければ完治はすると思う」


 聖女はそう言っているが俺は深い溜息を吐く。


 「日常生活に支障が出ている癖に何を言っていやがる」


 本人は軽い調子で言っているが、両腕は激痛で完全に使い物にならない有様だ。

 魔法道具で痛覚を誤魔化す事も試したが、緩和はできても痛みを消す事は不可能だった。

 治療専門の魔法使い共も匙を投げた重傷だ。 専門家ですらどうやったらこんな有様になるのか分からないと頭を抱える始末でどうしようもない。


 食事も食わせる必要があるので、しばらくは要介護状態だ。

 

 「……そんな訳だ。 悪いが聖女の代役をお前にやって貰う事になりそうだ」

 「分かりました。 私も聖剣を手にした身。 命を賭けてアイオーン教団の為に戦いましょう」

 「いや、それもあるが信徒への説法もだぞ?」

 「…………え?」


 俺の言っている事が理解できなかったのかクリステラがぽかんとした表情を浮かべた。

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