第734話 「成長」

 ロッシは聖堂騎士に選ばれるだけあってその技量は高い。

 柄で連結した剣を体ごと回転するように振り回し、対するエルジェーはその全てを打ち返す。

 彼女は洗脳された後、強化を受けているので構造自体は人間とそう変わらないが、身体能力は人間の範疇を越えている。


 ロッシの回転の勢いが乗っている斬撃を苦も無く捌いているのは高い身体能力と、厳しい訓練によって向上した技量による物だ。

 本来なら斬撃の重さに物を言わせて勢いで押し切るスタイルの戦い方をするロッシだが、エルジェーはそれを許さい。

 

 その為、早い段階でロッシは勝てないと言う事を理解。 彼女は保身を第一に考えて来たが、それ以上に危機に聡かった。

 そんな彼女の第六感とも言える物が囁くのだ。 逃げなければ死ぬと。

 

 ――かと言ってどこへ逃げればいいと言うのだ?


 周囲は完全に戦場と化しており、聖堂騎士の彼女が逃走する事はただでさえ落ちている士気に致命的な影響を及ぼすだろう。

 逃げ出したい。 だけど、逃げられない。

 生活の為に固執している聖堂騎士と言う地位その物が今の彼女を縛る鎖となっているのだ。


 エルジェーは敵が逃げ腰になっているのを敏感に悟り、攻め手を強める。

 このような反応には覚えがあるからだ。 何処で?と聞かれると彼女はこう答えるだろう。

 負けそうになっている自分がこんな感じだから、と。

 

 生前の彼女は余り敗北と言う物とは無縁だった。 剣に関してはそれなり以上の才覚があったので、同格の相手でも結構な割合で勝ちを拾えており、同僚の二人にも一対一の訓練なら白星の方が多い。

 だが、オラトリアムと言う魔窟はそれだけで勝てる程、甘い場所ではなかった。


 剣に限るならトラストやハリシャ。 限らないならイフェアスや夜ノ森、アスピザル等、彼女を遥かに凌ぐ実力者揃いで、手合わせをして何度も地を舐める事となった。

 身体能力ではなく純粋に剣技を競うだけでもトラストとハリシャは別格で、訓練当初は本当にお話にすらならなかったのだ。 実力不足を痛感し、聖堂騎士だ何だと驕っていた自分を恥じる。


 彼女は強くある事を自分に強いていたが、敗北が重なった事を機に弱さと向き合うべきだと理解したのだ。

 結果、弱い人間――劣勢に陥った者がどう思い、どう動くのかを身を以って知る事となった。

 ロッシはエルジェーより弱いだろう。 だが、それは油断してもいい理由とはならない。


 エルジェー・ナジ・エーベトは結果的にだが、そう考える事で大きな飛躍をするに至ったのだ。

 斬撃の回転を上げてロッシに攻める事を許さずに追い詰める。


 トラストは言った。 相手の動き――一部だけでなく全体を見ろと。

 そうする事で次にどう動くかが見えて来ると教えられた。 視野を広く持つ。

 ロッシは完全にエルジェーの手元ばかりに意識を向けており、防ぐ事に集中している。


 ハリシャは言った。 相手の目的を意識しろと。

 試合ではなく戦闘であるなら、戦いながらもそれに沿った動きをするはずだと。

 それを理解すれば相手が何をしようとしているのかを理解する事が出来る。


 逃げるのであれば退路を潰し、どこかへ誘い込もうとしているのなら裏をかく事を、倒す気で来ているのなら力量差を見極めて必要であれば味方と協力すべきだ。

 ロッシは追い詰められた結果、地位と自らの命を天秤にかける事になる。


 ――結果。


 命あっての物種と考え、撤退を決意。

 エルジェーの斬撃を渾身の一撃で弾き、踵を返して――逃げようとした所でいつの間にか至近距離に黒い穴が見えた。


 それが何かを認識する前に彼女の人生は幕を閉じた。

 至近距離から発砲された銃杖から打ち出された魔石は彼女の兜のバイザーにめり込む形で砕け散って効果を発動。 その頭部を跡形もなく消し飛ばした。


 「マリシュカ、礼を言う」

 

 ロッシにとどめを刺したのは魔法で姿を消して忍び寄っていたマリシュカだった。

 彼女はロッシが逃げ出すタイミングを見計らって銃杖を構えて発砲するだけで良かったので、楽な物だった。 必死に逃げる人間は視野が狭い。

 

 この乱戦とも言える状況で逃げ出す場合はルートと手段が限られるので、そこで待っていればいいだけだった。

 エルジェーの礼にマリシュカは小さく肩を竦めて応える。


 「ま、あたしはとどめだけだったから大した事じゃないよ。 後、予定通りにアレやるからちゃんと防いでね?」

 「分かっている」


 マリシュカはじゃあよろしくと言って魔法で姿を消してその場から去って行った。

 エルジェーは彼女の姿が消えたと同時にすぐに頭を切り替え、次の敵へと狙いを定めて斬りかかる。

  

 

 聖堂騎士はロッシ一人だけではないが、彼女の損失は大きい。

 士気もそうだが、彼女が押さえていたエルジェーが自由になった事で被害の拡大が加速するからだ。

 レブナントや天使の変異個体は勢いに乗っており、グノーシス教団の軍勢を文字通り斬り裂いて行く。

 

 当然ながら彼等も黙ってやられている訳ではないが、最初の斉射でかなりの数が減らされた事で完全に相手に主導権を握られるといった形になってしまっている。

 立て直そうとした矢先に聖堂騎士たるロッシの死。 それにより、戦況は更に悪い方へと傾く。


 こうなってしまった以上、グノーシス側が立て直すのは難しいだろう。

 オラトリアム側の勝利はほぼ確定したと言ってもいい。

 だが、この場を指揮するファティマはそれで満足するような女ではなかった。


 求めるのは完全な勝利。 その為に更なる一手を打つ。

 

 ――とは言ってもそこまで難しい事ではない。


 転移魔石がある以上、奇襲はし放題と言って良い。 

 これもただそれだけの単純な手だ。 

 戦場から少し離れた所定の位置についたマリシュカは持たされた転移魔石を使用し、必要な存在を呼び出す。

 

 それは魔導外骨格であるフューリーだ。

 ただ、普段使用されている物と装備が違う。 両肩と胸部に放射湾曲した巨大なお椀の様な物――パラボラアンテナに似た物が取り付けられていた。


 そしてその下半身部分に乗っているのはスズムシに似た異形――瓢箪山だ。

 

 「じゃあ予定通りによろしく」

 「うっす、じゃあ始めるんでちゃんと耳を塞いどいてくださいよ?」


 瓢箪山は愛用のギターを首から下げ、そこから伸びたコードの様な物が何故かフューリーへと伸びていた。

 彼がフューリーの胴体をノックするように叩くと無限軌道が唸りを上げて回転し、戦場の真ん中へと突っ込む。


 「――……はぁ、飛び込みの仕事とか勘弁してくださいよ……まぁ、やりますけど……」


 言っても仕方がない事だが、この後にオララジナイトの放送が控えている事を考えると早く済ませて帰りたいと言うのが彼の本音だった。

 フューリーが停止したと同時に空を飛んでいたレブナント達が持たされていた魔石を起動。

 瓢箪山を中心に戦場の一部――敵の戦力が集中している個所を障壁で覆う。


 「さて、やるか。 オララジ出張版始まりますよってな」

 

 そう呟くと瓢箪山は息を大きく吸って一気にギターをかき鳴らす。

 ギターから吐き出される音をフューリーに外付けされたパラボラアンテナに似た代物が増幅。

 一瞬で障壁内を轟音で満たした。


 正式名称は『魔力駆動 音響増幅収束機 シング・ストリート』

 その名の通り、入力された音を増幅して出力する代物だ。 ただ、魔導外骨格に内蔵されている莫大な魔力を用いて使用されるそれは音ではなくもはや暴力となる。


 そして障壁で限定的な密室となったその場は音で満たされ、グノーシス教団の者達の鼓膜を破壊し、三半規管にも多大なダメージを与えた。

 当然ながらオラトリアム側は起動前に魔法で防御――音以前に空気を遮断していたのでダメージはない。


 障壁が解除され、瓢箪山も自身に使用していた魔法道具を解除。

  

 「や、おつかれー」


 駆け寄って来たマリシュカに瓢箪山は小さく手を上げて応える。


 「俺の出番はこれで終わりって事でいいっすかね?」

 「本当ならもうちょっと頑張って欲しいけど、一回って約束だから帰っていいよ」

 「あ、すんません助かります。 じゃあ俺、この後に番組の準備があるんでこれで上がりますね。 おつかれっしたー。 ――えっと、帰りの転移魔石は……あぁ、これだこれだ」

 「じゃあねー。 ラジオ楽しみにしてるよー」


 フューリーは「はは、どうも」と苦笑した瓢箪山を乗せたまま転移。 オラトリアムへと帰還した。

 そして入れ替わりに巨大な悪魔――アクィエルが出現。 マリシュカが「出番なんでよろしく」と声かけると咆哮を上げて敵に襲いかかり始めた。

 瓢箪山の攻撃により、残されたのは無傷の味方とまともに立てなくなった聖騎士達のみとなる。 そこにアクィエルによる追い打ち。

 

 「さて、今のでだいぶ削ったし、もうこれは終わりかな?」


 マリシュカはそう呟く。 実際、趨勢はほぼ決まりかけていた。

 退路も塞いでいるので、グノーシス教団の者達は逃げる事も出来ずに全滅する事となり、こうしてリブリアム大陸の海岸線での戦いは幕を閉じる事となった。

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