第735話 「森襲」

 中央と西のルートを進軍していた部隊が襲撃された以上、残った東のルートも当然ながら襲撃を受ける事となった。

 

 「あははははははは、いいですねぇ! いくらでも居るから斬り放題ですよ! 斬り放題!」


 夕闇の中、そう言って哄笑を上げながらハリシャは目に付く敵を片端から斬り殺していた。

 指揮を執っていた聖堂騎士は早々に首だけで地面を転がり、彼女が引き連れた手勢――モスマンやモノス、タッツェルブルムが彼女に続き、競うように敵を血祭りにあげる。


 東のルートは山脈を迂回すると言う点は西側と同じだが、こちらは広大な森が広がっているので地形としての起伏は少ないが道が限られてしまう。 その為、奇襲するには非常に都合の良いルートだったのだ。

 グノーシス教団の者達は森の深部に入ったと同時に待ち構えていた森林での戦闘に長けた改造種による襲撃を受けて混乱。 指揮を執っていた聖堂騎士も何とか立て直そうとしたが、混乱に乗じて斬り込んできたトラストに斬首されて即死。


 その後は次々と聖騎士達は斃れて行き――今に至る。

 早々に聖堂騎士が斃れた事が齎した物は混乱だけでなく、士気の低下も甚大となった。

 その結果、聖殿騎士までは何とか踏み止まれたが、聖騎士以下の者は次々と脱落。 具体的には戦場を放棄して逃げ出す者が現れたのだ。


 「ははは、何処へ逃げようと言うのですか!?」


 ハリシャは背を見せる者を満面の笑みで追いかける。 展開した六腕を使用して蜘蛛か何かのように器用に木の表面を移動し、幹を蹴って飛び回る。

 恐怖の表情を張り付かせた聖騎士の足を斬って動けなくして次へ向かいまた足を斬って行動不能に追い込む。


 一通り逃げる者から機動力を奪うとあははと笑いながら順番に切り刻む。

 他にも獲物が沢山いるので一人一人に時間をかけていられないので、恐怖の表情を少しだけ楽しんで切り刻んでとどめを刺す。 絶望の中、命を失っていく者達――それを自分が生産していると言う行為にハリシャは興奮しているのか頬を染めながら笑い続ける。


 「これだけやってもまだまだ残っている! 今日は最高の日ですね!」


 ハリシャは上機嫌に笑いながら敵を殺し続ける。 まだまだ、彼女にとっての良き日は終わりそうにない。

 


 派手に殺し続けるハリシャとは対照的にトラストは積極的に殺さず、気配を消して戦場の間隙を縫うように移動。 動きの良い者や指揮を執っているであろう敵の要になっているような存在に忍び寄り刀を一閃。 一撃で首を落として即死させる。


 彼は必要であればいくらでも殺すが、ハリシャがそれを行っている以上は自分が派手に動く必要はないと考え、敵の中で重要そうな人物を片端から仕留めてひたすらに混乱をばら撒く。

 木々が深く方向感覚すらも狂わせるこの森で、パニック状態になるのは致命的だ。


 地形を最大限に活かせる布陣と兵員、完全に決まった奇襲、これだけの要素が揃っていてどうやって負けろと言うのだとトラストは考える。

 聖騎士達は森の中を駆けずり回らされ、時刻はすっかり日暮れ前。 薄暗くなった森は視界を極端に悪くし、襲いかかる者達は全てが夜目が利く上に隠密に長けた者達なのだ。 展開はほぼ一方的な物となっており、もはや戦いですらなくなりつつあった。


 それでも聖騎士達は果敢に立ち向かう。 悪い視界を魔法で補い、光を伴った魔法や魔法道具を用いて闇を追い払う。

 全方位から襲い来る改造種の群れに良く戦ったといえるかもしれない。


 「進め! もう少し行くと森を抜けられる! そこで立て直すぞ!」


 誰かがそう叫び、聖騎士達は手薄な場所を狙って突破を狙う。

 方角は北。 山岳地帯に入る前に少し開けた場所に出る。 そこでなら視界もそうだが、木々がないので地形的な不利は消える筈だ。 少なくとも嬲り殺しにされる事にだけはならないだろう。


 そんな考えを抱き、彼等は改造種達の猛攻を凌ぎながら走る。

 途中、一人、また一人と仲間達が斃れる中、彼等は必死に森の外を目指す。

 

 「頑張れ! もう少しだ!」

 「誰かぁ、誰か手を貸してくれぇ! 足を、足をやられちまったんだぁ」

 「あいつはもう駄目だ! 走れ!」

 

 聖騎士は一部を残してほぼ脱落、聖堂騎士は全員トラストに暗殺されて死亡。

 工兵などの非戦闘員はそもそも逃げる事すら叶わなかった。

 生き残った者の大半は聖殿騎士だ。 最初に居た数を考えると驚く程の少なさだったが、それでも千人に届く程の数が森を踏破。 死地を切り抜ける事に成功――


 ――したかに思えたが、森を抜けた彼等を待ち受けていたのは……。


 「な、何だアレは?」


 そこにいたのは巨大な鋼の異形――三対六本の腕と百足に似た下半身を持つ魔導外骨格であるサイコウォードと蜘蛛の様な下半身を持つアラクノフォビアの軍勢だった。

 敵が現れた事により、サイコウォードの操縦席に座っているニコラス達はようやく出番かと気を引き締めて機体を操作。

 サイコウォードはその鈍重そうな見た目からは想像もできないスピードで森を抜けた聖騎士達に肉薄。

 

 背から生えている先端がザ・コアの武器腕を起動して襲いかかる。

 

 「み、密集して迎撃を――」


 盾を持った者達が咄嗟に防御行動を取ろうとしたが、無駄な事だった。

 彼等の持つ盾は魔法的な付与が施され、物理的、魔法的な攻撃に対して高い防御効果を誇るが、サイコウォードに備えられたスケールアップしたザ・コアの前には無力だった。 接触して秒も保たずに防御を貫通。


 瞬時に彼等を挽き肉へと変換する。

 

 「化け物め!」


 攻撃範囲の外にいた聖殿騎士達が斬りかかるが、タイタン鋼を使用した装甲には傷一つ付かなかった。

 サイコウォードは残った背の武器腕――先端が巨大なペンチになっているスケールアップしたクラブ・モンスターで近くに居る聖殿騎士達を掴んでは鋏み潰す。

 

 剣が効かなければ魔法でと多種多様な魔法攻撃を繰り出すが、全く通じない。

 サイコウォードの頭部に付いている魔石がギョロギョロと目玉のように蠢き、後衛の聖殿騎士を捉える。

 同時に背面装甲が展開。 中から円盤状の金属の塊が無数に飛び出す。


 円盤は空中で羽のように刃を展開し、唸りを上げて回転。

 これは以前に首途が使用したザ・ジグソウを簡易的に改良した物で、遠隔操作機能と刃を展開する所は共通だが違いは――


 「奇妙な飛び道具を! 魔力の障壁で押さえこめれば無力化――」


 何とか円盤をどうにかしようとした聖殿騎士の言葉は最後まで形にならなかった。

 何故なら円盤が爆発したからだ。 ニコラス達の処理能力では操れる円盤の数に限りがあるので、安価な素材で作成した使い捨てといった形での実装となった。


 飛翔した円盤は内蔵魔力が切れるまで敵を斬り刻み、行動限界か使用不能になったと判断した所で遠隔で爆破できるように改造されているのだ。

 張り付いている聖殿騎士を全て処理した所で腹部装甲を展開。 ミサイルを連続発射して離れた敵を次々と爆殺。


 「だ、駄目だ! 森に逃げ――」

 「――どこへ逃げようと言うのですか?」


 踵を返そうとした聖殿騎士の首が飛ぶ。 森には無数の気配と先頭には笑みを浮かべるハリシャ。

 それだけで彼等が何処にも逃げ場がないと悟るには充分だった。

 

 ――その後、彼等が全滅するまでそう時間はかからなかった。

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