第721話 「決裂」

 一通りの用事も済んだので前線に戻ろうかと考えていたけど、そうもいかないらしい。

 街を出ようとした僕達を何故かグノーシス教団の人達が止めるのだ。

 理由を尋ねると、聖剣使いは貴重な戦力なので可能な限り万全の状態にしてから戻って欲しいとか、心配なので増援が来るまで休んでいて欲しい等と様々だったけど、どう言う訳か僕達――というよりは僕をセンテゴリフンクスから出したくないらしい。


 理由に関しては察しがついている。

 何故ならその後、定期的にマクリアン枢機卿が僕を呼び出して先日の話の返事をしろと催促をするからだ。

 はっきりとは言ってこないけど、その意図は明白だった。


 要するに僕が彼の協力者――というよりは配下になると返事をするまで逃がさないと言った所だろう。

 呼び出す名目は打ち合わせや会食と言った形を取ってはいるが、事あるごとに「以前の話については考えてくれたかね」と口にするので隠す気すらなさそうだ。


 口振りから後ろめたさの欠片も伝わってこない所を見ると、本気でいい話とでも思っているのかもしれない。

 流石に頷く訳にもいかないので適当な事を言ってごまかしてはいるがそろそろ限界だろう。

 彼の方もそろそろ痺れを切らしたのか呼び出す頻度が徐々にだが上がってきている。

 

 催促の文句も「考えてくれたかね」から「いつになったら頷いてくれるのかね」に変わっている所を見ると、そろそろ何らかの形で納得させるかきっぱりと断ろうかと考えていたけど……。

 エルマンさんに相談すると「少なくとも早い段階で断るのは止めた方がいい」と忠告された。 彼曰く、ああいう手合いは下手に断ると暴走するとの事。 そしてそうなった場合は、強硬手段すら辞さないだろうとも言っていた。 だからやる場合は逃げる直前だ。


 ……そうなると僕がこの街にいる意味合いが薄れて来る。


 僕はあくまで辺獄の現象――今は例の虚無の尖兵に対応する為に居るのに、こうも引き留められると言うのなら前線は問題ないと言う事だろう。

 なら帰っても問題ない筈だ。 正直、エルマンさんからもそろそろ戻った方がいいんじゃないかと言われていた。


 潮時なのかもしれない。 エイデンさん達を僕の都合で振り回すのもいい加減にするべきだ。

 ヘオドラ達の事も心配だったので頑張っては見たけど、聞けば数日程でグノーシス教団の増援が本国から来るとの事なので、到着がはっきりした段階で抜けるとしよう。


 マクリアン枢機卿には当然ながら断りを入れるつもりではある。

 グノーシス教団との今後の関係が拗れるかもしれないといった懸念はあるけど、エルマンさんの言う通り、彼は個人的な関係と言っていた以上は即座にどうと言う事にはならないと思いたい。


 ……できれば穏便に済ませはしたいけど……。


 恐らく無理だろう。 マクリアン枢機卿の獣人への憎悪は根深い。

 何度か話したが、言葉こそ選んでいたけど折に触れて獣人に対する嫌悪を零していた。 彼は獣人を殲滅する為にはどんな事でもするだろう。


 そしてそれが簡単に成せる手段を簡単に諦めるとも考え難いからだ。

 自分で起こした行動の結果とは言え、マクリアン枢機卿の事を考えると気が重い。

 断りもなしに転移で逃げ出して変な口実を与えるのも不味いので、今回の一件はどう躱した物かと悩んでいた。


 センテゴリフンクスに戻ってそろそろ七日。 グノーシス教団の動向に目を光らせていたリリーゼさんからの報告で明日か明後日ぐらいには増援が到着しそうとの事だった。

 相変わらずマクリアン枢機卿の引き留め工作は続いているので、僕は前線に戻る事はできなかったけど……。


 ……決めるのは今だろう。


 断って行くか勝手に消えるか。

 皆と相談して色々と考えたのだけど――結局、最低限の断りを入れてから消える事にした。

 正直、マクリアン枢機卿の反応が怖いのでエイデンさん達には傍で控えて貰い、キタマさんにはジャスミナさんと一緒に行動して貰っていざと言う時に備える。


 行こう。 結果を見届けずに帰る事に抵抗があるけど、僕だけの問題じゃない。

 今の僕にとって大事なのは連れてきた皆の命だ。

 そう決めて僕は次に呼び出された時に話を切り出そうと決めた。


 


 ――その日は良く晴れていた。

 

 最近は曇りや雨の日もあったので、こう言った雲一つない快晴は普段なら気分が良くなるのだけれど――どうしてだろう、何故か凄く不安な気持ちになった。


 いつも通り、僕は砦で過ごし朝食をとってエイデンさん達と過ごしているともはや恒例となりつつあるマクリアン枢機卿からの使いが現れる。 用件は昼食でも一緒にとの事だけど、間違いなくいつもの催促だろう。

 

 僕は分かりましたと返事をしてそのまま昼まで待つ。

 そして昼食。 普段は砦の一角――外に突き出した部分を利用して風に当たりながらの食事をしている。


 「やぁ、聖女ハイデヴューネ。 来てくれた事に感謝する。 さぁ、食事をしようじゃないか」


 エイデンさん達は少し離れた位置で控え、食事が始まった。

 最初はいつも通りに近況や前線の話。 取り留めもない雑談に近い会話を消化し、食事も半分ほど済んだ所でマクリアン枢機卿の表情が変わる。 そろそろだろう。


 「君も知っているとは思うがそろそろ本国からの増援が到着する。 これで辺獄の一件も解決だ」

 「はい、犠牲も出ましたが、それが無駄にならずに済んで私もほっとしております」


 彼は僅かに身を乗り出す。


 「以前からの話だが、そろそろ返事を貰いたい所だ。 到着次第、儀式にかかるので始めれば半日もかからないだろう。 つまりは増援の到着した時点で事はもう終わったような物だろう。 それで? ウルスラグナに残して来た者達への根回しは済んだかね?」


 断るとは欠片も思っていない態度。 僕のごまかし方にも問題はあっただろうけど、どうしてこの人は断られるとは考えないのだろうか? それとも何か別に考えがある? 

 どちらにせよ、やる事は変わらない。


 「はい、その事でお話があります」


 僕の反応がいつもと違うので期待をしているのか彼は笑みを浮かべる。


 「ウルスラグナの方で問題が発生しました。 その為、一時的に帰国せざるを得なくなってしまったのです。 申し訳ありませんが貴方の話に今は頷けなくなりました」

 「……その問題とは?」

 「申し訳ありません。 アイオーン教団の内部事情にも関係するので詳しくは――」


 マクリアン枢機卿の顔から表情が消える。


 「私と君の仲じゃないか? もしかしたら何か役に立てるかもしれないよ?」


 言って来ると思っていたのでこの辺りはエルマンさんと事前に予習済みだ。

 僕は少し迷う素振を見せて僅かに声を落とす。


 「……分かりました。 これは極秘事項なので他言は無用でお願いします」

 

 彼が頷いた所を確認して用意した事情を話す。

 何かと言うとユルシュルの事だ。 以前からウルスラグナで不穏な動きをしてはいたが、それが表面化していたので急ぎこれを治める必要がある。 場合によっては内乱に発展するかもしれないとやや誇張して伝えて危機的状況である事を強調。


 実を言うと全くの嘘と言う事でもない。 事実、ユルシュルの動きには不穏な物もあり、本当に武力による侵攻を企んでいるのではと言うのはエルマンさんは言っていた。


 ……仮に何かしたとしてもクリステラさんがそろそろ戻って来るので、どうとでもなるとは言っていたけど気になる事には変わりない。


 「話は分かった。 なら代わりにこちらから戦力を出そう。 それですべて解決だ」

 「いえ、アイオーン教団の聖女としてウルスラグナの問題は私が解決します。 お気持ちはありがたいのですが手出しは無用でお願いします」


 そこはきっぱりと断る。 こんな時は兜を被ったままで本当に良かったと思う。

 絶対、表情に出ているだろうからだ。

 マクリアン枢機卿は無表情のまま僕をじっと見つめた後、重たい溜息を吐く。


 「なるほど、事情は理解した。 つまりウルスラグナに戻ると言う事だな」

 「はい」


 即答する。 マクリアン枢機卿は目を細める。


 「できればこう言った手段は取りたくなかったのだが――」


 彼が合図をするように手を上げると同時に僕は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって後ろへ飛ぶ。

 一瞬、遅れて足元に魔法陣が発生して光る槍のような物が、次々と飛び出してくる。

 

 「悪いが君を逃がす訳にはいかない。 最低でもエロヒム・ツァバオトは置いて行って貰う」


 マクリアン枢機卿がそう言うと同時に上から聖堂騎士が何人か降りて来た。

 明らかに伏せていた戦力だ。 今回、僕が断るとは予想できたとは思えない。 つまりは足元の魔法陣も込みで最初の食事の時から伏せていた戦力だったという訳だ。


 僕はエイデンさん達の方まで下がり、二人は咄嗟に武器を構えて前に出る。

 一応はこれも想定していたから咄嗟に動けたけど、考え得る限り最悪の展開だ。

 出来れば荒事は避けたかったけど――


 僕は腰の聖剣にそっと手を伸ばした。

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