第701話 「解釈」

 ――悪魔。


 異界から来る謎の生命体。 魔法に対する高い適性に加え、独自の物を扱っており、下級の存在ですら体の一部を振るうだけで魔法に似た現象を起こせるという。

 呼び出すには古代より伝わる魔法陣を用い、悪魔が居るであろう異界との道を開いて儀式を行う必要がある。


 ――と言うのがそこまで広くは知られていないが、悪魔に対する共通認識らしい。


 さて、ここで疑問が生じる――


 「悪魔が来るとされている異界とは具体的にどこだと思う?」


 ベレンガリアの質問に俺は分からんと首を傾げる。

 まぁ、異界と言うんだからどっか他所の世界じゃないのか?

 俺もそうだが転生者なんて連中がゴロゴロいるんだ。 不思議な話じゃない。

 

 「私も最初はそう思ったが恐らく違う。 天使もそうだが、悪魔は異界――異世界から呼び出せると言うのならお前達転生者も呼び出せるのが道理だろう?」


 ……確かに言われてみればそうだな。


 「試しに転生者を呼び出そうと試みたが悉く失敗。 私は転生者がこちらに来る事と悪魔や天使の召喚は完全に別物と考えている」

 

 なるほど。 悪魔や天使が呼び出せているのなら転生者も任意に呼び出せなければおかしい。

 それが出来ないと言うのなら悪魔や天使と転生者は別のメカニズムでこちらの世界に来ていると言う結論は理解できない話ではないな。


 「それで? その悪魔はどこから来ているんだ?」

 「仮説ではあるが、辺獄に近いこの世界の「外」であると考えている」

 「辺獄ではないと?」


 ベレンガリアは頷く。 世界の外か。

 そう聞いて思い浮かぶのは世界の果てだ。 悪魔や天使の生態が未だに不明な以上、生息地として最も怪しいのは生きて帰って来た奴がいないあそこだろう。


 「……辺獄は専門ではないのであまりはっきりした事は言えないが、私はあそこを世界の「裏」と考えている」


 外に裏。 面白い解釈だ。

 つまり大枠では異世界ではないと。

 

 「つまり連中は転生者と違いこの世界に近い場所に属しているから呼び出せると言う訳か」

 「その通りだ。 私が疑問に思った最大の要因は悪魔や天使の精神構造にある」


 ……精神構造?


 今一つピンとこなかったので首を傾げる。

 

 「この点は特に天使に顕著ではあるのだが、与えられた役割や能力が決まっており、それを逸脱しない範囲で意思を示す。 ……貴方はグノーシスの天使を見た事はあるか?」

 

 黙って頷く。 連中とはそれなり以上に戦っているので、天使も飽きる程見たな。

 

 「なら話が早い。 連中を見ておかしいと思った事はないか? 何故、人間より強大な力を持っている天使が素直に使われているのかにだ」

 

 確かに言われてみればそうだな。

 少なくとも俺が見た限りでは反感のような物を示した例はない。

 上手く躾けていると解釈できなくもないが、今度はその方法が何かといった問題になる。


 まぁ、操るよりは協力的なので裏切る心配がないと解釈した方が自然か。

 ベレンガリアの話に納得しつつ先を促す。


 「私が考えるに彼等はその役割に見合った事しかできない存在ではないのかと考えている。 ――つまり求められれば応じるようにできていると言うべきか……」

 「要は役を割り振られて演じている存在だと?」


 そう口にしたのはファティマだ。

 会話に混ざったのが意外だったのか少し驚いた顔をしていたが、思い直したのかベレンガリアは大きく頷く。


 「その認識で正しいと思う。 彼等の言動や行動は知的生命体にしてはシステマティックだ。 反逆の類を起こさないのではなく、起こせない・・・・・。 何故ならそのように作られていないからだ」


 なるほど。 しないのではなくできない。

 自我は存在するが役目から逸脱できないので制限がかかると。  


 「ただ、一部の上位天使には例外が居るらしいが、私も目の当たりにしたわけではないし、専ら悪魔が専門なので分からな――話が逸れたな。 悪魔についてだが、今挙げた天使と同様に悪魔もまた自らの存在と言う名の枠に縛られている。 その為、完全な使役に成功すれば裏切られる心配は少ないだろう」

 「天使に関しては分かりましたが、少なくとも悪魔は召喚の段階で使役の段取りを整えておかねば召喚者にも攻撃するという話をよく耳にしますが?」


 ファティマの質問にベレンガリアは頷きで応える。


 「良い質問だ。 天使は叛逆しないが悪魔は叛逆する。 つまり悪魔は天使より自己で動ける裁量の範囲が広いと私は解釈している」

 「その根拠は?」


 そう言う構造の一言で片づけてもいいが疑問が残る話だ。


 「根拠はある。 答えは「権能」だ」


 ――権能。

 悪魔であるなら「傲慢」「嫉妬」「憤怒」「怠惰」「強欲」「暴食」「色欲」。

 天使であるなら「正義」「慈愛」「寛容」「勤勉」「分別」「節制」「純潔」。

   

 大抵はこのどれかに分類されるらしい。

 そこまで聞いておや?と首を傾げる。 俺が使っている「虚飾」がないな。

 指摘してもいいが、この女に余計な情報を与えると話が脱線しそうなので止めておいた。


 ……できれば知っていて欲しかったが、今はいいだろう。


 ベレンガリアの話は続く。


 「ざっくりと分けて悪魔なら大罪、天使なら美徳と呼称されている。 さて、この大罪、美徳の差は何か? 前者は欲望、後者は心の在り方と発露のベクトルが違う」

 「そうだな。 それで?」

 「要は天使と悪魔はその権能に必要な発露を促す事も機能に含まれているのではと私は睨んでいる」


 ……そんな物なのか?


 俺も権能は使っているが、その発露とやらが全く必要のない「虚飾」を下敷きに使っているので、今一つ理解できんな。

 

 「つまり属性上、天使は導くという形を取りますが、悪魔は欲望なので唆すと?」

 「そう! その通りだ! どちらも結果を得る為に誘導する形ではあるが、過程は真逆と言える。 その過程こそが両者に置ける最大の差だと私は考えている」 


 確かに過程が違う以上、干渉できる範囲に違いが出る。

 なるほど、面白い説だ。 正直、納得できる話なので素直に頷く。

 

 「その話が本当なら天使と悪魔は干渉できる範囲に差があるだけで、本質的には同じ物だと解釈しても?」

 「あぁ、私もその結論に落ち着いた。 少なくとも発生の過程が違うだけで両者は同じ存在――同種族と言い替えてもいい」

 

 まぁ、大罪、美徳とカテゴライズされてこそいるが、権能が一括りにされている事を考えればそこまで乱暴な説でもないだろう。

 ベレンガリアは得意分野なのか感情的にはならず、楽し気に自説を展開する。

 普段もこれぐらいテンポよく話をして欲しい物だな。


 「――では、悪魔という存在に対してはざっくりとだが、理解を得られた所で次の話に移らせて貰おう」


 ……まだ続くのか。


 内心でそんな事を考えてしまったが、役には立ちそうな情報だったのでそのまま先をどうぞと促す。

 この先の話に全く無関係と言う訳でもないだろうしな。

 ただ、この分では本題に入るのには少しかかりそうか。 得意げに話しを続けるベレンガリアを尻目に俺は小さく息を吐いた。

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