第700話 「清掃」
サベージを走らせて俺が向かった先は街の中央やや北寄りにある建物。
砦と言う程ではないが、それなりにでかい屋敷だ。
さて、俺がこんな場所に何の用かと言うと、ここはこの部族の王――こっちでは族長か。 その住居だ。
……とは言ってももうやる事はほとんど残ってなさそうだな。
屋敷は制圧済み。 敷地に足を踏み入れると周囲に展開していた魔法による偽装の内側に入る。
敷地内は死体だらけで、現在掃除中だ。
掃討はスレンダーマンや大型のレブナント達が済ませたようだな。
「お待ちしておりました。 ロートフェルト様、掃除中に付き少々見苦しい事になっている事をお許しください」
そこではファティマとその護衛の元聖堂騎士の三人とハリシャが待っていた。
「前置きはいい。 ――で? 目当ての族長とやらは?」
「こちらへ」
移動しながら簡単な状況の説明を受ける。
「屋敷に常駐していた戦力の掃討は完了。 使い道のありそうな者は生かして捕縛。 現在はこの都市の北部外周に展開していた戦力の殲滅に移行しております」
外周に展開? あぁ、そう言えばアパスタヴェーグへの備えに砦とか用意していたな。
「軽く確認しましたが、わざわざ手間をかけてまで引き入れる程の戦闘力は保有しておりませんでした」
「要は雑魚だったから殺処分すると?」
「はい、お急ぎとの事でしたので、この程度であるならば無理に引き入れず、オラトリアムから戦力を派遣した方が早く済むでしょう。 この部族――サマサルポールは国土の一部を統治していると言えば聞こえは良いですが、管理が行き届いていないので頭を押さえれば奪うのはそう難しくはありません」
都市間の距離や魔物の群生地の兼ね合いもあるのか、領土として確立こそしているがファティマの言う通り管理が行き届いていないのでこうして族長の身柄を押さえれば後はやりたい放題と言う訳だ。
民との距離が遠く、組織としての風通しも悪いので、恐らく族長が変わっても気付かないんじゃないかと言ったレベルで関心が薄い。
税収や内政関係も穴だらけで、各都市に据えた責任者に一任するといった杜撰さだ。
一応は首都であるソドニーイェベリに定期的に税金を収めてはいるようだが、中抜きし放題なのでどれだけの者がまともに都市運営しているか怪しいと言うのはファティマの言だ。
まぁ、色々と欠陥のある運営なのは良く分かったが、俺としては即席の拠点――要は人目を気にせず色々できる場所が調達できればそれでいいので、この国がどうなろうと知った事じゃない。
ファティマが何かすると言うのなら用が済んだ後、好きにやればいい。
屋敷に入ってすぐのエントランスに複数人の獣人が拘束された状態で転がっていた。
数は二十ぐらいか。
「こいつがそうか?」
「本人はそう名乗っておりましたね」
一番、立派な鎧を身に着けた獣人男に視線を向ける。
男は青あざだらけの顔でこちらを睨む。
「き、貴様等何者だ! この俺が誰か分かっての狼藉か!」
何か言っているが、無視して顔面を鷲掴みにする。
「影武者の可能性は?」
「なくはありませんが少ないかと。 見た限りですが、そんな高等な真似が出来るようには見えませんでしたので」
「細工はされていないんだな?」
「そちらは確認済みです」
なるほど。 まぁ、干渉できるのなら頭に直接聞けばいい。
いつも通り耳から入って脳に接触、記憶を参照する。
……間違いないな。
「確かにここの族長のようだ」
「この国のトップと聞いてそれなり以上の戦力を投入したのですが、ここまで弱いのなら過剰でしたね」
そうでもないだろう。
邪魔な奴は物理的に排除する予定なので、今回に限っては戦力は多くても困らない。
早々に族長を洗脳した後、他の洗脳も済ませファティマとこの後の予定を話していると、ベレンガリア達が現れた。 どうやら追いかけて来たらしい。
ちょうど死体の片づけが一段落した所だったので、いいタイミングで来たな。
ベレンガリアは敷地の片隅に山のように積み上げられた死体を見て顔を青くしていた。
柘植達も何に驚いたのか絶句。
「……まさか、ここまでやるとは……」
「それで? 何か用事か?」
何かブツブツと言っていたが、無視して用件を言えと切り出す。
当然ながらベレンガリアではなく柘植にだ。
「あ、いや、今後の参考にと旦那の仕事ぶりを見学させて貰えればと思いまして……」
何を言ってるんだと小さく眉を顰めたが死体の山に視線が釘付けになっているベレンガリアを見て何となく察しがついた。
大方、下に付く事をごねた珍獣女の判断材料を増やすと言った所か?
……まぁ、タイミング的にも悪くなかったな。
元々、ヴェルテクスとアスピザルに頼むつもりではあったが、ちょうどいいからこいつにやらせて見るとしよう。 呼ぶ手間が省けるのは都合がいい。
「そうか、なら少しやって貰いたい事がある。 確か悪魔の召喚関係には強いんだったな?」
「そ、そうだ。 これでも第一人者と言っても過言ではない!」
必死に強がっているベレンガリアの目を見る。
さっきまでとは打って変わって瞳の奥――と言うより視線に揺らぎがあるな。
目を合わせてこない。 柘植達に何かを言い含められたのかは知らんが、扱いやすくなるのなら歓迎するべき事だな。
「なら狙った悪魔を呼び出す事は可能か?」
「……不可能ではないが、どういった用途で呼び出すのかにもよる」
ふむと考える。 自分の時の事を思い出して条件を細かくする。
「特定の権能を保有した悪魔が可能な限り完全な形で欲しい」
「それは難しい。 これは天使にも言える事だが、悪魔――中でも権能を保有する個体は存在自体が巨大すぎてこちらの世界に出て来れないのだ」
流石に得意分野なのかベレンガリアは滑らかな口調で話し始めた。
「まずは――」
「……長くなりそうなので続きは屋敷の中でされてはいかがですか?」
話が始まろうとした所でファティマが口を挟む。
遮られたベレンガリアは少し嫌な顔をしたが、ファティマの視線の前に委縮して小声で分かったと呟いた。
「話をする前に、その、こいつは誰なんだ?」
こいつと言われてファティマの眉が一瞬、ピクリと動くが俺は無視。
柘植達は何を焦っているのかベレンガリアの服の裾を小さく引いて首を振っている。
「ファティマと申します。 この方の妻です」
「――つ、妻!?」
……妻?
ベレンガリアが驚愕の表情を浮かべるのを見て俺は内心で首を傾げる。
はて? 俺はいつの間に結婚したんだ? まぁ、婚約は解消していないし、オラトリアムを名乗らせている以上は似たような物か。 そう考えて特に否定もせずに流す。
完全に名乗っていないのはまだ早いと判断してだろうな。
場所は変わって屋敷内の一室(清掃済)に移動。
部屋の中央に大きめのテーブル。 向かい合う形のソファーに俺と隣にファティマ。
後ろにはファティマの護衛三人とハリシャ。 向かいにはベレンガリアとその後ろには柘植達。
「――では気を取り直して話の続きと行こう。 まずは悪魔についてだが……」
洗脳した使用人が淹れた紅茶で口を湿らせて、ベレンガリアは話を再開した。
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