第696話 「食堂」
こんにちは。 梼原 有鹿です。
最近、瓢箪山さんのラジオに夜の部が出来て少し話題になっているけど、それ以外は至って平和かな。
作業と夕礼の際に伝達事項や報告等を済ませたので、わたしはうーんと伸びをする。
仕事も終わったし今日はどうしようかな?
皆は帰ったので今は一人だ。 いつもなら商店街で適当に買い物をして帰るんだけど……。
……たまにはいいよね。
今日はちょっと外食の気分だったのでお店に行く事にした。
商店街――わたし達の住居が固まっている区画の近くにある店舗の集まりだ。
野菜やお肉などの生鮮食品は勿論、生活用品等も取り扱っている生活のお供として大事な場所で、いつもお世話になっています!
わたしが向かう先はその一角にある少し大きめの店舗で看板には「ダーザイン食堂」と大きく書かれていた。 お店の外観も日本で見た事がある定食屋さんをイメージした物で雰囲気もいい感じ。
暖簾を潜って店内へ入ると――
「いらっしゃいませー。 あら、有鹿ちゃんじゃない」
出迎えてくれたのは大きな熊――夜ノ森さんだ。
「こんばんは! 今日は夜ノ森さんがウェイトレスをやってるんですか?」
「えぇ、そうなのよ。 ジェルチがちょっと前に部下を連れて諜報の仕事に出ちゃったから私が回す事になってね。 人が足りないから忙しい時は私も出てるのよ」
席に案内されながら話を聞くと、ユルシュルっていう所の動きが不穏なので調査に向かう事になったとか。
……ユルシュル?
正直、オラトリアムの外に関してはあまり詳しくないのでピンとこなかったのだけど、夜ノ森さんが教えてくれた。
この国――ウルスラグナは大きく分けて三つの勢力に分かれており、その一角を担う……と言うか一番勢力が大きいのがこのオラトリアムらしい。
……そうだよね。
山脈に大森林、あれ全部オラトリアムの領土って話だしウルスラグナ全体の広さは知らないけど、大きいと言われてもやっぱりねといった感じだ。
ユルシュルは中でも一番勢力の小さい所で、元々ウルスラグナの一部だったんだけど前の国王が死んだ事で独立を表明して周囲の領を武力により併呑――力で従えて奪ったらしい。
それだけ積極的に動いているのに何で勢力として一番小さいのだろうかと思ったけど、疑問はすぐに解決した。 何故ならユルシュルがある日にオラトリアムへ目を付けたからだ。
下に付けと言われたらしいのだけどファティマさんは笑顔で拒否。 ならば力でと襲って来たユルシュルを返り討ちにして商人を使って流通を止める等の圧力をかけて締め上げたとの事。
……うわぁ。
正直、そんな感想しか出なかった。 オラトリアムの戦力は内側にいるわたしも良く理解している。
比喩でもなく個人で何十人も纏めて相手にできそうな、凄い人がたくさんいるのだ。
勝てる訳がない。 結局、敗北した上、流通を止められたユルシュルは早々に音を上げて謝罪して収めようとしたのだけど、膨大な賠償を要求されたらしくその支払いで経済的にも戦力的にも戦える体力を失ったとの事。 こうしてウルスラグナは微妙なバランスで平和になったらしいのだけど……。
「それだけ酷い負け方をしたのにまだ何かしようとしてるんですか?」
「……そうみたいね。 私も詳しくは聞かされてないけど、どうも戦争の準備をしてるんじゃないかって動きがあるみたいなのよ」
夜ノ森さんはアス君なら何か知っているかもしれないけどねと付け加える。
それを聞いてあれ?と首を傾げた。
「アスピザルさんは今日はお休みですか?」
確かあの人もたまに給仕やっている筈だけど……姿が見えない。
「あぁ、アス君は首途さんの所よ。 急ぎの仕事でヴェルテクス君と少し前に手に入れた魔法道具の解析をしに行ったわ」
「そうなんだ。 ちょっと珍しくないですか?」
アスピザルさんがそう言った形で仕事を振られるのは今までに見た事がなかったから少し意外だった。
「そうねぇ、最近はここでも少し動きがあるみたいだからそれ関係かも」
「……また、戦争ですか?」
「うーん。 どうかしら? あんまり戦力をかき集めている感じじゃなかったけど――あ、マリシュカちゃん、貴女何か聞いてる?」
夜ノ森さんに声をかけられて近くの席で丼を豪快にかき込んでいる女の人が振り返る。
確かファティマさんの護衛の人だったかな?
「ん? あー、それね。 何か隣の大陸で事件が起きたらしくって、それの調査があるって聞いたよ」
「オフルマズドの時とは違う感じかしら?」
「うーん、どうだろう? あの方がわざわざ戦力を引っ張っているって事は荒事になるんじゃないかなって思うけど、詳しくは聞かされてないからまだはっきりとは分からないなー」
「じゃあユルシュルとは別口なのね」
「そうだよ。 今回は珍しくファティマ様も向こうに行くって話だからあたしも護衛で随伴なのよねー。 ――あぁ……しばらくここのご飯が食べられなくなるなんて、あたしかなしい……」
マリシュカさんはよよよと泣きまねをする。
口調とは裏腹に表情には残念と言った感じの物が浮かんでいた。 後で聞いたけど彼女はここの常連らしく、いつも食べに来ているようだ。
……ここのご飯美味しいしね。
アスピザルさん達、転生者の人達がやっている店だけあって日本の再現料理がいくつかメニューに加えられている。 日本の味が恋しくなったらわたしもここに来るようにしていたりするんだよね。
ちなみにマリシュカさんが食べているのはかつ丼だ。 揚げ物の再現は苦労したらしく、それに見合った味でとても美味しかった。
それを見てお腹が鳴る。
「あ、わたしも注文しますね」
「ごめんなさいね。 長々と話しちゃって。 何にする?」
「いえいえ、ちなみにお勧めってあります?」
「それならこれはどう? オムライスよ! 最近、ガーディオがマスターしたのでメニューに加わったのよ!」
「わ! オムライス! 食べたい、是非お願いします!」
そう言えばこっちに来てからオムライスなんて食べてないからなぁ。
わくわくしながら待っていると大皿に乗った巨大なオムライスが出て来た。
卵もいい感じにふわふわしてて美味しそう! ちゃんとケチャップ――正確にはこっちで再現したケチャップもどきらしいけど記憶にある味とそんなに変わらないので全然気にならない。
スプーンで切り分けて口に運ぶ。
味が一杯に広がって――
「おーいーしーいー!」
――今日もわたしは元気です。
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