第695話 「深夜」

 『皆さんどうもこんばんは! オラトリアムラジオ、略してオララジの特別番組。 オララジナイト、始まります』


 時間は深夜。 月は天の頂に存在し、夜はまだまだ明けない事を示していた。

 

 『はい、メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします。 正直、白紙の台本渡されて夜の部とか勘弁してほしいんですけど――はい、頑張ります。 本当に頑張るので、その屠殺待ちの家畜を見るような目を止めてください。 本当に勘弁してください』


 最近、オラトリアムが開発した魔石を用いたラジオからは瓢箪山の声が響き渡る。

 場所は深夜にもかかわらず煌々と明かりを灯している建築物――首途研究所だ。

 時刻は深夜ではあるが、作業は終わらない。 その理由は深夜と昼間の二交代制を採用したので、夜間勤務の者が業務に入っているからだ。


 開発者が首途だけあってラジオの保有数は研究所が最も多い。

 あちこちに設置されたラジオから、音声が流れている。

 さて、このオラトリアムラジオ夜の部、通称オララジナイトは深夜帯に働いている作業員から是非夜にも番組をやって欲しいという要望を受け、グアダルーペが安請け合いしてそのまま瓢箪山に押し付けられたという流れを経て実現したのだ。


 『はい、取りあえず。 枠が増えた事なのでまずはお便りコーナー行っときましょうか。 えーっと、最初のお便りは――ラジオネーム『ドワーフ工房長』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 内容は『部下がいつも楽しくこの番組の話をするので、深夜に作業を行う我々にも聞かせて欲しい』 ……あー……。 余計な事を――じゃなくて! 良かったですね『ドワーフ工房長』さん。 こうして深夜の部は実現しましたよ! 俺も給料増えて嬉しいなー……使ってる暇ねーけど』

 

 現在の作業場の業務内容は主に開発だ。

 ドワーフ達が黒い被膜で覆われたロープのような物の先端を並んでいるポールに接続。

 手を上げて合図する。 するとロープ――魔力を通す線である魔力線と呼んだ方が正しいのだが、首途の意向で電線と呼ばれている――に魔力が通る。


 するとポールの上部に設置された大振りの魔石が煌々と光を放つ。

 そう、これは将来設置予定の街灯だ。

 後は電線を行き渡らせる際の設置が課題となるが、現状のノルマは作成のみと言われていたので、進捗状況に作業員達は手応えを感じているのか表情は明るい。


 『はい、では次のお便り行っときます。 えっとーラジオネーム『森の熊』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 『いつも楽しく聞かせて貰っています。 こっちでもこういったラジオ番組が聞けるとは思っていなかったので、少し故郷の事を思い出して嬉しくなりました。 これからも頑張ってください』 ありがとうございます! 感じからして俺と同郷の人かな? 優しさが染みるぜ――っておや、追伸があるな? 何々『ダーザイン食堂をよろしくお願いします。 最近、商店街に二号店がオープン。 宅配等も行っているのでお気軽にご注文を!』――ダイマかよ……って何か追伸だけ字が違うな。 誰かが書き足したなこりゃ。 あ、ラジオネーム書いてある『食堂の看板娘』? まぁ、いいか。 俺はまだ食った事ないけど、機会があれば行かせて貰いますね。 というか行きたいのでお休みいただけませんかね? え? 駄目? ……ですよねー』


 ゆくゆくはこの街灯がオラトリアムの各所に配置され、夜間の行動を支える道標となるのだ。

 そう考えるとドワーフ達の胸には奇妙なほどの充足感が広がる。

 彼等が抱く物は本来なら得られない社会に奉仕する事で喜ばれるといった承認欲求に近い物だったが、それが満たされた事により彼等のモチベーションは上がって行く。


 所長の首途も方針として失敗には厳しいが、功績や努力は手放しに誉めるタイプなのでそう言った意味でもドワーフとの上下関係は相性が良かったのだ。


 『取りあえず、次で最後にしとこうかな? えっと?ラジオネーム『緑の出世頭(予定)』さんからのお便りです。 ありがとうございます。 えっと、何々『ここでは投書した物が大々的に公表されると聞いたので、私の活躍を是非ともオラトリアム全土に広げて頂きたい』 ……なんだこれ? 『活躍が広まれば正当な評価がなされ、相応しい地位が――』 長いな、つーか細かい字でびっしり書いてあるから読み辛いんですけど……。 えーっと後は、戦績やら実績が書いてあるな。 履歴書かよ!? あ、すいません。ちょっとお便りの趣旨から外れるので、ウチのプロデューサー経由で上に送っときますね』


 街灯と並行してここで製作されている物がある。 完成すれば同じタイミングで導入される予定なので開発に手が抜けない。 とは言っても仕組み自体はそこまで複雑な物ではないので、量産体制を整えるだけなのだが――それは何かと言うと。 時計だ。

 こちらの世界では正確な時間の概念がないので、基本的に日の高さで時間を判断する。


 体制等が整ってきた以上、行動の指標となる正確な時刻が必要になって来たのだ。

 大雑把な時間でしか生きていなかった者達からすれば戸惑いも大きいが、上が必要と言ったら必要なのだろうと理解はしていないが納得はしていた。 その為、疑問を挟まずに真剣に作業に打ち込む。


 『はい、お便りコーナーも終わったので次はお天気コーナーです。 昼間と変わらずに朝方から曇りになるので午前中は雨がパラつくかもしれません。 濡れると困る場合は防水対策を忘れないようにしてください。 さて、そろそろ最後のコーナーとなります。 つっても俺の演奏になりますが、聞いてください。 曲名は――』


 ラジオのスピーカーから音楽が流れ始める。

 休憩時間に入ったドワーフ達は夜食のおにぎりを頬張りながら静かに異国の音楽に耳を傾けていた。

 音楽と言った文化に馴染みのなかった彼等には瓢箪山の演奏はとても滲み入る物だったのだ。


 数曲が続いた所で演奏が停止する。

 

 『はい、そろそろ時間が来たので本日の放送はここで終了となります。 番組への要望、感想、お便りなどは朝礼、昼礼、夕礼時に担当の者が投函ボックスを持っているので、そちらにお願いします。 全部は発表できませんが可能な限り目を通しますのでよろしくお願いします。 はい、では本日はこれで! お相手は瓢箪山 重一郎でした! またねー!』


 スピーカーからはガチャガチャと機材を片付ける音が響き――


 『あのーそろそろ生じゃなくて収録になりませんかね? ぶっちゃけ眠いんですけど……あ、ダメですか、そうですか』


 ――放送が終了した。

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