第683話 「引返」

 聖剣で辺獄種を薙ぎ払う。

 僕――ハイディは周囲を確認。 辺獄が大きく広がった事で完全に乱戦の様相を呈している。

 陣を立てなおすのは難しいと判断せざるを得ない。


 何故なら何処からともなく――それこそ隣にいきなり現れる事もあり、下手に足を止められないのだ。

 僕が向かっている先は後方だ。 向かう先は砦があった所で、理由は合流が済んだ事もあるけど、侵食された事により砦が消滅。 詰めていた非戦闘員が孤立する事になっていたからだ。


 辺獄の侵食に巻き込まれた場合、生き物はそのまま取り込まれるけど砦や置いてある物は消滅する。

 その為、支援してくれていたカーカンドル枢機卿達が危機に陥っていた。

 こうして戻って来てみればその判断は間違いではなかったようだ。


 枢機卿達とその護衛の聖騎士達が円陣を組んで防衛していたが、陣の内側にも注意を払わなければならないのでその動きは鈍い。

 

 「――このっ!」


 僕は聖剣の力を解放。 水銀の槍を大量に生成して辺獄種の頭上に降らせる。

 瞬く間に彼等を包囲していた敵の殲滅が完了したけど――


 「っ! は、ぁ――」


 虚脱感に思わず膝を付く。 聖剣の力を使いすぎたか。

 持っていた魔法薬を飲んで魔力を回復させる。 気休めだけど、ないよりはマシだ。


 「聖女ハイデヴューネ!」


 枢機卿達が駆け寄って来る。

 カーカンドル枢機卿は思わずと言った様子で僕にしがみ付いて来た。

 僕はそれを宥めるように背をそっと撫でながら、もう一人のローランド枢機卿に視線を向ける。


 「無事でよかった。 そちらの状況は?」

 「あ、あぁ、来てくれて助かりました。 正直、追い詰められていたので私達も覚悟を決めていた所でしたよ」

 

 砦の消滅と同時にカーカンドル枢機卿の権能を維持する為に使用していた祭壇も消滅したので、支援が行えなくなったのだ。

 

 「ごめんなさい。 あんなに大きな口を叩いておいてこんな……」

 「いいえ。 貴女はしっかりと役目を果たしていましたよ」 


 慰めるように落ち込むカーカンドル枢機卿の頭を撫でながらローランド枢機卿にどうしてこうなったのかを尋ねる。

 彼は心当たりがあるのかその表情は渋い。


 「恐らくですが、敵側に何らかの形で魔剣を制御している者が居ると考えられます」

 「魔剣を制御?」

 

 思わず聞き返してしまった。 一度魔剣を見ているので、その禍々しさと危険性はよく理解している。

 あんな代物を制御できる物なのだろうか?

 いや、魔剣は辺獄側の存在だ。 同じ場所に属している辺獄種であるなら扱えるかもしれない。


 「私も俄かには信じられませんが、この状況はそうとしか考えられないのです」


 つまり辺獄種は霧に乗じて侵攻してきてはいたが、その侵食すらも制御されていた事態だったと?

 確かに現状を考えると彼の推測は的を射ていると思う。

 開戦後、戦線が伸びきった所での侵食による分断。 同時に後方への襲撃。


 ここまでが計算された流れと考えると、僕が下がった事も想定の内?

 だとしたら狙いは――気付いて思わず振り返る。

 

 「これは下がったというよりは下がらされたのかな……」

 「……恐らくは。 どこまで狙っていたのかは分かりませんが聖女ハイデヴューネ、貴女が分断された後方との合流の為に下がる事は見越していたかと」

 

 ローランド枢機卿達を助けに行くかまでは想定していない?

 それとも行ってくれれば都合がいいとでも考えていたのだろうか?

 つまり、敵の目的は――


 「貴女を引き離す事かと。 聖剣を二つも相手にするのは分が悪いと判断したのでしょう。 我等を分断すればまず合流を狙い、素早くそれを成したいのであれば聖剣が最適ですからな」


 なら最前線は間違いなく今頃、敵の主力とぶつかっている筈だ。

 

 「急いで戻ります。 貴方達は――」

 「一度下がって立て直します。 こうなってしまった以上、センテゴリフンクスに駐留している後詰めの者達にも動いて貰う必要があります」

 「聖女ハイデヴューネ、気を付けて。 前線はかなり危ない事になっている筈だから……」

  

 ローランド枢機卿は大きく頷き、カーカンドル枢機卿は心配そうにこちらを見ている。

 僕も頷きで応え、振り返るとエイデンさんとリリーゼさんが息を切らして追いついて来た所だった。

 

 「はぁはぁ、ちょ、聖女様、足、速すぎ――」

 「あの、急いでいるのは分かり、ますけどちょっと……」

 「前線に戻ります。 お二人は彼等の――いえ、危険ですけどお願いできますか?」


 僕がそう言うと二人は「折角来たのに戻るのか」とちょっと呆然としていたけど、すぐに表情を引き締める。


 「いざとなったら担いで逃げるようにエルマン聖堂騎士から仰せつかっているので、齧りついてでもお供しますよ」

 

 呼吸を整えたリリーゼさんはやや呆れが混ざった口調で肩を竦める。

 僕は内心で感謝しつつ踵を返す。 目的地は最前線だ。

 もし僕達の予想通り、この状況が敵側の想定通りだとすれば最前線には「在りし日の英雄」が居る。

 

 狙いはヤドヴィガさんだろう。 聖剣使いを二人同時に相手にする事を嫌ったからこその判断なんだろうけど、裏を返せば二対一の状況に持って行ければ勝てる筈だ。 少なくとも敵は負けるかもしれないと間違いなく思っている。


 なら僕がやる事は一つ。 一刻も早く最前線で戦っている皆と合流する事だ。

 聖剣から力を引き出して身体能力を大きく引き上げ、一気に走り抜けるべく駆け出す。

 後ろでエイデンさんとリリーゼさんが何か言っていたけど、急ぐので後から来てもらおう。

 

 進路上に現れる辺獄種は障害物として捌く。 どうやら僕を行かせたくないようで、立ち塞がるのは聖殿騎士や聖堂騎士の装備を身に纏った者が多かった。

 可能であれば全滅させたいけど、武器破壊と腕を切断しての弱体化に留める。


 後の事は他の皆に任せて僕は先を急ぐ。


 ――ρετριβθτιωε ξθστιψε■■

 

 「――っ!? ぐ、う」


 鎧の中で腕が切断されそうになるけど、聖剣の力で強引に治療。

 本来なら足を切断して行動不能に陥らせたかったけど、これがあるからそれが出来ない。

 間違いなく権能による物だけど、同じような能力が多いのは何か理由があるのだろうか?


 辺獄種が権能を扱える事に違和感を覚えては居たけど、もしかしたら何か仕掛けがあるのかもしれない。

 何らかの方法で権能を扱えるようにしている? 可能性としてはそんな所だろうけど、方法に見当がつかなかった。


 どうやればそんな真似が出来るのかもだ。

 少なくとも並大抵の事で実現可能な事とも思えない。 それだけに敵の本気が伝わって来る。

 彼等は憎しみを抱いてはいるが、それを押し殺してでも勝ちたいといった執念めいた物を感じるのだ。


 それこそなりふり構わないような何かを――

 内心で首を振る。 今、考える事じゃない。 必要なのはいかに早く辿り着くかだ。

 僕は余計な考えを振り払って先を急ぐ足に力を込めた。

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