第682話 「最輝」
――北間君と引き剥がされたか。
三波は相手の意図をはっきりと理解はしていたが、どうにもならないと言う事もまた理解していた。
明らかにここまでで屠った者達とは格が違う。
こいつはここで仕留めておかないと不味い。
目の前の辺獄種の危険性を理解していた彼女は敵の攻撃を防ぎながら下がり続ける。
否、下がらされ続けているのだ。 敵の剣の冴えは凄まじく、受けに回らざるを得ない。
何とか敵の攻撃の間隙を突いて斬り返すが、彼女の剣は相手に触れる事はなかった。
相手の武器も厄介だった。
浄化の長剣と鍔迫り合いが出来ている時点で普通の剣ではない事は分かるが、それを差し引いても普通にやって勝てる相手じゃない。
異邦人は元々は転移して来た異世界人だ。
その為、技量と言う点ではお世辞にも高いとは言えない。
中でも三波は真面目に取り組んでいた方なので、今のアイオーン教団所属の異邦人の中では技量は高い方だ。 だが、それでも長い期間、剣を振るって来た聖殿騎士以上の階級の者に比べると純粋な技量では劣っていると言わざるを得ない。
彼女は勝利する為には剣以外の何かで意表を突く必要があると考えていた。
真っ先に選択肢に上がったのは解放だ。 それを使えば確実とは言い切れないが、充分に勝機はある。
それに解放すれば能力の拡張により、発光で魔力の自己回復が出来る『
そうすれば短い時間ではあるが制限時間まで切り札である強化された光線『
だが、問題は時間切れが来るとまともに動けなくなるので、場合によっては北間に担いで逃げて貰う事になりそうだと懸念していた。
そしてその北間とはこうして引き離されてしまっている以上、解放を使うのは相当の覚悟が必要となる。
三波が抑えられた以上は、北間だけで処理しきれない分が街の奥へと向かっていくのが見えた。
――迷っている場合じゃない。
刻一刻と悪くなる状況に彼女は覚悟を決める。
深く呼吸をして彼女は自らの内にある枷を外す。 同時に肉体の変化が始まり、急速に巨大化。
元の倍近くの巨体となった三波は浄化の長剣を握る手に力を込め、辺獄種の騎士へと斬り込んだ。
解放した事により爆発的に上昇した身体能力は巨体とは裏腹に速く鋭い、辺獄種の騎士は咄嗟に反応できずに受けに回る。
明らかな守勢に回った事を確認し、三波は行けると確信。 彼女の鎧は自身が放つ光を吸収して魔力に変換する機能が備わっており、魔力が枯渇しかけた肉体に活力が満ちた。
彼女は斬撃のラッシュで一気に畳みかける。
生前であれば凌げたかもしれないが、辺獄種の騎士は辺獄種であるが故に彼女の攻撃を防ぎきれない。
捌き切れなかった剣の切っ先が傷を次々と刻み、追い詰められつつあった。
――だが、男の生前は聖堂騎士。
意思なき意志でついて行くと決めた白金の聖騎士の為に彼も引く事はしない。
このまま行けば敗北は必至だが、ただでやられる気はなかった。
「これで終わりだ! 『
彼女の鎧の胸部部分が解放。 隠された魔石が姿を現し、最大の破壊力を持った光線が炸裂する。
辺獄種の騎士は片腕と胴体の一部を消し飛ばされながら回避。
三波の背後に回り、残された腕で斬りかかる。
「っ!? 往生際の悪い!」
斬撃は彼女の鎧の防御を突破し背に傷を刻むが、苦痛に呻きながら振り返り際に剣を一閃。
辺獄種の騎士を両断。 その仮初の命を消し飛ばした。
「何とか勝て――」
「三波さん! そこから離れろ!!」
安堵の息を吐こうとした彼女に北間の焦った声がかかる。
何をと聞こうとして、即座にその意味を悟った。
いつの間にか彼女の足が黄昏色の大地を踏んでおり、上には同色の空。
――いつの間に!?
戦闘に集中しすぎて気が付かなかった。 あの辺獄種は戦いながらこの位置に三波を追い込んで来たのだ。 恐ろしい相手だったと思いつつ彼女は自己診断。
確か転生者は辺獄に足を踏み入れてはいけないと言われていたのだが、特に体調に変化は見当たら――
――灯。
不意に彼女を呼ぶ声が響き、弾かれたようにそちらを振り返る。
外からは分かり難いが、彼女はこれ以上ない程に動揺していた。 何故なら彼女を呼ぶ声は聞き覚えのある物だったからだ。
「お父さん、お母さん?」
振り返った先の光景は彼女にとって見慣れない物へと変化していた。
周囲が霧に包まれ、唯一見えるのは巨大な橋。 そしてその先には日本に居る筈の彼女の両親。
変わらぬその姿に、彼女の胸に締め付けるような郷愁が込み上げる。 二人は笑顔で彼女に手招きしていた。
そして彼女は誘われるまま――
「三波さん! そこから離れろ!!」
北間は咄嗟に警告の叫びを上げるが、それは遅すぎた。
あの辺獄種の狙いは初めからこれだったのだと、今更ながらに北間は気が付いたのだ。
引き剥がすだけではなく、辺獄まで誘導するように立ち回っており、最後に斬りつけた所で三波はたたらを踏むように下がった。
そしてそれこそが致命的な一歩だったのだ。
彼女の片足が辺獄の大地を踏みしめる。 聖女や葛西からしつこく辺獄には近づくなと言われていたので彼も気を付けていたのだが、状況がそれを許してくれなかった。
具体的に何が起こるかまでは知らなかったが、あの辺獄種が消滅してまで追い込んだのだ。
少なくとも碌な事じゃないのは断言できる。 その証拠に三波は固まって一点を凝視していた。
――何を見てんだ?
少なくとも北間の眼には三波は何もない空間を見つめたまま動かなくなったようにしか見えない。
そして一歩、辺獄側へと踏み込んだ。
ヤバい。 それは理屈じゃなかった。 北間の勘や本能的な物が全力であの状況が危険だと訴えていたのだ。
周囲の辺獄種を強引に突破して三波の下へと走る。
――だが――
彼の伸ばした手は彼女に届かなかった。
瞬間、三波の凝視していた空間に亀裂が走り、木の枝のような物が飛び出し彼女を貫く。
「――が、は――」
そこで正気を取り戻したのか三波が我に返ったように状況を辺りを見回したが、枝に貫かれた彼女はそのまま吊り上げられる。
彼女は何とか逃れようと剣を振るおうとするが力が入らないのか、振り上げた浄化の長剣は手から零れ落ちた。
「待ってろ! 今――」
「く、来るな!」
助けに入ろうとした北間を三波の一喝が制する。
苦しいのか声には苦痛が多分に含まれていた。
「北間君、その土を絶対に踏むな。 それと橋だ、橋に気を付けろ。 見かけたら何があっても近寄るな! いいか! 誰を見てもだ!」
橋? 言っている意味はよく理解できなかったが、何が重要な事を必死に伝えようとしている事だけは分かった。
苦し気だがまくし立てるようにそう言うと三波は両肩と胸部の仕掛けを起動。
――何をする気だ!?
おいおい、かなり傷が深いんじゃないのか?
そんな有様で無茶やったら――
「最後に、頼まれてくれないか? 聖女様に謝っておいてくれ。 私が間違っていたと」
三波は枝に貫かれた事で何かを悟ったのか、掠れた声で北間にそう言った。
いや、おい。 冗談だろ? 何を言ってるんだ? まるでこれから死ぬみたいじゃないか。
北間は真っ白な頭で目の前の光景を見つめる事しかできなかった。
「……貴様が何かは分からん。 だが、滅ぼすべき悪だと言う事は理解した」
三波はバイザー越しに空間の亀裂を睨みつけた。
同時に鎧が発光。 三つの砲口に魔力が充填される。
「覚えておくがいい! 最後に必ず正義が勝つとな! そしてこれこそが私の最期の意地だ!」
発射。 内部機構に損傷があったのか彼女が狙ったのかは不明だが、巨大な爆発が発生。
彼女を中心にその周囲にあった物を圧倒的な熱量で消し飛ばした。
爆炎が晴れた後には空間の亀裂も謎の木の枝も消え失せ、爆風と共に三波の鎧の残骸が飛んでくる。
「――っ。 クソがぁ!」
衝撃で転倒した北間は地面に拳を叩きつけた後、吼えるように叫んで下がろうとした所に――三波の浄化の長剣が飛んで来て墓標のように地面に突き刺さる。
北間はそれを拾い上げると踵を返してその場を後にした。
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