第671話 「集結」

 それからしばらくの間はセンテゴリフンクスでの滞在となるけど、僕――ハイディは時間を無駄にする気はない。

 ヤドヴィガさんとの訓練等を積極的に行い、お互いの戦い方の擦り合わせや街の防備の確認。

 日が浅いとはいえ彼女は聖剣に選ばれている事もあって、凄まじい強さだった。 戦い方も聖剣の特性と噛み合っており、軽く手合わせしただけでそれが良く伝わる。


 元々、傭兵だった事もあって戦い慣れており、とても頼もしい存在だ。

 街の防備などの把握は攻め込まれた時や、敗走した場合に役に立つだろう。

 勝つつもりではあるけど、絶対に勝てる保証もない以上は考えるべきだ。 


 やる事とやれる事は多く、相手が相手なので準備はいくらやっても充分とは言えない。

 不安は多いけど、いい事もあった。

 あれから異邦人の二人がやる気を見せてくれた事だ。 戦闘訓練に積極的とは言えないけど、参加はしてくれるようになったのは大きな前進だろう。


 攻め入るのはグノーシス教団からの増援が合流してからとの事だけど、フシャクシャスラ方面の防衛線が少し不安だ。 こまめに確認はしているので、まだ大丈夫みたいだけど……。

 聞いた限りではかなりの頻度で襲撃があるけど、今の所は問題なく防げていると聞いている。


 戦力が揃い次第に行くと言うのは早い段階で聞いているので、持ちこたえられるなら予定通りに事を進められるだろう。 

 ただ、グノーシス教団がどれだけの戦力を用意してくれるのかが気になった。

 本国の直接守護を担っている戦力を割いて貰ったという話だけど、どうなんだろう?


 僕は砦の屋上でぼんやりと遠くを眺める。

 後ろにはエイデンさんとリリーゼさん。 どうして僕がこんな所に居るのかと言うと――


 「……見えてきましたね」


 エイデンさんの呟きに同意するように頷く。 視線の先――遠くに小さく人の群れが見えて来た。

 微かに響く無数の足音を耳が拾う。 近づいて来る者達が掲げているグノーシス教団の旗が見える。

 

 「凄い数ね。 これだけの数を捻りだせるならもっと早く寄越せばよかったのに……」


 リリーゼさんの言葉はもっともだ。 明らかにバラルフラームを攻めた時とは規模が違う。

 どう見てもあの時の数倍は居るだろう。

 これだけの戦力を出せる余裕があるのなら何故、ここに来て出したのだろうか?


 ……それに……。


 そっと聖剣に触れて身体能力を引き上げて、視力を強化。

 こちらに近づいて来るグノーシス教団の戦力構成が見えて来る。

 聖騎士、聖殿騎士が大半だが、明らかに形状が異なる全身鎧を身に着けた者が一定数存在していた。


 聖堂騎士。 全体から見ればほんの一部ではあるけど、かなりの数だ。

 数名どころではなく見えているだけで数十名はいる。

 他に目を引くのは数十台は居る馬車だ。 いくつかは聖堂騎士が使っているであろう事は予想できるけど、中にはかなり高価な意匠や装飾を施された特注の物が見える。


 明らかに重要人物の為の物だろう。

 聖堂騎士よりも上となると、間違いなくマーベリックさんと同じ枢機卿だ。

 身分の高い者が来ている事に彼等がこの戦いに力を入れている事が伝わる。 見ていればそれは分かるのだけど、グノーシス教団の対応には不可解な点が多い。


 ……だからだろうか?


 本来なら頼もしく見える筈の大軍勢を素直に喜べなかった。



 

 責任者との面通しという意味で、到着したグノーシス教団の代表の人達に会う事になる。

 場所は僕が最初にここに来た時に話を来た会議室。 同席しているのは前回同様、ヤドヴィガさんやヴェンヴァローカの重鎮にジャスミナさん。 後は僕の護衛として連れて来た全員。

 枢機卿が来るのは察していたし事前に聞いていたのだけど――


 入ってきた人数が多かった。 護衛らしき聖堂騎士を合わせればかなりの人数だ。

 護衛を合わせて全部で十四人。 纏っている法衣の意匠に見覚えがある。

 彼等が枢機卿なのだろう。 だけど――何故、これだけの人数が?


 それに三名程、子供と言って良い年齢の女の子まで混ざっている。 彼女達もそうなのだろうか?

 

 「二人がアイオーン教団の聖女ハイデヴューネ、そしてこのヴェンヴァローカの聖剣の担い手だな。 私はグノーシス教団第十司祭枢機卿ヘルディナンド・ドゥ・ムエル・マクリアン。 今回、代表として話させて貰う」


 そう名乗った体格の良い男性――マクリアン枢機卿は連れている皆を簡単にだけど紹介してくれた。

 彼等は全員が枢機卿で、世界各国からこの事態を収拾する為に集まったとの事。

 

 第三助祭枢機卿パウリーナ・ピア・シーヴ・ランヒルド

 第五司祭枢機卿ゲオルゲ・アントニオ・ボーバン・リューリク

 第五助祭枢機卿ディアナ・ヒル・マーニ・マルメーネ

 

 最初に紹介された三名は元々ヴァーサリイ大陸の担当だったのだけど、この地の危機を聞きつけて来てくれたのだという。 助祭枢機卿の二人は三十半ばの女性。 リューリク枢機卿は男性で、年齢はマクリアン枢機卿より少し高いぐらいかな? 参戦人数が多かったのは他の大陸からも動員していた事もあったらしい。

 

 ……本当かな?


 エルマンさんの影響なのか、こう綺麗すぎる理由を並べられると少し疑ってしまう。

 紹介された三名の顔色は一様に悪い。 長旅の疲れ――というよりは不安から来ているように見える。

 単純に考えればこの先の戦いに関してなのだろうけど、何だろう? 少し違和感が……。


 第六司祭枢機卿モーリッツ・ヤン・ルッツ・ローランド

 第六司教枢機卿ヘオドラ・キルヒ・オーラム・カーカンドル

 第六助祭枢機卿メヒティルタ・マリー・ヨハ・ホーネッカー


 次に紹介された三名は隣のアタルアーダルを担当しているらしく、連れて来た人数が一番多いらしい。

 司祭のローランド枢機卿はマクリアン枢機卿と同年代の男性。 助祭のホーネッカー枢機卿はやや若い、二十代後半の女性だ。 そして最後の司教のカーカンドル枢機卿は綺麗に結い上げられた金髪が似合う、まだ年端もいかない女の子だった。


 年齢に見合わない落ち着いた態度で、僕と面頬越しに視線が合うと小さく会釈されたので返す。


 第九司祭枢機卿ヘリベルト・ホルスト・ヨッヘン・グーレルバウアー

 第九司教枢機卿カロリーネ・ファ・アルゲム・カルテンブルック

 第九助祭枢機卿マインハルト・オスカル・ラルフ・グーレルバウアー


 こういった役職では珍しく、司祭、助祭の二人は兄弟のようだ。

 司祭のヘリベルト枢機卿が兄で助祭のマインハルト枢機卿が弟らしい。

 歳はそう離れていない事もあり、並んでいると本当によく似ている。 最後の一人のカルテンブルック枢機卿はカーカンドル枢機卿と同じぐらいの年頃の女の子だった。 カーカンドル枢機卿が金髪に対して彼女は肩より少し伸ばした銀髪が目を引く。


 この三名は元々、ヴェンヴァローカを担当する筈だったのだけど、この国は教団との仲はあまり良くなかったので、教会などを置けずに彼等は本国とアタルアーダルを往ったり来たりしていたらしい。

 今回の戦に戦力を送る条件としてこの地に教団が根を張る事も盛り込まれているので、戦後は彼等はここで教えを広げる仕事に従事するとの事。


 第十司教枢機卿アデライード・ナタル・クリスタ・ダルテテール

 第十助祭枢機卿ミシュリーヌ・メラ・モニーク・コンスタン


 最後に紹介された二人はマクリアン枢機卿の同僚で、将来は北の隣国――モーザンティニボワールで布教活動に入る予定なので、戦後はここを足掛かりにするつもりで派遣されたとの事。

 助祭のコンスタン枢機卿は二十前後の若い女性。 そして司教のダルテテール枢機卿は他と同様に年若い少女。 透き通ったような白い肌に色の薄い白の髪が目を引く。 ここまでを見る限り司教枢機卿はまだ小さい少女が就く役職なのだろうか?


 総勢十二名の枢機卿が集まってる。 第三と第五の人数が少ないのが少し気にはなったけど、特に誰も触れなかった事もあり僕も気にしない事にした。 居ない以上は今回の戦いに無関係だ。 努めて意識する事じゃない。

 マーベリック枢機卿には辺獄で随分と助けられた。 彼等も同等以上の能力があると言うのなら頼もしい限りだけど――彼の最期を考えると頼り過ぎるのも躊躇われた。

 

 これから本題に入るのかなという所で不意にマクリアン枢機卿の後ろに控えていた聖堂騎士が前に出る。

 なにやら話があるようだけど――

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