第672話 「砦防」

 最後に紹介されたのはマクリアン枢機卿の脇に控えていた二人の聖堂騎士だ。

 全身鎧に面頬をしっかりと降ろしているので、顔つきなどは分からないけど体格から男女が一人ずつと言う事は分かる。


 「私は聖堂騎士"救世主セイヴァー"テオドリック・ダフィズ・プロハスカ。 彼女は同じく"救世主セイヴァー"の――」

 「ツェツィーリエ・タマラ・モラヴェッツです」


 プロハスカ聖堂騎士は僕とヤドヴィガさんの聖剣を一瞥。

 救世主? 余り耳に馴染みのない肩書に小さく首を傾げる。

 確かクリステラさんが何か言っていたような……。


 「……本来なら貴方達の聖剣は我がグノーシス教団が保有すべき物だ。 だが、今はそんな事で諍いを起こしている場合ではない。 共に戦う同志としてよろしく頼む」

 「そりゃ、終わった後は話は別って聞こえるけど?」


 ヤドヴィガさんの視線は鋭い。 プロハスカ聖堂騎士はそれを気にした素振も見せずに大きく頷く。

 

 「その通りだ。 事が済めば聖剣の処遇についての審議をさせて貰う」

 「……ふん、それまでは仲良くやりましょうって事かい?」

 

 プロハスカ聖堂騎士は頷きで応える。

 ヤドヴィガさんは彼をじっと見つめた後、小さく息を吐いて力を抜く。


 「分かったよ。 ただ、こっちに何かするってんなら正面から堂々と来な。 間違っても騙し討ちはなしだよ!」

 「勿論だ。 我々は聖堂騎士の中でも最高峰――その模範足れと救世主の肩書を与えられている。 聖騎士の誇りと名誉、そして信仰に懸けて卑劣な真似はしないと約束しよう」

 

 グノーシス教団にとって信仰は命よりも重い。

 それを聖騎士の最高峰が懸けると言うのなら、信じてもいいだろう。 少なくとも今だけは。

 ヤドヴィガさんもそう考えたのか「今の内は安心して背中を任せられそうだね」と笑みを浮かべる。


 確かに一先ずという前置きが付くけど、今は脅威に対して団結するべきだ。

 



 お互いの自己紹介が終わった所で、早々に本題に移る。

 

 「では、細かい動きなどの打ち合わせに入る」


 前回同様、壁にこの周辺の地図を張ってヴェンヴァローカ代表のロレッタさんが、話し始めた。


 「来たばかりのグノーシス教団の方々も居るので、まずは周辺地理の確認を行う」


 まずは位置関係。

 フシャクシャスラはセンテゴリフンクスからやや南に行った場所に存在していた。

 南側は切り立った岩山が多く、通行が難しい。 その関係でアタルアーダルへ攻め込むには大きく迂回する必要がある。

 

 その為、真っ先に襲われるのは間違いなくセンテゴリフンクスだ。

 ヴェンヴァローカ側も当然ながら放置はしていない。

 フシャクシャスラからセンテゴリフンクスとの間に十の砦を建造。 防壁として辺獄種の侵攻を防いでいる。 進行経路がはっきりしているので守り易い地形を選んで建造できたのも大きい。


 ――だけど……。


 日に日に強くなっていく攻勢に一つ、また一つと砦が陥落。

 現在は六つまで落とされ、現在は七つ目の砦が最前線だ。

 戦力構成は通常の辺獄種のみだが、とにかく数が多いとの事。 今まで陥落した砦もその物量に屈した形で崩壊している。


 裏を返せば単純な力押しだからこそ、ここまで凌げているとも言えるのだ。

 僕達が到着した後、グノーシス教団の援軍が来るのを待つ事が出来たのもこれが理由で、敵の侵攻頻度などを計算して支え切れると判断しての待つという決断ができた。


 こうして戦力が揃った以上、攻勢に転じるなら今だろう。

 ヴェンヴァローカ側も決戦に備えての準備は怠っては居ない。

 野戦に向いており、布陣しやすい場所の選定は済んでいるので、そこで待ち構えて一気に逆襲をかけようと考えている。


 七つ目の砦は後、数十日は保つとの事なので、その間に八つ目の砦からやや南にある山と山の間に空いた広大な窪地があるので、そこに布陣して敵の先鋒を迎え討つ。

 撃破後は僕達聖剣使いと、聖堂騎士を中心とした部隊で矢のような陣形で一気に攻め上がり、奪われた砦を取り返しながらフシャクシャスラまで攻め上がる。


 他の聖殿騎士以下のグノーシス教団の聖騎士達やヴェンヴァローカの兵士や傭兵団はその後ろから、敵を排除しながら追いかけるといった形を取って、直近の砦で合流。

 休息を取った後、再び同様に侵攻といった手段を取る。


 敵の戦力構成を見る限り、フシャクシャスラ――辺獄に入るまではこの手で突破は可能との見立てだ。

 ロレッタさんがグノーシス教団側に意見を求めると、プロハスカ聖堂騎士は問題ないと頷く。

 僕もそれで行けると考えていた。 辺獄の内部に入るまでなら聖剣の力が使えるので、僕とヤドヴィガさんの二人だけでも単純な力押しで辺獄種の侵攻は押し返せる。


 拠点となる砦の奪還も問題はないだろう。

 休息に関しては僕達に土魔法や魔法道具の扱いに長けた工兵が同行して、奪い返したと同時に補強に入るので、そう時間がかからずに再利用は可能との事。


 ただ、懸念と問題がある。

 まずは懸念点。 フシャクシャスラからここまでの経路で制圧された場所には深い霧がかかっており、どうなっているか状況が全く分からない事だ。


 調査の結果、魔法的な霧である事ははっきりしているけど、どうやってこれだけの広範囲に展開した上にこんなに長い期間、維持できるのかが不明である事だ。

 霧自体は人体に特に影響がないただの濃い霧ぐらいで、進軍に影響はないが視界が利かないので開戦と同時に排除するとの事。


 もう一つの懸念点が、フシャクシャスラに存在しているであろう直接の戦力が殆ど出て来ていない点だ。 その為、敵主力の情報が少ない事。 霧の維持を考えると、高い水準で魔法を扱える者が居るぐらいだろう。 裏を返すとそれしか情報がないのだ。


 ヴェンヴァローカ側の見解としては無尽蔵に雑兵を繰り出せる以上は主力は本陣の守りに専念しているのではないか?と考えているようだ。

 だけど、霧の展開を考えると既に一部はこちら側に出てきているのは間違いない。


 ――にもかかわらず仕掛けてこない事に不気味さを感じているようだ。


 後は問題点。

 肝心のフシャクシャスラと在りし日の英雄の存在だ。

 間違いなく魔剣の近くに居るのだろうが、聖剣の接近を感知すれば向かってくる可能性がある。


 実際、バラルフラームでは早い段階で前線に現れた事を考えると、出てこないとは考え難い。

 ここまで戦線が伸びている以上、どこで現れてもおかしくないのだ。

 もし、辺獄の外に出ていて僕達をあの深い霧の中で待ち伏せているかもしれないと考えると、かなり厳しい事になる。


 正直、一対一では聖剣を完全に扱う事が出来るこちら側でも勝てる気がしない。

 あの執念とも呼べる闘争心を見た以上、地の利を捨てても奇襲をかけて殺しに来るかもしれないと考えてしまう。


 一応、僕の経験を述べてはみたけど、反応は各々違った物だった。


 ヤドヴィガさんは真っ先に信じてくれたようで注意すると笑みを浮かべる。

 ロレッタさん達ヴェンヴァローカは情報が足りないので判断が出来ないと渋い顔。

 最後にグノーシス教団側は大将が地の利を捨てて奇襲を仕掛けて来るのは考え難いと頭から否定はしなかったけど、やや懐疑的だった。


 「――懸念材料はあるが、急いで準備にかからないと七つ目の砦が落ちてしまう。 決戦は三日後を予定。 布陣が完了次第、砦を放棄してこちら側に誘引。 来た所を一気に叩く」


 こうして打ち合わせはロレッタさんの言葉で締めとなった。

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