第669話 「寂寥」
くだらねぇ。 イライラする。 気分が悪い。
転生者――北間 迅は自由時間と言われたので早々に砦を後にしてぶらぶらと街を歩いていた。
一緒に離れた三波とは砦を出た瞬間に別れたので彼は一人だ。
三波と同様に彼も仕事に対するモチベーションは枯渇していたがベクトルは全くの逆方向だった。
彼女は単に心が折れて全ての事柄に意味を見いだせなくなった事に対し、彼は自分がここにいる意味も必要性も理解した上でこの有様だ。
彼はこのままではいけないと理解してはいたのだが、どうしてもそんな気持ちになれない。
理由は周りも察している通り、藤堂の死亡だ。
藤堂 将隆。 当時ウルスラグナでグノーシス教団に所属していた転生者の中でもかなり精力的に行動していた男だった。 そして彼の親友でもある。
北間にとって藤堂の存在はかなり大きな物だった。
彼は転生後、早い段階でグノーシス教団に保護された身で、当初は混乱もあったが最も大きかったのは異世界への好奇心だ。 彼は転生前にそう言った物を扱ったフィクションを好んでいた。
その為、教団の者達の言う恵まれた身体能力と強大な魔力というフレーズは彼にちょっとした万能感を与え、勇者様この世界の為に戦って下さいと請われるのは承認欲求を大いに満たしたのだ。
こうして北間は聖堂騎士として教団所属となった。
――が。
勇者北間が最初にぶち当たったのは現実という壁だった。
確かに転生者は恵まれた身体能力に強大な魔力。 加えてベースとなった生物特有の特殊能力。
主に戦いを生業とする聖騎士という職業に就くに当たっては必要な物はすべて揃っていると言って良いだろう。
当然ながらそれは彼に与えられた力ではあるが、いきなり自由自在に扱えると言う訳ではない。
その為、訓練での模擬戦で何度も地を舐める事になった。
聖騎士や聖殿騎士レベルであるなら身体能力で圧倒する事も可能であっただろう。
だが、聖堂騎士以上ともなるとそうはいかない。
身体能力で埋めきれない程の技量差が存在すれば、勝利を収める事は難しくなる。
これは彼に限った話ではなく、現在ウルスラグナで引き籠っている転生者の一部もそう思っている事でもあったが転生者の高い能力は万能感を与え、彼等はそれを神から与えられた
さて、そんな者達が普通の人間に地を舐めさせられる。
そうなって彼等が真っ先に考える事は何か? 答えは「話が違う」だ。
恵まれた力を持った自分は最強じゃないのか? そんな自分が何でこんな目に遭う?
冷静に考えれば自分と同じような境遇の存在が周りにも居る状況で「自分だけが特別」と判断するには無理のある状況ではあったが、それを錯覚させる程に転生者の能力は圧倒的に高かった。
人間として生きていた記憶があるから尚更だろう。
北間も例に漏れず、話が違うと腐ろうとしていた。
彼が加入した時点で異邦人の強さの格付けは済んでいた為、当時最強だった加々良を降さない限り好き放題はできなかったのだ。 そう言う意味では彼の気楽な異世界ライフは始まって早々に破綻していたと言えるのかもしれない。
加々良という男はあっさりと殺されはしたが相手が悪かっただけで、転生者の中では戦闘能力は勿論、統率力と言った他人を牽引する才も持っていた。 その為、彼が居る限り他の者が頂点に立つ事は不可能だっただろう。 その存在の大きさは葛西が現在身を以って理解しているのだが――
――話を戻そう。
北間も加々良の存在に当てが外れたと腐ろうとしていたが、そんな彼を立ち直らせたのが藤堂だった。
藤堂は加々良ほどではないが総合力に優れ、ゆくゆくは異邦人のサブリーダーに納まる程の才覚を持ち合わせていた。
加えてその前向きな性格は人によっては好ましく映る物だったのだろう。
少なくとも北間にはそうだった。
異世界に勝手に期待して勝手に失望した彼は友を得る事によってこの世界と向き合う事が出来たのだ。
北間 迅にとって藤堂 将隆という男は彼がこの世界で生きて行く為に必要な存在だった。
それを失った今、彼には全てが色褪せて見えてしまい、何かをする気力が湧かないのだ。
しかし、彼の狭量はその事実を認められない。 結果、現在の態度を取るに至っている。
結局の所、彼は未だに藤堂が死んだ事実を受け入れていない以前に向き合おうともしていないのだ。
かと言って教団を離れ、一人で代わりを探しに行く度胸もない。
何もかもが中途半端な存在。 それが北間という男を客観的に見た現状だ。
彼は空を見上げる。 太陽は未だに高い位置で、僅かに傾いているぐらいだろうか。
夕方までには戻るように言われているので、それまでどこで時間を潰すかと考える。
気が付けばこのセンテゴリフンクスを一望できる高台に居た。
ウルスラグナの王都とは趣の違うその風景は絵画のように美しく、ささくれた北間の心にとって僅かではあるが慰めになった。
やる事もなかったのでただただ、ぼんやりと街並みとそこを行き交う人の営みを見る。
武装した獣人が見える。 商売をしているであろう商人が荷車を引いているのが見える。
遊んでいる子供が見える。 話している獣人の親子が見える。
様々な者の人生の一部が断片的にその視界に入っては流れて行く。
そうしてその営みを眺めていた彼が感じたのは寂寥感だった。
――寂しい。
見知らぬ地で寄る辺もなく一人。 そう考えると無性に誰かと話したい気持ちになった。
真っ先に浮かんだのは藤堂だったが、次に浮かんだのは葛西だ。
あの口うるさい男は何だかんだと気にかけてくれていたので、北間は内心では彼に感謝していた。
時間もそんなに経っていないのに随分と会っていない気すらする。
だからだろうか? 北間は腰のポーチから通信魔石を取り出す。
相手は葛西だ。 そう言えば初めて使うなと思いつつ起動。
――俺だ。 どうした? 何かあったのか?
少し待つと葛西が応答した。 その声にはやや不機嫌さが乗っている。
――いや、ちょっと、な。
――? 到着したと連絡があったから今は例のヴェンヴァローカの首都だったか?
葛西は仕事中だったが、珍しく北間が話を振って来たので何かあったのかと少し身構えていた。
北間は言葉を探すように小さく唸る。
――おい、マジで何だ? 用事がないなら切るぞ?
――あー、その、何だ? 今はその首都の高台に居るんだが、中々眺めが良くて、な。
それを聞いて葛西は小さく笑う。
――おいおい、何だそりゃ。 マジで旅先の感想かよ。 結構、ヤバい事になってるって聞いてたからちょっと心配してたがその様子なら今の所は大丈夫そうだな。
――あぁ、まだ本格的に戦闘に入ってないから本当にヤバいのはこれかららしいが、今は暇だな。
――今はいいが戦闘になったら油断すんなよ。 露払いっつってもヤバい事には変わりないんだ。 別に俺はお前と三波に死んで来いって言ってるわけじゃないからな。 まぁ、あれだ。 放り出すかもって思ってたから多少なりともやる気になってくれて助かる。
――……悪いな。
何に対してなのかは北間自身にも分かっていなかったが、その口から思わず謝罪の言葉が漏れる。
葛西は特に気にした素振も見せずに魔石越しに肩を竦める。
――抜ける気がないなら聖女を連れて無事に帰って来い。 待ってるからな。
――あぁ、分かった。
――頑張れよ。
北間は分かったと頷いて通話を切った。
空を見上げると日が傾いていた。 何だかんだと長居したようだ。
そろそろ戻らないと。 そう考えて踵を返す。
砦に戻る足取りは少しだけ軽くなった。
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