第663話 「面罵」
「い、いやぁ……何と言うかいい天気で、です……ね?」
沈黙に耐え切れずに僕――ハイディはそう言っては見たけど誰も何も言わない。
今いるのは移動中の馬車の中。
十人は乗れる大型の物で僕と僕の同行者の皆も乗れているんだけど――
……く、空気が重い。
同行者は全部で四人。 エイデンさんとリリーゼさん。
この二人はどちらかと言うと外に意識を割いているので、黙っていると言う訳ではない。
問題は残りの二人だ。 異邦人のミナミさんとキタマさん。
全身鎧に面頬が完全に降りているので表情は全く分からないけど、何だか険悪な空気がお互いから漂っている。
いや、厳密には少し違うかもしれない。 イライラとした雰囲気を醸し出しているのはキタマさんでミナミさんは黙っているというよりは喋る気持ちがない疲れた感じだ。
カサイさんの話では一時に比べれば随分とマシになったとの事だけど――
割ける人員が彼等しかいなかったと言う事もあって半ば消去法的に決まったらしい。
……大丈夫かなぁ……。
一応、僕の護衛と言う事になっているのだけど、仕事以前に連れて来ても大丈夫なのだろうかと少し不安になる。
僕は何の気なしに視線を窓から見える流れる景色へと移す。
中々足の速い馬を使っているのか進みは早く、景色が勢いよく流れている。
ここは慣れ親しんだウルスラグナではない。 その証拠に視界のあちこちに大小様々の山々が見えた。
それもその筈、ここはウルスラグナどころかヴァーサリイ大陸ですらないのだから。
リブリアム大陸。 その中央部――種族混成国家ヴェンヴァローカ――そこが僕達の目的地となる。
僕達は馬車の御者台に座っているジャスミナさんの依頼で辺獄の領域フシャクシャスラでの辺獄種の氾濫を収める為に向かっている途中だ。
ここは大陸中央部で、山々が連なった山脈となっている。 その所為で目的地まではいくつかの山を越えて長い山道を移動しなければならない。
こうして目の当たりにすると改めて転移魔石の凄まじさが分かる。
本来ならかなりの時間を要する距離が一瞬だ。 この技術が広まれば旅の道中に訪れるであろう危険がなくなるだろう。 何せ移動しなくていいのだから。
……ただ、エルマンさんも言っていた通り、この技術は危険でもある。
便利な分、悪用する手段も多い。
彼はそれを懸念しているようで、僕達には転移の件は誰にも漏らさないようにと言い含められている。
確かにそのまま広めるのは危険であろう事は僕にも理解できるので、誰にも広めるつもりはない。
馬車の中で会話がないので自然と僕の意識も外へと向かう。
目的地にはまだ遠く、山に遮られているのでヴェンヴァローカはまだ見えない。
だけど、嫌な予感がするのは何となくだけど理解はできる。
腰の聖剣から危険を訴える警告のような物が伝わってきていた。
努めて気にしないようにしてぼんやりと流れる景色を眺める。
ここに来る前まで腰にあった魔剣はない。 ジャスミナさん達を完全に信用しきるのは難しいと言う事で魔剣サーマ・アドラメレクはエルマンさんに預けておいた。
受け取った彼は凄まじく嫌な顔をしていたが、今回ばかりは仕方がない。
我が儘を言って居る事は理解していた。 それでも今回の一件はどんな事をしてでも解決するべきだと僕の中で確信に近い物があったのだ。 フシャクシャスラの脅威はバラルフラームとは比較にならない程、危機的な物だと。
だからこそ、無理を押してここまで来た。
さて、現在移動中なのだけど、何故転移で目的地まで直接跳ばなかったのか?という疑問はあったが、これはジャスミナさん達ホルトゥナという組織の事情らしい。
転移関係の技術は彼女達も扱いに注意を払っているらしく、ヴェンヴァローカ側には伝えていないらしい。 その為、転移先はホルトゥナが用意した拠点になった。
そこで馬車に乗り換えての移動となって今に至るのだけど――
……うーん。 い、居辛いなぁ……。
この重たい空気はどうすれば良いのだろうか。
エイデンとリリーゼさんとは時折、会話をするのだけど問題は残りの二人だ。
キタマさんとミナミさん。 ミナミさんは単純に喋る元気がないだけなのだけどキタマさんはどうすれば良いんだろうか。
イライラと時折、足をトントンと鳴らしている。
この調子でもう数日だ。 エイデンさんはそうでもないけど、そろそろリリーゼさんが苛立ちを隠しきれなくなってきていた。 不快気な視線を隠しもせずにキタマさんに注いでいる。
切っ掛けはほんの些細な事だった。
リリーゼさんの溜息にキタマさんが舌打ちした事で爆発した。
「ちょっと、アンタ! 異邦人だか何だか知らないけど何なのその態度? ちょっといい加減にしなさいよ!」
「は? 知らねーし。 勝手にキレてんじゃねーよ」
「姉さん。 止めときなって――」
立ち上がりかけたリリーゼさんをエイデンさんが掴んで止める。
「放しなさいよエイデン! この手のガキは一度ガツンと言ってやらないと――」
「は、すぐキレるとかどっちがガキなんだよ?」
キタマさんが煽るような事を言うとリリーゼさんはさらに過熱する。
「おい、アンタもウチの姉さんを煽るような事を言わないでくれないか?」
「知るかよ。 黙ってろシスコン野郎」
言っている意味は良く分からないけど侮辱されていると言う事は理解したエイデンさんは不快気に表情を歪め、何か言いかけていたが深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「姉さん。 相手にしなくていい」
彼が強い口調でそう言うとリリーゼさんは少し落ち着いたのか無言で腰を下ろす。
……そろそろ限界か。
僕は小さく溜息を吐く。
「キタマさん」
「あ? 何だよ?」
僕に対しては特に喧嘩腰だ。 理由に関しては何となく察しているのでこればかりはどうにもならない。
大事な友人が死んだ事を受け入れられず、感情の行き場を失ってそれを僕達に反発する事で消化していると言うのは理解している。 だからこそ、余り傷口をほじくるような真似はしたくなかったけど、この先は本当に命懸けの場になる上、僕は彼等の命を預かる身だ。 彼の事情を必要以上に斟酌してやれない。
事前にエルマンさんにも許可は貰っているので話を続ける。
「僕達に貴方の苦しみは分からないしどうにもできません。 僕達が気に入らないと言うのならそれも良いでしょう。 ですからこれだけは聞かせてくれませんか? 貴方はここに何をしに来たんですか?」
「アンタの護衛って名目の金魚の糞だよ! 本当は嫌で仕方ねぇけど、葛西の奴が五月蠅いから仕方なく――」
「そうですか。 なら、降りて貰っても結構です」
僕がそう言うとキタマさんは予想外だったのか言葉に詰まる。
「エルマンさんとカサイさんとも相談させて貰いました。 貴方の処遇をどうするか。 はっきり言いましょう。 この先はかなり危険で少しの失敗が死につながります。 申し訳ないのですけど、足を引っ張ると言うのなら貴方は不要です」
エルマンさんからはこの話は状況が一段落着くまでするなと言われていたけど、この様子では不和の種でしかない。 僕達だけの問題で済むのならそれでもいいけど、この先では他の勢力との接触もある以上はこのままにしておけない。
「っざけんな! なら何で俺をこんな所まで連れて来たんだよ! だったらウルスラグナに残しゃよかっただろうが!」
「……言葉が足りませんでしたね。
僕の言葉が意外だったのかエイデンさんとリリーゼさんも目を丸くしていた。
「それと質問に対する答えがまだでしたね。 ここまで連れて来たのは貴方にとってこの大陸は生きやすいからです。 降りるのであれば北を目指す事をお勧めします。 北にはモーザンティニボワールという獣人の国があるので人間離れした姿であっても受け入れて貰えるかもしれません。 身分や所属を示す物には加工を施させて貰いますが、装備類はそのまま差し上げます」
もし降りるのであれば退職金代わりに装備は取り上げないでやって欲しいと言うのはカサイさんの頼みだ。 どちらにせよ彼に合わせた専用装備なので失っても惜しい物でもないので問題ないだろうと言う事になった。 そして転生者の異形でも受け入れてくれそうな地も存在するので、アイオーン教団に居るのが苦痛ならそちらで好きにやればいいと言うのはエルマンさんの考えだ。
だから戦力にならないかもしれないと言う事を込みで彼を連れて来たのはこういった事を見越しても居た。 異邦人は辺獄に連れて行けない以上、彼等の仕事は露払いだ。
それも現地の戦力と協力しての。 なら、最悪ミナミさん一人でもどうとでもなる。
我ながら厳しい言い方とは思うけど、あそこまで直接的にエイデンさん達を面罵した以上、こうでもしないと示しがつかない。
キタマさんは黙って何も言わず、迷うような素振を見せる。
「降りるなら今すぐに馬車を止めて貰います。 降りないのであれば、謝罪しろとは言いません。 ただ、態度を改めてください」
「……」
「半端な態度は認めません。 今すぐ決めてください降りるのか、降りないのか」
その場凌ぎの態度を取るようなら叩きだせとエルマンさんに言われているけど――
「……分かったよ」
キタマさんはそれっきり口を開く事はなかった。
何とかこの場は収まったかと内心で胸を撫で下ろす。 こんな調子で大丈夫かな……。
不安ではあるが、何とかなると信じよう。 僕はこっそり小さな溜息を吐いた。
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