第662話 「送出」
話が纏まった以上、後は準備だけなので驚く程に素早く出発の態勢が整った。
送り込む人数も聖女含めてたったの五人だから荷物もそう多くないので手間もかからなかったからだ。
打てる手は打ったつもりだが、状況が現地に移れば俺は何もできなくなる。
こうなってしまった以上は祈るぐらいしかできないのは歯痒いが、聖女を信じるとしよう。
……最悪の事態への備えもしなければならないが……。
仮に死んだ場合はクリステラに代役をやらせる必要がある。
担ぎ上げて死んだら次か。 我ながら反吐が出そうな考えだ。
そして最大の問題は――オラトリアムへの報告か。
流石に不在となると隠し通せるとは思っていない。 問題はどこまで喋るかだ。
連中――というよりはファティマ相手に隠し事をするのはかなりの危険が伴う。
会話する事を考えただけで胃が悲鳴を上げるが、素直に全部吐き出すと手に入れた転移魔石の資料まで引き渡す必要が出て来る。
あの場に居たのは聖女とエイデンとリリーゼ、後は俺だけだ。
聖女達が向こうに行く以上、転移魔石について知っているのは俺だけと言う事になる。
次の連絡時に黙っている事はできなくはない。 ただ、バレた時の事を考えると――
――なるほど、では聖女ハイデヴューネは隣のリブリアム大陸へ辺獄の領域で起こっている辺獄種の氾濫を止めに向かうと?
――えぇ、まぁ使者として現れた連中の言を信じるならですがね。
これから聖女達の見送りだが、その直前に見計らったかのようにファティマから連絡が入ったので現在対応している途中なのだが――
――お話は分かりましたが、一つ気になりますね。
――連中の移動手段ですかね。
もう突っ込まれるのは目に見えていたのでこちらから持ち出した。
――何か聞いていますか?
――…………何でも連中、転移魔石とか言う変わった魔法道具を持っているらしく、そいつで即座に移動できるらしいですね。
――それは中々、興味深いですね。 何とか手に入りませんか?
言うと思ったぜ。
――残念ながら
散々悩みはしたが結局、はぐらかす事にした。
詭弁に近くはあるが、嘘はついていない。 現物は手に入らなかったし、手元にないのも事実だ。
――そうですか。 では手に入り次第、こちらにもいただけますね?
――えぇ、勿論。 そちらとも共有するつもりですよ。
そうは言うが流石にそれはできん。 冗談みたいな資金力のオラトリアムにかかれば製法が漏れた瞬間に製造どころか即座に量産まで行くだろう。 そうなればどうなる?
場所を問わずに手勢を送り込んで自分達に都合の悪い存在を暗殺し放題だ。
破壊工作などを行って罪人をでっち上げる事も可能とやりたい放題になる。
あの
――結構、ではもう一つ。 別件で聞いておきたい事があります。
――別件?
何の事だと思考を巡らせ――即座に思い至る。 不味い、まさかこの女――
――最近、聖堂騎士クリステラの姿が見えないようですがどちらに?
思い至りはしたが遅かった。 そう言われた瞬間にぶわっと全身から冷たい汗が噴き出す。
クソが! 何処で嗅ぎつけられた!? 二人には分からないように装備に魔法的に偽装を施していたので簡単には本人と分からないようにしてあったし、マネシアにはウルスラグナを抜けるまでは他人との接触は控えるように言っておいたはずだぞ。
いや、待て。 揺さぶりをかけているだけかもしれん。
俺は必死に震える声を押さえつけて平静を保ち思考を回す。
聖剣の事は感づかれて居ない筈だ。 何せ他国であるアラブロストルでの出来事だぞ。
ウルスラグナから出ないあの女に知る術はない。
何だったらアープアーバンへ行っている所までは素直に話してもいい。 嘘は吐いていない事にはなる。
この際だ魔物の生態調査とでも言って――
――ちょっと、国境の方へ調――
言いかけて待てと理性が警鐘を鳴らす。
何故、この女はこの瞬間にそんな話題を振って来た? 俺が逆の立場なら聖女の代わりはどうするかを尋ねる。 聖剣エロヒム・ツァバオトと聖女ハイデヴューネはアイオーンの象徴だ。
それが長期間不在になるという話をしているにもかかわらず、抜けても教団運営は大丈夫かといった当然の疑問が出てこない。 まさか、知っていてこの質問を?
確証はない。 確かに俺はクリステラを代役に据えるつもりではあるが、エロヒム・ギボールの事は知られていないに越した事はないからだ。
だが、事前の取り決めで隠し事が露呈した場合、かなり不味い事になる。
比喩ではなく教団の存続が危うくなるどころか――俺も殺されかねん。
素直に吐くか、誤魔化すか。 怪しまれる前に決めないと――。
どうする? どう答える? 何が正しい? 何が正解だ?
ぐるぐると選択肢が渦を巻き、心臓がバクバクと早鐘を打ち。
胃はキリキリと痛みと不快感を広げて行く。
……あぁ、畜生。 何故だ、何故俺がこんな目に……。
脂汗が目に入って滲みる。
この理不尽な現実に頭がおかしくなりそうだ。
逃げ出したいと願っても魔石越しに俺の返事を待っている忌々しい女が消えてなくなる訳じゃない。
――………………実はですね――
結局、無難に全てを吐き出す事にした。
それを聞いて満足したのかファティマは、数点の細かい確認をした後「結構」と言ってこの苦痛に満ちた会話は終了。 俺は魔石を地面に叩きつけかけて――重い溜息を吐いて懐に納める。
「……帰って酒飲みてぇ……」
ルチャーノの奴、時間空いてないかな。
そんな事を考えながら、俺は聖女の見送りへと向かった。
「ではエルマン聖堂騎士。 後の事はお願いします。 それと預けておいた物には――」
場所は変わって聖堂内。
礼拝時間も過ぎて人が居らず、広さもあるのでここから送り出す事になった。
聖女の言葉に分かったと頷き、エイデンとリリーゼには目配せ。 二人は無言で首肯。
異邦人共はカサイが声をかけているので俺から言う事はない。
そして最後にジャスミナとそのお付きの連中だ。
「事前に説明したように我々が消えると、代わりの人員がここに現れます。 彼等にはこちらとの連絡と帰還時に必要な魔石を持たせているので人質として置いておいて下さい」
「言われんでも分かっている。 精々、客として軟禁させて貰う」
その辺は理解しているのか不平を言わずに頷く。
「……お願いします。 それと一緒に連れて来ていた者がまだ何名か残っていますので合流次第――」
「分かった。 そいつらもこっちで面倒見よう。 何人だ?」
大方、この国の調査でも命じられていたんだろうよ。
そうなると行先はユルシュルとオラトリアムか。 前者はともかく後者は深入りしなければ問題ないだろう。
「全部で三十名程です。 王都に来るように言ってあるので遠くない内に訪れる事になるかと」
俺は分かったと返事をする。 これで話は終わりか。
連絡用の通信魔石は渡してあるので、何かあればこちらにも伝わるだろう。
「――では行ってきます」
聖女の言葉を最後にジャスミナが魔石を起動。
集まった面子が光に包まれ消失。 代わりにその場に数名の獣人が現れた。
「……行ったか」
あの聖女、行くだけでは飽き足らず厄介な物を押し付けやがって……。
内心で愚痴りつつ、肩を落として頭を切り替える。 取りあえず、代わりに来た獣人を案内するか。
俺はそう考えて痛む胃をさすりながら連中に近寄って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます