第660話 「態度」
「――と言う訳だ。 何とかそっちから何人か護衛を出しちゃくれないか?」
再び場所は変わって異邦人共の宿舎。 その応接室。 ジャスミナとの交渉を素早く片付けた俺は話を持って行くべくカサイの下に向かった。
居るのは俺と向かいにはカサイ。 他は仕事や所用で出払っているらしい。
俺は出された茶をすすりながら早々に用件を切り出す。
「……分かりました。 何人ぐらい必要なんですか? 正直、語学教室の方がようやく軌道に乗って来たんであんまり人数は出せないんですけど……」
「その辺の事情は理解している。 三人――いや、最低でも二人は欲しいな」
「二人っすか――」
流石に反応は悪い。 辺獄絡みと言う事もあるが、場所が場所なので生きて帰れるか何とも言えないのもそれに拍車をかけているのだろう。
あの後、ジャスミナに確認したが連れて行けるのは聖女を含めて最大五人。 あの女が連れてきた人員も帰さなければならないのでこの人数のようだ。
どうも例の転移魔石とやらは大きさで転移する為に括る範囲が決まる上、かなり質の良い魔石を使わなければならないので大した人数を飛ばせないらしい。
異邦人から三人出せるならエイデンとリリーゼの内、どちらかを外すつもりだったのだが、この様子なら二人で良さそうだな。
無理に出してこっちの管理が疎かになるのも不味い。 本当なら聖堂騎士も付けたい所だが、今から呼び戻している時間がないのだ。
「人選は俺に任せて貰っても?」
「あぁ、聖剣がある以上は簡単に死ぬような事にはならんと思うが、最悪いざって時に抱えて逃げられるぐらいの役に立ってくれればいい」
俺がそう言うとカサイは少し悩む素振を見せて息を吐く。
異邦人連中は顔が完全に魔物なので表情が読み辛いな。 目の前のカサイも兜を外して素顔を晒しているが人間のそれとは大きくかけ離れているので何を考えているのかが表情から読めないのだ。
「ヤバそうなんで俺って言いたい所っすけど、後を任せられる奴が居ないので他になるか……ムっさんと為谷さんは抜けると痛いから……消去法で三波と北間になるんですけど、いいっすか?」
「使えるのかあの二人?」
名前が挙がって真っ先に出たのは疑問だ。
キタマに関しては勤務態度が良くないと聞いているし、ミナミに至っては少し前まで腑抜けて引き籠っていたらしいじゃないか。
突っ立っているだけで使い物にならないって事になると困るんだが?
「……北間に関しては不貞腐れているだけなんで、それなりに場数も踏んでるし戦えるんで問題はないかと。 ただ、三波に関してはすんません。 ちょっと俺もなんとも言えないんですよ。 まともなら俺よりも強いんですけど――」
そこまで言ってカサイは言い淀む。
かと言ってお前が行けとは言い難い。 異邦人の管理は俺達では難しいからだ。
以前いたカカラって奴を筆頭に死んだ連中が何人か残っていれば状況も違っていたのだろうが、聖堂騎士同様に異邦人も人材不足がかなり深刻な事になっている。
考えれば考える程、例の王都での一件が響いているな。
出て来ていない異邦人が多い以上、管理に使っている人員を送り込むのは不味いか。
そうなるとカサイの言う通りあの二人以外の選択肢はないって訳だ。
「……分かった。 二人への通達は――」
「提案した手前、俺がやっときますよ」
「あぁ、それは頼みたいんだが、送り出す以上は見ておきたい。 俺も立ち会おう」
カサイは頷くと案内しますと席を立つ。
最初に話を持って行くのはキタマだ。
奴の基本業務はアイオーン教団の自治区の警邏――要は巡回だな。
はっきり言って誰でもできる仕事なので抜けても問題ない上、そろそろ語学の学習が進んでいる奴を試しに巡回に使ってみようといった話が持ち上がっているので代わりにしようと言うのはカサイの言だ。
悪くない話だ。 纏まりそうだったら工房に話を持って行けば専用装備を誂えてくれるだろう。
話してみればカサイも何だかんだで苦労しているらしく、言葉の端々に疲れが滲んでいた。
何だか奇妙な親近感が湧いたので、今度飯にでも誘ってみるか?
そんな事を考えながら雑談をしているとつまらなさそうに歩いているキタマの姿が見えて来た。
歩き方からやる気のなさが伝わって来る。 大丈夫かよこいつ。
「北間!」
カサイが声をかけるとキタマはだらけた動作で振り返る。
「なんだ――チッ」
キタマは俺の方を見ると露骨に舌打ちをする。 それを見て内心で溜息を吐いた。
王都の一件で死んだトウドウって異邦人が死んだ現場に居合わせたってだけでこの扱いだ。
まぁ、殺したのはダーザインの連中なんだが、奴の中では俺とクリステラは共犯扱いになっているらしい。 それ以降、ずっとこの態度だ。
居ない方が話が進みやすいかもとは思ったが、聖女にもあんまりいい態度は取っていないらしいので一応見ておきたかった。
カサイはキタマを手招きして路地裏へ。
「――で? 何だよ? 仕事ならちゃんとやってるだろうが、それともそこのおっさんに俺の業務態度が悪いから注意しろってか?」
背を建物に預け、腕を組んでいる。 一応とはいえ、上司のカサイに向ける態度じゃないな。
キタマの態度は褒められた物じゃないが、特に不快感は感じなかった。
何せ元々期待してないから失望すら起こらない。 あるのは使えるのかといった疑問だけだ。
「そうじゃねぇよ。 新しい仕事だ」
「あ? 今度は何だ? その辺の魔物退治か何かか?」
「いや、ちょっと護衛任務だ」
「は? 護衛? 誰の? まさかとは思うが例の聖女様か? だったらお前がやれよ面倒くせぇ」
ははは、凄ぇな異邦人。 思わず笑いそうになってしまった。
聞いた話じゃそれなりの教育を受けているって話だが、外様の俺が居る目の前でこの態度って考えると怪しい物だな。 その辺のごろつき上がりの騎士の方がマシなんじゃないか?
確かにカサイは向こうに遣れない。 実力的にそう変わらないなら危険な目に遭うのは価値の低い方でいいだろう。 この期に及んでこんな態度しか取れないのなら使い潰してもそこまで惜しくないか。
流石にカサイも我慢できなくなったようで鎧の首元を掴んで壁に押し付ける。
「っ!? 痛ぇな! なにしやが――」
「いい加減にしろ!! 何度も言ってるが不貞腐れんのは勝手だ! だがなぁ、肩書と給料貰っている以上はちゃんとやれ! 社会のルールだろうが! 言って聞かねぇなら命令だ! お前はこれから三波と一緒に聖女の護衛で隣の大陸行ってそこで派手に暴れてるゾンビ共を退治してこい!」
カサイの剣幕に押されたのかキタマは押し黙る。
「は、はぁ? 隣の大陸? 意味分かんね、何でそんな所まで行っ――」
「黙れ。 話を聞く気がない癖に意見してんじゃねぇよ。 行くのか行かないのかはっきりしろ。 言っとくが俺もいつまでも黙ってると思うなよ? 行かないならもうお前には何も期待しない」
ここまで怒るとは思っていなかったのかキタマは言葉に詰まっているようだ。
「だったら何だってんだよ……」
「お前は
「いや、お、俺が居なくなったら困るんじゃ……」
「は、自惚れんのも大概にしとけ、その辺ぶらついているだけの奴が居なくなって何が困るんだ?」
相当溜まっていたのかカサイの言葉には容赦が一切ない。
キタマはしばらくの間、黙っていたのか肩を落として「分かったよ」と返事をした。
ようやくか。 小さく鼻を鳴らしてキタマから視線を切る。
やっと一人か。 もう一人いると考えると気が重いな。
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