第652話 「折檻」

 葛西 常行だ。

 クソガキコンビの学習は凄まじく遅いが、一応は進んでいるのでそろそろ生徒を増やそうと動く事にしたのだが――


 ぶっちゃけた話、残った連中は残っているだけあって手を付け難いと言うか、手を付けるのが躊躇われるような奴が多い。

 つまりはそろそろ難易度の高い奴を引っ張り出そうと考えているのだ。


 あのクソガキコンビも大概だったが、強要すれば一応は取り組んだので難易度で言えばまだ低い方だろう。

 さて、難易度が高い連中なんだが……。

 

 「おい! いい加減出て来て授業に参加しろ!」

 「あ? 知るかよ面倒くせぇ、つまんねぇ用事で呼ぶんじゃねーよ!」

 

 いつもなら素直に引き下がるがいい加減、放置して付け上がらせるのも良くないと判断したのだが、この有様だ。 そろそろこの問答にも飽きて来たので、今日は引き下がる気はない。

 

 「……つまり、お前はただ飯食って喚くだけのクソニートって事で良いのか?」

 「あ? ち、ちげーよ! 俺達は戦闘力を買われてここにいるんだから、戦闘になったら出てやるよ!」

 

 俺は鼻で笑う。 一度加々良に叩きのめされたぐらいで全て投げて引き籠っているだけの雑魚が何を言ってるんだ?


 「は? 何だよその笑いは! 馬鹿にしてんのか!」

 「してるに決まってるだろうが。 口ばっかりの雑魚が実際の戦闘で何の役に立つんだ?」

 「テメエ! ちょっと上役になったからっていい気になってるんじゃねーぞ!」


 ドンと壁に何かを叩きつける音がする。 大方、壁でも殴ったのだろう。

 キレていますアピールをしているがドアは決して開けない。

 そう言う所が雑魚なんだよこの馬鹿が。


 甘い顔をし続けて他にまでつけあがられても困るので、少し思い切った手に出るつもりだった。

 

 「最後に聞くぞ。 素直に部屋を出て他と一緒に授業を受ける気はないか?」

 

 返事がない。 無視を決め込むつもりか。

 あぁそうかい。 そう言うつもりなら俺にも考えがあるぞ。

 

 「そうか。 ならこうするとしよう」

 

 ドアを蹴破って中へ入る。


 「っ!? て、テメエ! 入って来るんじゃねーよ!」

 

 他と同じの簡素な部屋だが、換気もあまりやっていないらしく少し饐えた臭いがする。

 窓ぐらい開けろと思ったが、構わずに部屋の主に視線を向けた。

 甲虫特有の光沢のある硬質的な体。 やや背面が平らなのが特徴的だ。


 似ている虫は――恐らくカナブンだろう。

 竹信たけのぶ 佳宏よしひろ。 当初は中学生ぐらいとか言っていたが、言動も歳相応の粋がった物が目立っていた所を見るとまぁそんな所だろう。


 何だったか……チートがどうのだか、俺最強とか寝言を言っていたので呆れた加々良に叩きのめされて以来、手も足も出なかったのが堪えたのか部屋から出て来なくなったと。

 正直、当時は俺も自分の事で精一杯だったので興味すらなかったが、改めて対峙してみるとこれは酷い。


 加々良はやる気のない奴には何をさせても無駄だと放置していたが、俺はそんな甘い事を言うつもりはない。

 他も大なり小なりこの馬鹿と似た考えの奴もいるので見せしめの意味合いもある。

 はっきり言おう。 こいつを切る・・事も視野に入れていた。

 

 俺は出て行けと喚く竹信を無視して窓を開け放つ。 冬は越したとはいえ、まだ少し冷えるので冷たい風が一気に入って来る。

 この建物は俺達転生者用に建てられた宿舎なので基本的に全ての家具は大き目に作られていた。

 それは窓も同様で、緊急時には脱出できるように俺達でも通れるサイズとなっている。


 「お、おい! 何とか――」


 俺は無言で馬鹿に歩み寄り無言で腹に蹴りを入れる。

 

 「――が、は」


 加減はしたんだが、それなりに効いたようで体をくの時に折り曲げる。

 ちょうどいい位置に来たのでその顔面を鷲掴みにして窓から投げ捨てた。

 悲鳴が上がり、重たい衝撃音。


 結構な音が響いたが、誰も反応しない。 当然だ。 事前にこうなると周りに周知していたので、精々始まったかといった程度の反応だろう。

 建物を振り返るといくつかの窓からこちらを窺う気配がする。 出て来ていない連中と――あ、道橋と飛さんも見ているな。


 「い、痛ぇだろうが!」


 立ち上がった竹信が殴りかかって来るが今まで引き籠って何もしていないような奴なので、素人に毛が生えた程度の俺でも楽に見切れる。

 最小の動作で躱して顔面に拳を叩き込む。 まともに喰らった竹信はひいひいと情けない声を上げながら殴られた顔を庇う。


 それを見て大きく溜息を吐く。 何がチートだくだらねぇ。 俺に小突かれた程度でこの体たらくとは笑わせる。

 

 「どうした? チートで最強なんだろ? 俺にその強い所を見せてくれよ」


 これで普通に強かったらまだやりようはある。 有事の際には引っ張り出せるからだ。

 だが、口だけでかくて戦闘力もない、おまけに言葉も喋れないと来た。

 こんな奴に何の価値があるというんだ。


 「いい加減、俺もお前を養うのにうんざりしてきてな。 そろそろ自立してくれないか?」

 

 さっきからひいひいと情けない声を上げている竹信に無表情にそう言い放つ。

 悪いがお前にやれるチャンスはこれで最後だ。 心配しなくてもお前だけに限った話じゃない。

 しばらくしたら順番にお前と同じ目に遭わせるからな。


 「う、うるせぇ! なん、何で俺がこの世界の連中の為に動いてやらなくちゃいけないんだ!」

 「は?」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。 何を言ってるんだ?

 

 「誰だか知らないがこんな世界に呼び出しやがって! 俺は好き好んでこんな所にいるんじゃない!」


 長い事引き籠って出てきた結論がそれか。

 そもそもこっちに来た直後は散々、でかい口叩いておいて思い通りにいかなかったら責任転嫁。

 何かの所為にしないと死ぬ病気か何かなのか?


 正直、呆れて言葉もないが、どう考えても無理矢理引き摺りださないといつまでも出て来ないだろう。

 ついでに言うのなら半端な事をやれば反発して真面目不真面目以前にまともに取り組まないのは目に見えている。


 その為、この手の馬鹿に限っては心を折って従わせた方がいい。 あんまり好きなやり方じゃなかったので踏ん切りがつかなかったが、ようやく授業も軌道に乗って来たんだ。 こいつ等を見て他がやる気を失くす事態になるような事は避けたい。


 加々良さんはその点の割り切りは良くも悪くもはっきりしていた。

 使えない奴は最低限の面倒は見るがやる気がないなら知らないといった完全に個人の裁量に任せるやり方だったが、人員が減って体制も変わった以上はそうも言ってられない。


 ……悪いが穀潰しは要らん。


 これで従うならそれも良いがこの期に及んで性根が変わらんのなら――見せしめになって貰う。

 そう考えて俺は無言で腰の剣を抜く。 肉厚の刃が日の光を反射して輝いている。

 

 「ひっ!? な、何でだよ! 何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけなんだよ! 理不尽だ! ふざけんな!」

 「馬鹿かお前は。 生きているからだよ。 お前の食っている飯と使っている設備を維持するのにいくらかかっているか知っているか? ……で? その維持費は誰が払っていると思っている?」

 

 理解しているのかしていないのか、竹信は答えない。

 支払っているのはアイオーン教団だが、俺達はその対価として労働力を提供している。

 ギブアンドテイクだ。 少なくともあの聖女は俺達を対等な相手として付き合ってくれているので、俺達もそれに応えるべきだろう。


 最低限の信頼関係はしっかりと築いておかないと不味い。

 連中は俺達がこの世界で生きて行く為の生命線に等しいのだ。

 機嫌を取るという意味でも協力姿勢は見せるべきなんだよ。


 ――だから。


 「はっきり言おう。 お前等みたいな何もしない連中は邪魔なんだよ。 居るだけでコストがかかる上、教団や、やる気を出している連中からの心証まで悪くなると置いておくだけでリスクしかない。 何もしないならそれでもいい。 ただ、ダラダラやりたいなら他所でやってくれ。 王都の外までは出られるように手配してやるから好きにしろ。 一応、先に言っておくが問題を起こしても俺達は一切関知しないから、魔物扱いで処分されても自己責任になるぞ」

 「な、ふざ、ふざけんな! 保護しておいて放り出すなんて横暴だ! 無責任だ!」


 お前はそれしか言えないのか?

 言い出すだろうとは思っていたので事前に答えは用意していた。


 「そもそもお前を保護したのはグノーシスであってアイオーンじゃない。 お前等が連中に何も言われずに今まで過ごせていたのは純粋に厚意からだ。 で? お前はそれに胡坐かいて、クソニート生活か?」

 「だから俺は――」

 「好き好んで呼ばれた訳じゃない? それはもう聞き飽きたよ。 そもそもお前を呼び出したのはアイオーンの連中じゃないだろうが。 その呼んだ連中?とやらに面倒見て欲しいなら尚更だ。 出て行って自分の足で探せ」


 もうイラつきすぎて会話も苦痛になり始めて来たので剣を突きつける。


 「さっさと選べ。 真面目に授業を受けるか、ここから消えるかをだ。 あぁ、どっちも嫌ならお前はここで処分する。 一人殺せば他の連中も少しは性根を入れ替えるだろう」

 「だから俺は――」


 剣を近づけて黙らせる。 どうせ言い訳かその場しのぎの文句だろうからだ。

 

 「さっさと決めてくれないか? それとも決められないなら俺が決めるか?」

 

 竹信はしばらく黙っていたが、ややあって絞り出すように答えを口にした。 

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