第630話 「鎖奪」

 最初に突っ込んで来たのは二人。 それぞれ妙に刃が湾曲したナイフや変わった形状の刀剣のような物を手に斬りかかってきたが、動きが雑な上に遅すぎる。

 ナイフ持ちを魔剣で両断。 黒い炎を纏った斬撃は両断した獣人を即座に炎上させて消し飛ばす。


 ……いかんな。 ちょっと焦がして弱らせるつもりだったが、炎を抑えないと殺してしまう。


 魔剣を抑えつけて炎を消し、刀剣持ちの斬撃に合わせて武器ごと袈裟に両断。

 一応、心臓は外しておいたから一分ぐらいは生きているだろう。

 後で記憶を――……あぁ、そう言う事か。

 

 連中の素性が少し分かって一気に白ける。

 理由は両断した獣人だ。 動けなくなった途端、爆散して消滅した。

 この手のギミックを扱う奴は散々見て来たからな。 恐らく、暖簾分けされたとか言うテュケの親戚みたいな組織か、その関連組織と言った所だろう。


 もしそうだとしたら、どこで嗅ぎつけられたのやら。 まぁ、致命傷を与えなければ爆散はしな――いや、情報は望み薄か。

 確かオフルマズドで使用されていた強化版の忠紋とやらは外部からの干渉に信じられないぐらい敏感だった。


 あらゆる手段で記憶を引っこ抜いてやろうとしたが、全て失敗に終わったからだ。

 最終的に忠紋を施された連中から情報を引き抜くのは無理という結論を出さざるを得なかった。

 もしこの連中がそれを施されていると言うのなら記憶には触れない。


 試しては見るが、無理と思った方が無難だろう。

 

 ……それにしても――


 随分と変わり身が早かったが、俺の戦闘能力を度外視したとしても魔剣を持っている奴相手にこの程度の実力でどうにかできるとでも思っていたのだろうか?

 それとも聖剣と違ってこっちでは力を発揮しきれないと甘く見ているのか?

 だとしたら馬鹿としか言いようがないな。 いくら何でも舐めすぎだ。


 どういうつもりかは知らんが情報が欲しいので、一応は殺さない努力はしようか。

 第一形態には変形させずに、三人目は胴体を斬りつけて行動不能を狙う。 四人目はうっかり首を刎ね飛ばしてしまった。 失敗したなと思いつつ、気を取り直して五、六人目も同様に斬り倒す。 斬られた連中は動けなくなった途端に次々と爆散。 それを見て小さく眉を顰める。


 魔剣は手加減に向かんな。

 浅く斬ったつもりがあっさり爆散するところを見ると、あの程度の傷でも致命傷と判断――あぁそう言う事か。


 恐らく魔剣の付加効果である激痛のお陰で、行動不能になるから致命傷と認識されると言った所だろう。 

 あの仕掛けは情報の漏洩に関してはかなり過敏に反応する。 戦闘――いや、行動不能の時点であぁなるのかもしれんな。


 検証しようにもオフルマズドの連中はすぐにくたばるから確かめようがなかったので今の所は何とも言えんか。

 まぁいい、一人いれば検証はできる。 他は逃げられても面倒だし要らん。


 さっさと殺すとしよう。

 七人目を斬ろうとしたが意外な動きをした。

 何かと言うと刃に飛び込んで来たのだ。 魔剣はそいつの腹を貫通して背から抜ける。


 同時にそいつは俺の動きを封じるように抱き着く。 捨て身で拘束を狙ったようだ。

 鬱陶しいな。 強引に引き剥がそうとしたが不意に魔剣の重量が増す。 何だ? 何をした?

 取りあえずしがみ付いている獣人を炎を出して消し飛ばした後、何をしたのかと魔剣を見てみると鎖のような物が絡みついていた。


 見た事があるのでその正体はすぐに分かった。 例の封印の鎖だ。

 オラトリアムで聖剣を縛るのに使っているから見慣れた物だ。 何で出来ているのか不明の代物で、首途ですら複製が出来なかった難物だ。


 どうやら本命は俺から魔剣を奪う事か。

 鎖が手繰られ、手から魔剣がすっぽ抜ける。 宙に舞った魔剣をさっき喋っていた獣人女が受け止めた。

 魔剣を手中に収めた獣人女はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「やれ! 魔剣さえ奪えば敵ではない!」


 指示を受けて残った二人が斬りかかって来る。 俺は魔剣が手から離れて空になった手を開いて握る。

 盗られたのは意外だったが、ちょうどいい。 新しく仕込んだ武器の実験台にしてやろう。

 一人を左腕ヒューマン・センチピードで首を刎ね飛ばして仕留め、もう一人が剣で斬りかかって来た所を掻い潜って腹に膝を叩き込む。


 ――起動。


 同時に膝に仕込んだギミックが動き出す。

 膝から円錐状に螺旋を描いた骨が飛び出て獣人の腹を貫き、そして――凄まじい唸りを上げて高速で回転。 ハリネズミのようにスパイクを突出させながら獣人の体内を攪拌。 重要な臓器が即座に使い物にならなくなったのか即死して爆散。

 

 巻き込まれたが魔法で障壁を展開して損害を最小に抑える。

 さて、これが何かと言うと、突き刺したのはタイタン鋼で出来た骨を加工した物で本来はパイルバンカーのように使用するのだが――何故、回転しているかと言うと、膝に仕込んだ首途の作った玩具『魔力駆動回転具 スクリーム』の仕業だ。


 これはドーナツ型の二重丸で魔力を流すと外側か内側の部分が回転するだけの代物なのだが、膝に仕込んだドリルの根元を円に通しているので、接触した部分ごと回転させるといった使い方が出来る。

 

 ただ、仕込む関係上、大した長さにできないので至近距離でしか使えないが、剣の間合いの内側でしか使わないので問題はないだろう。 骨の加工がやや面倒だったが、首途の引いた図面のお陰でそこまで難易度は高くなかった。

 そして威力はくたばった獣人が身を以って証明してくれたので、充分に使える事もはっきりしたな。


 ……それにしても……。


 こいつ等が襲って来た理由が良く分かった。

 要は俺から魔剣を剥ぎ取れば雑魚と思っていたと言う事か。 話もそこそこに襲ってくる訳だ。

 まったく、随分と舐められた物だな。 本来なら手放せた事を喜びたいが、それはまだ要るので返して貰おう。


 最後に残った獣人女は鎖に縛られた魔剣と俺を見比べる。

 その表情には驚愕が張り付いていた。 当てが外れて残念だったな。

 

 「それを返して素直に知っている事を吐くなら命は助かるかもしれんぞ?」


 当然ながら助けるとも助かるとも言わない。

 喋れば間違いなく死ぬだろうから、こいつはそれを選べないだろう。

 そうなると取れる手はそう多くない。 逃げるか――


 「くっ! ならば!」


 獣人女は鎖で縛ったままの魔剣を構える。

 基本的に鎖で魔剣も聖剣も抑える事はできるが、鞘に納めて魔力の流出を止めた上で縛らないと完全に拘束できないのはオラトリアムで検証済みだ。


 「魔剣さえあれば――ひっ!?」


 獣人女は自分に起こった変化に悲鳴を上げる。

 魔剣から黒い何かが伸びて獣人女を接触している腕から侵食。

  

 「な、何で!? 腕が、腕が勝手に!?」


 侵食が胴体に及んだところで、空いた手がゆっくりと鎖を解く。

 どうにもならないのか獣人女は恐怖の余り、涙を流していやいやと首を振るだけだった。

 解けた所で魔剣から魔力が噴出し、獣人女から表情が消える。 どうやら体の制御を乗っ取られたようだ。


 獣人女は無表情のまま魔剣を自分の腹に突き刺す。 

 同時に魔剣から炎が噴き出して一瞬でその体を焼き尽くした。

 持っている者が消えた事により魔剣が落下――せずに空中で停止してこちらに飛んで来て勝手に鞘に納まる。


 死体が完全に消滅したので後には何も残らず、路地裏には静寂のみが残された。

 俺は小さく嘆息。


 「――で? 結局、こいつ等は何だったんだ?」


 ある程度の予想はできるが、何も聞き出せなかったので確証に至れず分からず終いか。

 分かった事と言えば変な連中にまた目を付けられた事だけなので、少し気が重くなった。

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