第592話 「立案」
あれから色々と考えたわたしはある場所に向かう事にした。
何処かと言うと教会だ。 あそこなら慰霊碑を置くには都合がいい。
その為、サブリナさんに許可を貰えるか相談しようと思ったのだけど……。
残念な事にしばらくの間、サブリナさんは忙しくて不在だったけど、最近帰ってきたという話を聞いて慌てて向かったのだ。
「――と言う訳でして。 少しでも皆の慰めになればと思って……」
「慰霊碑ですか」
話を聞いたサブリナさんは納得したかのようにうんうんと頷いている。
どうかな? お墓ってこっちの世界――というよりは亜人種さんの間では一般的じゃなかったからどうなんだろう。 やっぱり迷惑なのかな?
「お金なら私が出しますので、教会の裏に置かせて貰えればって思って……」
「いえ、大変素晴らしい考えだと思います。 私で良ければ喜んで協力させていただきますよ」
いつの間にかサブリナさんはわたしの手を握って笑みを浮かべていた。
「小さな祠? 慎ましやかな事は美徳かもしれませんが、今回の大戦はオラトリアムにとって価値のある物。 その勝利に貢献した者達を称え、犠牲になった者達を誇る。 ならばもっと大々的にやるべきでしょう」
「あ、えっと、わたしも同じ気持ちですけど、ちょっとそんな大掛かりな物を作る予算が――」
「お気になさらず。 お金なら私が出しましょう。 ちょうど先の戦の報奨金が入った所ですので、使いどころとしてはこれ以上の物はありません」
え? あの?
サブリナさんは嬉しそうに笑顔でそうまくし立てると私の手を引いて教会から外へと出る。
「あ、あの? サブリナさん? どこへ?」
「オラトリアムのお屋敷です。 作るにしてもファティマ様かヴァレンティーナ様に許可を頂く必要がありますからね」
え? もう行くの? こう、ちょっと細かく詰めたりとかは?
どうもサブリナさんの何かに火を付けたらしく、その勢いのまま屋敷へ。
あれよあれよという内にファティマさんとの面会の約束を取り付けてそのまま中へと通されてしまい、気が付けば執務室までフリーパスだった。
……おっかしいなぁ……緊急時以外は普通、数日前にアポ取って面会の流れなのに即日ってどういう事……。
内心で首を傾げていると、ファティマさんとヴァレンティーナさんが書類と格闘していた手を止めてわたし達の方へと視線を向ける。
「概要は聞いています。 慰霊碑を建てたいとの事ですね」
「はい。 オラトリアムの戦勝記念も兼ねて巨大な物をと考えています。 そうする事によりこのオラトリアム全土にロートフェルト様の威光が降り注ぎ、犠牲になった者達の名を刻む事で彼等は神の為にその身を投げ出し、我等がオラトリアムの礎となった栄誉を受け、永劫に輝きを放つ事でしょう!」
その後にサブリナさんが話し始めた慰霊碑の形状はわたしが考えた物とは似ても似つかない物だった。
全長五十メートルの巨大石碑って何?
しかもかかる予算がとんでもなかった。 わたしの給料数年分以上じゃない!?
そんなお金出てこないよ!
ま、まぁ、現実的な話じゃないしファティマさんも断――
「それは素晴らしい! 早速、作業に取り掛かるとしましょう!」
……何故!?
「ヴァレンティーナ。 予算は全てこちらで出します。 工事の手配などは任せても?」
「……了解だ姉上。 やっておこう」
ヴァレンティーナさんは苦笑した後、魔石でどこかに連絡を取り始めた。
「流石ですね。 サブリナ殿。 私では思いもつかなかった素晴らしいアイデアです」
「いえいえ、考えたのはこの梼原さんですよ。 彼女も我等が同胞、そして神であるロートフェルト様の為、そして神に殉じて散って行った者達の為に何かしたいと自発的に動いてくれた結果です」
ファティマさんの視線がこちらに向く。
「え、えっと――」
び、美人さんだから正面から見られると緊張するなぁ。
その口が開き――
――すごく褒められました。
その後はとんとん拍子に話が進み、ほんの数日で教会の裏手が整備されて更地になったかと思えば巨大な石柱が聳え立つ公園のような物が出来上がった。
石柱――オベリスクっていうらしい物を中心に石でできた壁が囲むように立てられ、そこに亡くなった人たちの名前が刻まれている。
そして材料には高価な魔石や石材などがふんだんに使われているらしく、夜になると光るらしい。
夜間のそこ――オラトリアム戦勝記念公園はちょっとした名所になったとかなんとか。
中に入ると刻まれた名前の文字が光って何とも幻想的な光景になるとかで、訪れた人達からの評判は非常に良かったらしい。
毎日のように仲間を弔う為に色んな人が訪れているという話は後になってサブリナさんから聞いたんだけど……。
何故か私が建てた事になっていてあちこちで色んな人から感謝されてしまい、なんだか微妙な気持ちになるなぁ。
その後は何て事のないいつもの日常が帰って来たのだけど、ちょっとした変化がありました。
新人――というか研修生が入ってきたのだ。
瓢箪山さんっていうらしいんだけど、わたしと同じ転生者で、色々あってこっちで保護されたらしい。
最初は随分とビクビクしていたけど、普通に農作業をやるだけなので早い段階で溶け込んでくれた。
今では作業にも慣れてくれたようで、しっかりと働いてくれているのでわたしとしては貴重な労働力でとても助かっている。
それに――
昼休みに入って少しした頃にある音色が耳に入る。
瓢箪山さんがギターを弾いている音だ。 演奏しているのは色んな曲で、聞いた事のある物やわたしの知らない物もありレパートリーは多い。
ある日に食後の余った時間に弾いてもいいかと許可を求められたので仕事に支障をきたさない程度ならと頷いたのだ。
聞けばこっちに飛ばされてからずっとギターを弾いて来たらしく、演奏は手馴れた物でとても上手だった。
最初はゴブリンさん達が珍しそうに遠巻きに見ているだけだったけど、気が付けば聞きに集まるようになっており、一曲終わると拍手されるようになっていた。
瓢箪山さんは最初こそ戸惑っていたけど、皆に褒められたりするのが嬉しいのか弾き終わる度にちょっと照れたりしているのをよく見かける。
彼も聞いて貰えるのが嬉しいのか、最近はどんな感じの曲がいいかのリクエストを受け付けたりしていた。
作業している皆も何だか嬉しそうにしているし、良い事だよね。
「あ、すんません。 そろそろ時間っすか?」
わたしの視線に気づいたのか瓢箪山さんがちょっと慌てた口調で行ってたけど、後一曲ぐらいならいいよと言ってわたしも聞き入っている皆の傍へ行って座る。
曲が始まって皆が嬉しそうに聞く。
今日もオラトリアムは平和だった。
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