第585話 「夜明」

 蹂躙。 まさしくそう呼ぶにふさわしい光景であった。 

 建物は破壊され、逃げ惑う人々は次々と殺されて行く。

 兵士達は急に魔力の供給が途切れ、ガラクタになり下がった臣装を身に纏ったまま一人、また一人と倒れて行く。


 対する侵攻側――オラトリアムは全くの容赦なく破壊を繰り返す。

 魔導外骨格や植竜、タッツェルブルム等の大型個体が建物を破壊し、歩兵である亜人種やシュリガーラ達が逃げ惑う民を追い回し駆逐していく。


 捕虜は取らない――というよりは取れないので、彼等の行動には迷いがない。 

 オフルマズドの民は忠紋という仕掛けが施されており、それがある限り国や王を裏切るような行動がとれないのだ。 その為、捕らえた所で爆散するのが目に見えており、生かしておく必要も価値もなく、見かけたら一人残らず仕留めるように命令されていたのだ。


 夕暮れ間近に始まり、夜の間に繰り広げられ、月が傾く頃には趨勢は決した。

 オフルマズドの攻勢を担う攻衛軍は切り札たる臣装が使えなくなった時点で、戦闘力と継戦能力が大幅に落ち込み、一気に押し込まれる。

 そして、臣装の機能が低下した事と城の上部が消失した事――つまりは王に何かがあったと悟り一気に士気が落ち込む。


 そうなってしまえば彼等に待っているのは諦観と死のみだった。

 付け加えるなら攻衛将軍のレベッカ・シエラ・スペンサーの戦死が畳みかけるように彼等の耳に入り、もう希望を抱ける者は一人もおらず、朝日を見る事なく彼等は全滅した。


 防衛を担うケイレブ率いる防衛隊もそれは同様で、彼等の主兵装である魔導外骨格は早々に工場と格納庫が襲われ、大半が使用不可能となり、残ったのは既に配備済みの僅かな数のみだった。

 その上、オラトリアムの魔導外骨格との性能差は歴然で、連携などの訓練も充分ではなかった彼等は碌な戦果も挙げられずに次々と大地に斃れる事となってしまう。


 防衛の仕事は民を守る事でもあり、国内に無数にある避難所を守るのも彼等の仕事ではあった。

 しかし――人や物が固まった場所などオラトリアムからすれば格好の的であり、敵ですらなかったのだ。


 魔法や特殊な建材を用いた避難所はある種のシェルターとしても機能し、内部の民たちを守る堅牢な砦となる筈だった。

 だが、それには限度があったようで、コンガマトーとサンダーバードの空中からの集中砲火の前にはその守りは何の意味も成さず、高熱の火球の雨と凄まじい破壊力の火線の前に蒸発する事となる。


 彼等の守りの姿勢は迫りくる脅威の前では何の役にも立たなかったのだ。

 そして畳みかけるように本部――城からの連絡と彼等の長であるケイレブ・カールトンからの連絡が途絶え、臣装の完全停止を以って城が陥落したという知らせは戦場に居る全てのオフルマズドの兵達に絶望を齎した。


 そうなれば後は瓦解するのみ――自棄になって特攻する者、逃げ出そうとする者、投降しようとして忠紋により即死する者と大きく分けて三種類の行動を取ったが、結果は変わらず、全員が残らず死亡したという結果のみが残ったのだ。


 こうしてオフルマズドの誇る軍事の両軍は完全に機能を喪失した。

 そして残った戦力はグノーシス教団のみとなったのだが、オフルマズドの主力が壊滅した以上、彼等に未来は残されておらず、出来るのは無駄な抵抗のみとなったのだ。


 だが、彼等はオフルマズドの民ではないので忠紋を施されていない。

 その為、扱いが少し違う。 殺されずに捕縛される者が多数を占める事となったのだ。

 

 ――とは言っても手酷く痛めつけられた上、武装解除して拘束となっているので抵抗できる力は完全に残っていない有様ではあったが。


 結果、自治区を防衛していた三名の聖堂騎士は捕縛され、枢機卿二名は死亡。

 聖騎士、聖殿騎士、聖職者百数十名が捕縛される事となった。

 尚、オフルマズドの援軍とアクィエルの霧を何とかする為に仕留めに向かった聖堂騎士達は返り討ちとなり、全員討ち死にという結果に終わる。


 全ての戦闘が終了したのは月がほぼ沈み、微かに朝日が昇る頃だった。

  




 微かに差し込む日光を見て現場で指揮を執っていたサブリナは目を細める。

 周囲は死体や血痕だらけの酷い有様だが、一仕事をやり遂げた彼女の表情はちょっとした達成感に満たされていた。


 現在は味方の被害状況の確認と、オフルマズドの生き残りの捜索と駆除・・を行っている。

 一通り済めば戦力の一部を戻すのと並行して捕虜の移送を行う予定だ。

 非戦闘員は問題ないが聖騎士達戦闘員は万が一があっても困るので万全を期してから移送するとファティマに伝えてあるので、朝になってからでしょうと判断。


 負傷者は優先的に治療の為に戻しており、残った者達も手が空いた者は消火活動を行っており、完全に戦後処理の雰囲気となっている。

 

 「サブリナ殿」


 声をかけられて振り返るとそこにはイフェアスが居た。

 彼も一晩中、走り回っていたようで装備もそうだが全体的にくたびれている印象を受ける。


 「お疲れ様です。 イフェアス殿。 首尾は?」

 「一先ずではありますが確認できる範囲での避難所は全て破壊、内部に居た者達の始末は完了しました。 これから数度に渡り端から端まで浚う予定ですので、人員の入れ替え作業と担当区画の割り振りについての確認を行います」

 

 この後は出入り口を固めた上での完全殲滅を目的としたローラー作戦が始まる。

 

 「結構、我が神は鏖殺をお望みです。 万が一もないように徹底的に行うとしましょう。 それはそうと、イフェアス殿。 貴方も一度、戻って休息を取りなさい」

 「いや、自分は――」


 まだ行けると言いかけたが、サブリナに逆らうのは良くないと彼の本能が囁き、素直に頷いた。


 「分かりました。 では、一度戻って休息を取らせていただきます」

 

 イフェアスは頷き、ふと振り返るとそこには聖堂騎士――エーベト、バーリント、フニャディの三名が拘束されて転がっていた。

 エーベトはイフェアスを睨みつけ、バーリントは心が折れているのかさめざめと涙を流しており、フニャディは必死に視線をあちこちに動かして何かないかと探している。


 「……三人も残す必要があったのですか?」


 情報を取るだけなら一人いれば充分な筈だが、わざわざ三人も残した意味が彼には理解できていなかった。


 「えぇ、ファティマ様は最近、ご多忙であちこち飛び回っている様子。 ならば護衛を増員する事は必要と思いませんか?」


 思わず質問したイフェアスにサブリナは微笑みで応える。

 それを聞いてなるほどと納得した。 ファティマはオラトリアムでも重要な立場の存在だ。

 付け加えるなら主であるロートフェルトの妻という立ち位置でもある以上、いつまでもディラン達異性の護衛を付ける事はあまり好ましくないかもしれない。


 その点、彼女達なら同性で聖堂騎士であるので条件としては悪くないだろう。

 

 ――ついでに手土産を用意したとして功績を稼ぐと。


 恐ろしい女だとイフェアスは内心でサブリナに畏怖を覚える。

 今回の戦いは事前情報があったとは言え、決して楽な戦いではなかった。 ――にも拘らずこうして自分の得点稼ぎもしっかりと行っているのは抜け目がない証拠だろう。

 

 それに功績と言う点では枢機卿の撃破という大戦果を挙げているにも拘らずこれだ。

 恐らくこの後、彼女はファティマやローからの評価が大幅に上がり一目置かれる存在となるだろう。

 オラトリアムは結果を残す者や有用な者には寛容だ。


 上からの覚えがめでたければ行動等の自由度が格段に上がる。

 実際、イフェアスもアラブロストルの国立魔導研究所襲撃の功で、馬を賜った身だ。

 同時に納得もした。 これが出世の為の処世術かと。


 自分もある程度は見習うべきだろうかと内心で考えながら、サブリナに挨拶してイフェアスはオラトリアムへと帰還した。

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