第584話 「隠港」
炎に包まれるオフルマズドの空を低空で飛行している者が居た。
飽野だ。 無数に刻まれた傷の痛みに耐えながら胸にはしっかりとアメリアを抱きかかえ、真っ直ぐに南を目指す。
「は、はは、今回はお互い派手にやられてしまったな」
アメリアが言っているのはウルスラグナでの時の事だろう。
あの時はアメリアは肉体を失い、飽野は無傷だった。
「そう、ね。 とは言っても私は……早く治療しないとそう長くなさそうな感じだけど、ね」
二人とも傷の痛みと疲労で口から出る言葉は苦し気だ。
城の上部が消し飛び、臣装の機能が低下したのは玉座の間に深刻なダメージが発生し、魔力の供給が予備に切り替わった所為だろう。
「王様はどうかしら?」
「分からない。 あの聖剣を従えた王が負けるとは思えないが、少なくともオフルマズドはおしまいだ」
そう、仮に敵の全てを退けたとしてもこの国の復興は難しい。
何せ国土の大半が焼けてしまっているのだ。
仮に大急ぎで復興に着手したとしても元通りになるには何年、何十年といった長い時が必要となる。
――恐らくそれでは間に合わない。
こうなってしまった以上はもはや、オフルマズドに執着する理由はなく、今の二人の目的はこの場を逃げ切る事だ。
「ふぅ、それにしてもこの先どうした物か、オフルマズドを失ったとなればテュケはもう終わりだ。 私は失敗したと言う事になってしまうな」
「……そう、ね。 でもまだ生きている以上は何度でもやり直せるわ」
「はは、私は君のそう言う前向きな所を気に入っているよ」
アメリアは苦し気に笑う。
結局、二人は訳も分からないまま重要拠点を失う事となってしまった。
「それにしてもアスピザルや修道女サブリナには驚かされたな。 結局、一体どこの勢力だったんだ?」
「私にも分からないわ。 他にはオークやトロールの亜人種に奇妙な植物型の魔物、門の前には悪魔、極めつけは戦車型、多脚型の魔導外骨格。 これだけの物を揃えられる資金力と人材を揃えられる組織力を両立させるなんてちょっと想像できないわね」
少なくともこの大陸内では条件に合致する組織は二人の知識にはなかった。
「逃げのびたらまずは彼等の正体を探る所から始めた方がいいかもしれないな」
「そうね。 私達を恨んでいる人が多いみたいだし、行く先々で襲われても敵わないわ。 態勢を整えたらどうにかして逆襲しないとね」
「あぁ、こう見えてもやられっぱなしは性に合わない」
アメリアは失った四肢の痛みに表情を歪めつつも笑うが、不意にその痛みが増した。
「ぐ、魔剣まで奪われたか。 これはいよいよもって不味いな。 済まないが少し急いで貰っても構わないかな?」
「……無茶言ってくれるわね。 こっちはお腹に穴空いてるんですけど……」
解放を使った転生者は時間切れになると身体能力や再生力が著しく低下する。
その為、夜ノ森にやられた飽野の傷は現在、殆ど再生しない。
本来ならしばらくの休息と食事が必要なのだが、そんな事をしている余裕がないので今の彼女はかなり無理をしている。
付け加えるなら彼女は話しながらも周囲を動き回っている敵――アラクノフォビアやフューリー達から身を隠しながら移動していた。
それに飽野はアメリアが危険な状態である事も理解していたので、一刻も早く港へと逃げ延びねばと気持ちが逸る。
臣装は聖剣からの魔力供給を受けて使用者の身体能力を大幅に底上げし、回復力も同様に強化してくれる優れ物だ。 その為、アメリアは四肢を失っていてもそれなりに会話が出来ていたのだが、予備の供給元である魔剣まで失った事で完全に機能が停止したようだ。
話す事も難しいようで苦痛に呻いている。
港へ行けば地下に短い距離ではあるが水中を航行可能な小型潜水艇がある。
いざという時の為に用意していた逃走手段だ。 まさか使う事になるとは思わなかったが、備えあれば憂いなしとはよく言った物だと二人はこういった準備にはもっと力を入れようと考えた。
身を隠しながらなので速度が出せない事に苛立ちを感じながら、飽野は慎重に先へと進む。
アメリアは口数が減り、苦し気に息を漏らすだけになりつつあった。
急げ急げと急かしつつ進んでいるとようやく港が見えて来る。
飽野は港へ真っ直ぐ向かわずに少し離れた場所にある小屋へと向かう。
ここは本来資材などを置いておくための倉庫なのだが、港の地下へと繋がっている隠し通路が仕込んであるのだ。
火が燃え移っていたが構わず飛び込み、素早く目的の隠し通路への入り口を開けて飛び込む。
「ふぅ、ここまでくればもう安心ね」
潜水艇まで辿り着ければ食料も治療用の魔石もある。
アメリアの治療もできるし、何より一息つけるのは大きい。
長い通路を抜けると船着き場があり、そこには潜水艇が無傷で浮かんでいるのが見える。
それを見て飽野はほっと安堵の息を吐く。
潜水艇へとそのまま歩こうとして――咄嗟に後ろへ跳ぶ。
違和感に気付けたのは彼女に取って幸運だったのかもしれない。 不意に目の前の空間が歪んだのが微かに見えたからだ。
――だが、回避は完全に間に合わなかったようだ。
空間が捻じれ、それに飽野の羽が巻き込まれて千切れ飛ぶ。
痛みに顔を顰めつつ敵の姿を探すが次の瞬間には光線が飛んで来て彼女の足を打ち抜いた。
「ぐっ」
倒れ込む直前にアメリアをしっかりと抱えて庇う。
「ふん、まぁこんな事だろうと思った」
空間から滲み出るように現れたのは黒のロングコートに銀の鎖などの装飾品をジャラジャラと身に着けた男だった。 そして何より目を引くのは首からぶら下がっている金のプレート。
顔を見るのは初めてだったが、飽野は男の事を知っていた。
「――ヴェルテクス」
ヴェルテクス。 ウルスラグナ王国の金級冒険者。
テュケ所有の拠点から悪魔の部位を強奪して逃走した要注意人物として警戒されていた男だ。
だが、そんな男が何故、大陸の反対側であるオフルマズドに居るのかが理解できない。
「……どうして冒険者である貴方がこんな所に居るのかしら?」
「さぁな。 理由は死んでから考えてろ」
ヴェルテクスが手を翳すと光の玉が複数ぽつぽつと現れる。
さっきの光線かと飽野はすぐに悟ったが、羽と足を失った彼女に躱す術はなかった。
発射と同時にアメリアを投げる。
「アメリアちゃ――」
何か言おうとしていたが言葉は空気を振るわせる前に光線に飲み込まれた。
飽野は頭と胴体に複数個所の風穴を空けられて即死。 そのまま倒れ込む。
ややあって死体は崩れて消滅した。
ヴェルテクスは無言でアメリアに歩み寄って見下ろす。
「ふ、ふふ、殺すの、かな?」
「そのつもりだ」
苦し気に呻くアメリアにヴェルテクスは無感情に返す。
アメリアは苦痛の中必死に頭を回転させる、生かしてくれた飽野の為にも何とか生き延びなければと突破口を探る。
「その、様子なら、私が、ウルス、ラグナで逃げた時の事も――」
「は、馬鹿かお前は、俺がそんな事も分からずに来る訳がないだろうが。
それを聞いたアメリアは目を見開く。
ヴェルテクスはここに来るまでに施設から回収した資料には軽くではあるが目を通していた。
途中で生きているといった話を聞いたので、眼鏡を使ったのだろうと当たりを付けていたのだ。
「要はここでお前をぶち殺せばそれでおしまいだ。 ダラダラお喋りに付き合ってやった理由はお前のそのツラが見たかったからだ。 特にスカッとはしなかったが、他の連中の溜飲を下げる話の種にでもしておくか」
ヴェルテクスは満足したのか無言で足を持ち上げ――
「ま、待て! 私を殺せばこの先の世界――」
「興味ねぇな」
――下ろす。
ぐしゃりと音がしてアメリアの頭は果物のように弾け飛んだ。
ヴェルテクスはアメリアが動かなくなったことを確認して<火球>を軽い動作で死体に投げつける。
命中した火球はアメリアの死体を余さずに焼き尽くした。
「アホ共が、手緩い事やってるからこんなカスに逃げられるんだろうが」
ヴェルテクスは完全に始末した事を確認すると、小さくそう吐き捨ててその場を後にした。
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