第581話 「解放」
アムシャ・スプンタは装備を失いはしたが、その戦闘能力はいまだ健在だ。
彼はあの謎の攻撃に大きく動揺した物の、ローが元に戻った事で冷静さを取り戻していた。
堅実に攻めて確実に勝つ。 彼は基本的にそう考えており、今までの大胆な攻めは装備の能力と聖剣による予知と予測によって成功が約束されていたからこその物だったのだ。
装備を全損し、強引な攻めが使えないのであれば遠距離からの大技の連発で削り殺す。
聖剣エロヒム・ツァバオトが刃から水銀を産み出せる事と同様に聖剣エロヒム・ザフキは鉛を産み出す事が出来る。
当然ながらただの鉛ではなく、魔法物理の両面において高い防御性能を誇り使い手の意思に呼応して自由自在に形を変える事が出来る攻防一体の能力だ。
その証拠に対峙しているローは防戦一方で反撃する事が出来ずにいる。
アムシャ・スプンタの周囲には気が付けば大量の鉛が意志を持っているかのように彼を中心に渦を巻き、その一部を固めて撃ちだして攻撃を仕掛けていた。
ローは飛来した鉛の塊を全て魔剣で消滅させている。 その為、攻撃に割ける余裕がないのだ。
アムシャ・スプンタは厄介なと内心で毒づく。
実際、ローの取っている行動は彼の攻撃を防ぐ事に関しては最適解と言ってもいい。
聖剣の生み出した鉛は完全に消滅させるか、使い手が消さない限りはその手足として敵に襲いかかる。
つまりは下手に取りこぼしたり、雑に処理をすると即座に取り囲まれて圧殺されてしまうのだ。
アムシャ・スプンタはローという男に対して最大限の警戒をしていた。
魔剣に触れて正気を保っているどころか、従えている時点でただ者ではないと言う事が分かるからだ。
魔剣を直に見た者の一人として彼はその存在を脅威と認識しており、過去に手に入れた魔剣も万全とも言える封印を施した。
人の世に害をなす危険な存在。 それが魔剣に対する彼の認識だった。
そんな魔剣を従える存在。 野放しにするのは危険すぎる。
だからこそ全霊を以って確実に仕留めようと攻め立てているのだ。
対するローは防戦一方だが、ふとアムシャ・スプンタは微かな違和感を覚えた。
攻めに対して手が出せないのは分かる。 だが、防いでばかりではその内に押し切られるのは目に見えており、ローもそれを理解している筈だ。
――にも拘わらず、明らかに攻めずに防御に徹している。
その表情には焦りの類はない。 何か狙いがある? 狙いがあるとしたら何だとアムシャ・スプンタは考える。
真っ先に浮かぶのは時間稼ぎ。 味方が来るのを待っているのだろうか?
だとしたら何の問題もないと彼は考えていた。
魔剣の担い手であるローでも抑え込めている。 他がそれ以上とは考え難いので充分に対処できるだろうと彼は考える。 だが――もし、他に狙いがあるとしたら?
アムシャ・スプンタは攻め手を緩めずに考える。 この状況を打破できる方法を。
奴は何を狙っている? 何故、この状況で心が折れない?
折れないと言う事は希望があると言う事だ。
周囲の環境、状況、位置、様々な可能性を考えたが、どう考えてもこの状況を突破できるとは思えない。
聖剣は絶対の力ではないが、それに近い力を与えてくれる。
それを突破する事は酷く困難だ。 辛うじて拮抗しているのは魔剣ぐらいの――待て。
ふと、アムシャ・スプンタの脳裏に嫌な想像が過ぎる。
――まさか奴は――
それは聖剣の予知による物だったのかもしれない。
アムシャ・スプンタの思考がそこに至った瞬間、聖剣から強い警告が発せられた。
同時に床を突き抜けてそれが姿を現す。
時間は僅かに遡る。
オフルマズド王城地下。 その最奥には広大な空間が広がっており、この国の根幹を支える機能の一部を担っていた。
そこに踏み込んだ首途が抱いた第一印象は浄化槽――所謂、濾過施設だ。
巨大な装置が存在し、その中央にある物から魔力を吸い上げて吸収している。
恐らく吸収した魔力はこの国に還元され、何らかの形で使用されているのだろう。
さて、この装置が魔力を吸い上げている物。 それは何か?
首途はそれと似た物を既に見ているのですぐに正体が分かった。
魔剣だ。 見合わない大きな鞘に納められ、鎖で縛られたそれは鞘に突き刺さっているチューブのような物を介して魔力を奪われ続けている。
「ほー、やっぱ潜って正解やったなぁ。 見つけたは良いけどコレどうしたもんか……」
首途は装置を観察し、魔剣を剥がすだけならそう難しくないと判断。
ご丁寧に装置の下部に操作用の魔石の様な物があったので、これで拘束を外す事はできるだろう。
ただ、問題は鞘が装置と一体化しているので、拘束したまま剥がすのが難しいと言う事だ。
首途は勝手に判断せず、何かあった場合に対処できそうな人物に報告してから決めようと考え、ローに連絡。 内容は魔剣を見つけたけどどうすればいいか、だ。
通信先のローは余裕がないのか少し切羽詰まった状態だったが、即答した。 剥がして魔剣を自由にしてやれと。
それを聞いて首途はニヤリと笑みを浮かべる。
「まぁ、兄ちゃんがそう言うなら遠慮なくやろか」
装置を操作して魔剣を排出。 出て来た魔剣の鞘を強引に掴んでチューブを引き千切り、装置との接続部を破壊して強引に引き剥がす。
そのまま柄に触れないように気を付けつつ鎖を解いて、鞘をひっくり返す。
魔剣は重力に引かれて落下、澄んだ音を立てて床に転がった。
露わになったその姿に首途は間違いないと確信を深める。
光を一切通さない漆黒の刃に三角形のようなエンブレムがいくつか装飾として刻まれていた。
一目で相当な代物である事が分かったが――
――それを見て首途は首を傾げる。
「なんや? 元気ないなぁ。 兄ちゃんの奴はもっとピリピリしとったけど……あぁ、魔力を吸われとったからか」
ローが所持していた物に比べると威圧感が弱い。 明らかに垂れ流している魔力に勢いがなかった。
その理由に納得した首途は懐から魔石をいくつか取り出し魔剣の上に落とす。
効果は劇的だった。 魔石の魔力を残らず吸い取った魔剣は即座に復活し、ふわりとその場で浮かび上がった。
「お、おぉ、動きよった! それで? どうなんのや?」
見してみぃと首途の期待に満ちた視線を受けて魔剣は――
永い呪縛から解き放たれた魔剣は怒りに満ち溢れていた。
だが、長年に渡って魔力を吸われ続けた魔剣は現在、碌に力を出せない。
その為、魔剣は辺獄へと戻って回復しようと境界を操作しようとしたが――
――無視できない存在がその行動を留めた。
気配がするのだ。 忌々しい聖剣だけでなく、仲間である魔剣の。
共に戦って来た懐かしい気配だ。
そしてその仲間が窮地に立たされている事を同時に感じ取り。 辺獄への帰還を棄却。
――行かなければ。
魔剣は切っ先を上――玉座の間に向けて飛翔。
天井を突き破って最短の移動を以って仲間の下へと向かっていった。
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