第576話 「挑発」

 エドゥルネと相対するサイコウォードの内部ではニコラスは汗を流しながら必死に機体を操作していた。

 脚部担当の二人も武装、補助腕担当も自分にしっかりと付いてきてくれている。

 だが、仕留めきれていない。 事前に枢機卿の脅威は知らされていたが、自分達とサイコウォードの力ならば撃破も可能と思っていた。 だが、これは難しいと判断せざるを得なかった。


 本来の指示は取り巻きの排除が終わるまでの時間稼ぎだ。

 その為、彼等は役目を現在進行形で果たせているとも言えるが、ニコラスはそれに甘んじる気はなかった。

 つまりは最初から撃破を狙っていたのだ。 仲間もそれに同意してくれていたので、彼は何の憂いもなく枢機卿へ戦いを挑む事が出来たのだ。


 しかし実際に戦ってみると、足止めだけでいいと言われた理由が良く分かった。

 権能という能力の恐ろしさがこれほどとは思っていなかったからだ。

 所詮、魔法の上位互換と侮っていた自分を殴りたいとニコラスは心底からそう思い、どう切り崩すかの方策を練りつつ攻め手を緩めない。


 ザ・コアが唸りを上げて回転しながらエドゥルネに襲いかかるが、強引に軌道を変えられる。

 腹部のミサイルは内部の毒ガス込みでも効果を発揮せず、使っていない攻撃は胸部の切り札だけだ。

 だが、アレは使用すると大きな隙が出来る上に胸部の装甲を展開する必要があるので、躱されると非常に不味い事になる。


 ――やはり他を待つ必要があるか。


 ニコラスは慎重な男だった。 それに失敗した場合、自分だけの失態で済まないといった事も彼にそう考えさせていた。

 共に戦う仲間、そして己の半身とも言えるサイコウォードを失う事だけはあってはならない。

 

 その為、彼は戦いながらも他の仲間に期待する事しかできなかった。

 サイコウォードには徐々にダメージが蓄積されている。 特に補助腕は軋む様な異音が聞こえている所を見るとダメージの蓄積によってそう遠くない内に限界を迎えるだろう。


 ――だが、ニコラス達と肩を並べる者達の力は彼の想像を越えていた。


 エドゥルネの背後の空間が微かに揺らめいたと同時にいきなり現れたディランとアレックスが斬りかかる。 どうやら鎧の付加効果で姿を消して忍び寄っていたようだ。

 

 「『――っ!?』」


 咄嗟にエドゥルネが権能で吹き飛ばそうとするが、割り込むように響いた鈴のような音色に風の鉄槌が揺らめく。 その影響で攻撃動作に一瞬の遅れが生じてしまう。

 彼女は不快気に表情を歪めて回避を選択。 繰り出された斬撃を躱して大きく距離を取る。


 ディラン達の間合いから出たと同時に周囲に視線を巡らせると、サブリナが薄く微笑んでエドゥルネを見ており、これ見よがしに錫杖を振って鳴らして見せた。

 それを見たエドゥルネの表情に怒気が混ざる。 その背後ではディラン達と戦っていた二人の聖堂騎士が倒れていた。 微かに動いている所を見ると死んでは居ないようだが、意識を失っているのか起き上がる気配がない。


 そしてサブリナが自由になっていると言う事は――


 エドゥルネはサブリナと戦っている筈のエイブラハムを探す。

 少し視線を巡らせればすぐに見つかったが、エイブラハムは酷い有様で、天使を強引に降ろした副作用で全身を血に塗れさせ、消耗した所をレブナント達に取り囲まれて袋叩きにされていた。


 何とか反撃を試みようとしていたが、もう戦う力も残されていないのか最後には頭部を踏み潰された後に消滅。 同僚の余りにもあっけない最後にエドゥルネは動揺するが、他に味方はと探すが聖堂騎士は全滅。 生きてはいるが全員戦闘不能状態だ。


 他の聖騎士や聖殿騎士はレブナント達と交戦中でエドゥルネのフォローに入る余裕がない。

 エイブラハムが呼び出した天使達は大半が寝返って同士討ちを始めている。

 そして当のエイブラハムはたった今死んだ。


 最後に乱入したアメリアは余計な敵を引き連れて来ただけでは飽き足らず、手足を失って何の役にも立たない状態で地面に転がっていた。

 

 「さて、貴女を守る者達は居なくなりましたが、まだ続けますか? 素直に降るのなら命だけは助けて差し上げても構いませんよ?」


 サブリナはふっと憐れの籠った口調でそう言うと、少し考え込む素振を見せたかと思えば、笑みのままエドゥルネにある提案をした。


 「どうか無益な戦いを止め、投降してください。 これだけの事をした以上、放免とは行きませんが決して悪いようには致しません。 貴女達の力があれば我々の戦力は盤石な物となり信仰はさらに強まるでしょう」

 

 それを聞いたエドゥルネは顔を怒りで染め、近くに居たアレックスは小さく「うわぁ」と若干、引いたような声を漏らす。 ディランが窘めるように視線を向けるが内心では同じ気持ちだった。

 訓練でもディラン達は彼女に散々、煽り散らされた上に手酷く痛めつけられたのでエドゥルネの気持ちが痛い程に理解できたのだ。

 

 味方であるうちは良い。 何せ自分達に被害が及ばないからだ。

 ただ、敵に回すとここまで性質が悪い女を彼等は知らなかった。

 そして計算高い。 エドゥルネは気が付かなかったようだが、煽りながらサブリナは腕の一本をそっと背に回しサイコウォードに見える位置に持って行く。


 そして手を小さく動かしてハンドサインを送る。 サイコウォードが無言でその視線を正面の聖堂に向けたのを見てサブリナは笑みを深くした。


 「あら? お返事がないようですがどうされましたノルベルト枢機卿? 立派なお立場なのですから受け答えはしっかりとしてください。 今日日、孤児院の子供でももっとはきはきと応対してくれますよ?」


 サブリナはわざとらしくはっとした表情を浮かべわざとらしく済まなさそうに目を伏せる。


 「申し訳ありません。 枢機卿のお仕事は激務。 忙しすぎて常識を学ぶ暇もなかったのですね」


 本当に申し訳ありませんと済まなさそうに言った所で、アレックスの口からひぇと変な声が漏れ、ディランも思わずうわぁと声を漏らしかけた。

 

 「お可哀想に、周りの方々は常識を――」

 「『――まりなさい』」

 「はい?」

 「『黙りなさいと言ったのです!!』」


 怒りを露わにしたエドゥルネの体から爆発するように風が吹き荒れる。

 それを見たサブリナは子供と言うのは何て可愛らしくて愚かなのでしょうと内心で考え笑みを深くし、アレックスはやや引き攣ったように乾いた笑みを浮かべ、ディランはバイザー越しに顔を手で覆った。

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