第575話 「焼断」

 城の上部が消し飛んだと同時にその余波が国内を伝播した。

 当然ながらグノーシス教団の自治区も例外ではない。

 凄まじい衝撃がその場に居た者達に襲いかかる。


 辛うじて反応できたのはサブリナとアスピザル、聖堂騎士二人とそれと対峙するアレックスとディランだけだったが、防げた者は皆無だった。

 全員が吹き飛ばされ、反応できた者は何とか体勢を立て直す。


 そして余波でこれだけの事象を引き起こした事に驚きを露わにする。

 中でもアメリアは地面に薙ぎ倒されながらも王城の消し飛んだ部分を見て、不味いと背に冷たい汗が流れた。 何があったかまでは彼女には想像もつかないが、被害が何を齎したのかは理解できたからだ。


 玉座の間――というよりあの城はそれ自体が国全体に聖剣の魔力を供給する為の装置で、王がそこにいる限り無尽蔵の魔力が恩恵として兵や民に配られている。

 兵士が使用している臣装に始まり、家庭で使用されている家具までが聖剣からの魔力で動いているのだ。

 

 代償として王はあの場所から殆ど動けない。

 その為、玉座の間の奥が彼の生活スペースとなっており、動かずに国内に聖剣の力を供給し続けていた。

 だがそれが消し飛んだ以上は供給が途切れるのは目に見えている。


 地下に配置した予備が働くので、供給量が完全にゼロになる訳ではないが大幅に落ちるのは間違いない。

 そして同時に外壁で無数の爆発が起こっていた事も彼女は気付いていた。

 あれは国の上空に展開した障壁を維持するための装置で、それがさっきの衝撃で負荷に耐え切れずに自壊したようだ。


 アメリアには玉座の間が吹き飛んだ事以上にその事実が信じられなかった。

 あの障壁は聖剣を用いた攻撃にも耐える強固な物で、何があろうと突破は不可能と彼女自身が自信を持って配置した代物だ。 少なくとも彼女には装置の破壊以外に突破する方法が思いつかなかったのだが――。


 「ははは――素晴らしい」


 実際、障壁ごと装置が破壊されたのを見れば、受け入れた上でもう笑うしかなかった。 彼女の理性はこの場――オフルマズドからの撤退を強く推奨しているが、同時に否定する。 この状況でどこへ逃げろと言うのだと。

 実際、もう既に彼女は詰んでいた。 拠点は襲撃され、連絡が取れない所を見ると、ここと同様に厳しい事になっているか、場合によっては陥落している可能性もある。


 アメリアにとって他の者達は割とどうでもいいが、飽野は貴重な友人なので無事でいて欲しいが――。

 テュケと言う組織は基本的に研究のみしか行わず、戦闘などは他に任せる形を取っていた。

 何故なら最終的にオフルマズドを支える形でこの先に現れるであろう外敵や他勢力と戦うつもりだったからだ。


 その為、所属している転生者も技術のモニターとしての側面が強く、最低限の裏切らない保証さえあえば戦闘能力は二の次だった事と、転生者は可能な限り生かして保護せよとのの意向もあっての事でもある。


 つまり拠点にいるテュケが抱えている転生者は戦闘能力と言う点ではあまり期待できない。

 ただでさえ技量と言う点ではこの世界では低い水準にある転生者で、オフルマズドに駐留している者は実戦経験も乏しい。 つまりは身体能力で押し切れる相手以外では厳しいと言わざるを得ないのだ。

 

 ――そして彼女自身も逃れようのない窮地に立たされている。


 臣装からの魔力供給量が激減した為、回避行動がとれなくなり――


 「――ぐっ!?」


 片足が炎の槍に消し飛ばされた。

 アメリアは体勢を立て直せずに転倒、派手に地面を転がる。 咄嗟に立ち上がろうとしたが、残りの足も消し飛ばされた。 余りの激痛に悲鳴が上がる。


 それを行ったアスピザルは油断せずにゆっくりと倒れ伏したアメリアへと近づき、少し離れた位置で足を止める。

 本来ならそのまま仕留めるが、体を乗り換えた手段が不明である以上、迂闊に殺すとまた取り逃がす可能性があったからだ。


 「――ぐ、殺さ、ないのかな?」

 「体を乗り換えた手段を素直に吐くなら、ちょっと生まれて来た事を後悔して貰ってから殺してあげるけど?」

 

 アスピザルが言い終わると同時に炎の槍を形成して即座に射出。

 アメリアの両腕が消し飛ぶ。 

 

 「が、は――」


 高熱を伴った攻撃なので出血はないが、凄まじい激痛が彼女を襲う。

 完全に身動きが取れなくなったアメリアだったが、アスピザルはそれでも近づかない。

 彼からすればアメリアは何をしてくるか分からない危険な女なので油断は禁物と考ている。


 結果、不本意ながらも仕留めずに動きを封じるだけに留めると言う行動を彼に取らせた。

 対するアメリアは激痛に歯を食いしばりながらも、必死に生き残る目を探す。

 とにかく、この場で死ぬ事はなさそうだが何とか切り抜ける手段を探さなければと考え、必死に周囲に視線を巡らせる。


 捕まるのは最悪だが、何とか味方がこの場を切り抜けてくれるのが最善だ。

 まずは最も頼りになりそうなエドゥルネだが、未だにサイコウォードと交戦中。

 サイコウォードの攻撃は悉く防がれているが、エドゥルネの攻撃もまたサイコウォードに有効打を与えられていない。


 元々、対枢機卿を想定して調整されたサイコウォードは首途とローによって徹底的に防御力――特に魔法に対する耐性を極限まで高められていた。

 過去の例と実際に使用しているローの所感から権能は強力ではあるが、あくまで魔法の延長上の能力なので既存の魔法と同様の手段で防ぐ事は可能との結論が出ている。 つまり魔法に対する対策を徹底的に行えば、勝てないにしても最悪、膠着に持って行く事ができる。


 その間に弱点である聖堂の破壊を狙えればと考えての事だったのだが……。

 ここで想定外だったのが、枢機卿が聖堂の外に出られると言った所だろう。

 結果、お互いに攻め切れない膠着状態が生まれる事となった。


 エドゥルネが腕を振るうと風を固めた鉄槌がサイコウォードの胴体を打ち据えるが、仰け反って僅かに装甲が欠けただけでその動きに衰えはなく、お返しとばかりに腹部装甲が展開してミサイル発射。

 当然ながら防がれるが、追い打ちとばかりに背部に付いたマジックハンドとその先端に付いたザ・コアとクラブ・モンスターが唸りを上げて襲いかかるがこちらも風に絡め取られて強引に逸らされ、地面を盛大に破壊するだけに留まる。


 エドゥルネの権能は防御よりも攻撃と支援に重きを置いたもので、防御に関しては以前に「寛容」の権能を振るった者達よりも大きく劣る。

 その為、サイコウォードの大質量を活かした攻撃に対しては防ぐというよりは逸らすという形で無力化しており、結果として攻めあぐねると言う事になってしまった。


 エドゥルネはやや苛立ちの混じった表情で腕を振るい、攻撃を繰り出すが思った以上に戦果が上がらない。

 戦闘に関しては素人のエドゥルネにはこの膠着状態がさっぱり理解できなかった。

 権能――それも枢機卿である自分が力を借りている存在は天使の中でも最大級の力を誇る。

 

 腕を一振りすれば視界の敵は全て吹き飛び、その歌声は全ての味方に無敵の力を与える――筈だった。

 だがどうだ? 攻撃は僅かな損傷しか与えられず、歌声は戦況を支えるだけで覆すには至らない。

 教団は絶対に正しく、勝利すべき存在。 そしてその筆頭とも言える枢機卿は、勝利する事こそ当然なのだ。 エドゥルネは枢機卿としてそうあれと育てられてきた。


 その為、このような上手く行かない状況に対する耐性が驚くほど低く、苛立ちを隠せなくなりつつあったのだ。

 少しずつではあるが権能に揺らぎが生じ始めていた。

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