第551話 「見敵」
「これは一体どういう事だ」
戦火に包まれる街を見てアメリアは驚きの声を漏らす。
場所は施設の屋上。 周囲の建物に比べ、やや背の高いそこはオフルマズドを一望とは行かないが、かなり広い範囲に視線が通る。
あちこちで戦闘による爆発音や金属音、空を見れば謎の魔物がグノーシス教団の天使像と戦闘を繰り広げていた。
敵の正体は見れば見る程、不可解だった。 完全武装したオークやトロールに始まり、見た事もない正体不明の魔物、明らかに魔導外骨格にしか見えない異形の機体。
そして次から次へと湧いて来る敵の増援。
これは恐らく転移魔石による物なのだろうとアメリアは当たりを付けた。
「アメリアちゃん! これってかなり不味いんじゃないかしら?」
専用の全身鎧に身を包んだ飽野が上がって来るが、アメリアの視線は戦場に注がれたままだ。
「あぁ、不味いな。 敵は明らかに転移を使ってる所を見ると、外門は落とされたか」
北方に視線を向けると黒い霧に包まれており、外門がどうなっているのかさえ分からない。
「さっきから暴れている魔導外骨格を見たけど、明らかにこの世界の人間に出せる発想じゃないわ」
「あの異形は君の世界の発想か」
彼女の言葉にアメリアは納得する。
人の延長ではなく用途に特化した形状と運用。 加えて明らかに連携を意識した動きに明確な目的と意思を感じる。
「最初にどうやってここに入ってきたのかその手段は気になるが、そんな事はこの場を切り抜けてからでも調べればいい。 差し当たっての問題は敵の目的と正体だ」
「そうねぇ、戦力はともかく転移魔石と魔導外骨格を使っている所を見るとアラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所の消失に間違いなく関与している勢力よね」
「あぁ、嫌な予感が当たったな」
決まりだ。 あの研究所の消失は人為的――それも外部からの悪意によっての物だ。
どうやって実行まで漕ぎ着けたのかその手段に大いに興味があるが今考える事じゃない。
これだけの事を実行できる資金力に魔導外骨格を再設計する技術力。
明らかに国家レベルの資産と技術力に加え、転生者を抱えている勢力。
心当たりがない。 少なくともこの大陸内では。
「……そうなるとお隣かしら?」
「私もそれが最も怪しいと思っている」
本来、テュケと言う組織はある組織を源とする者達だ。
アメリアは中でもヴァーサリイ大陸を任されており、他の二つの大陸にはそれぞれ別組織がある。
飽野が言いたいのはそれの事だろう。 特に隣の大陸の組織は焦っているのか、こちらの大陸にも手を伸ばしているとの噂も聞く。
「ちょっと前からクーピッドで怪しい出入りがあるって話だし、もしかしたらそれも関係あるのかもね」
「エゼルベルトならともかく、ベレンガリアならやりかねないな」
前者はともかく後者は隣の大陸に根を張り、距離的にも近い。
「特に彼女は最後に話した時の様子が少しおかしかった。 もしかしたら何か関係が――」
アメリアの言葉は近くで起った爆発で掻き消される。
「……悠長に話している場合ではなさそうだな。 皆は?」
「全員、完全武装で待機中よ。 ただ、十枝内さんだけはさっき飛び出していっちゃった」
理由に心当たりがあったので特に驚きはない。
「……アールか」
「多分。 あの人アール君にご執心だったみたいだし心配になったのね」
十枝内と言う転生者があの少年といっていい年齢の将軍にご執心なのは周知の事実だ。
本来なら転生者が外を出歩くのは余り良くはないが今は非常時、どうとでもなるだろうとアメリアは割り切る。
「私達も防衛線に参加するって事になるのかしら?」
「あぁ、逃げるにしても空が塞がっている以上、どうにもならん。 それにここを失うのは不味い」
将来的にオフルマズドという
その為にも支援を惜しまなかったし、守る事にも協力を惜しまないつもりだ。
「よし、まずは皆に指示を――」
動き出そうとしたアメリアの言葉は――
「みーつけたぁ!」
――地面から大量に生えて来た鎖に断ち切られた。
「――っ!? この!」
咄嗟に飽野が羽を震わせて鎖を吹き飛ばす。
アメリアは咄嗟に下がりながら襲撃者へと視線を向ける。
相手の居場所は向かいの建物の屋上だ。
「あ、アスピザル君!? どうしてあなたがここに!?」
飽野が驚きの声を上げる。
そこに居たのは彼女達にとっては意外過ぎる人物だった。
アスピザル。 かつて手を組んでいた相手だったが、先の事件で袂を分かった者だ。
「いつかの時と逆になったね。 あ、どうして僕がここにいるかって顔だね? 勿論、君達を始末する為に決まってるじゃないか」
アスピザルは目が全く笑っていない表情だけの笑みを浮かべている。
「……君はウルスラグナに居た筈だが、一体どうやってここへ……」
思わずアメリアが疑問を投げかけた。
アスピザルは不思議そうな顔でアメリアに視線を向ける。
「…………誰? 飽野さんと一緒にいるって事は幹部クラスなんだろうけどこんな若い――ん?」
アスピザルはアメリアに視線を向けたまま目を細める。
そしてややあって――
「は、はは、はははは、ははははははははは」
――嗤い出した。
その笑みには酷薄な物が浮かんでおり、いつもの彼とは似ても似つかない。
「あっっれぇ? 何で君が生きているんだい
アメリアは不味いと内心で嫌な汗をかく。 思わず否定しかけたが、即座に無駄と悟った。
さっきの一言は余計だった。 アスピザルの感受性はアーヴァに匹敵する。
まさかたったの一言で正体を看破するとは彼女にも想像できなかったからだ。
そして本当に不味いのはアスピザルがこの場に存在すると言う事は、手を組んでいるあのローという冒険者がここに来ている可能性が――いや、間違いなく居るだろうとアメリアは確信した。
これだけの規模の軍勢にあの化け物まで居るとなると、厳しいと言わざるを得ない。
ローの強さを身を以って知っているアメリアは冷静に分析。
この国であの化け物を打倒しうる存在。 転生者? 無理だ。
あの加々良ですらあっさりと殺されたのだ。 ここの転生者では束になっても時間稼ぎがいい所だろう。
魔導外骨格? ははは。 話にならなさ過ぎて、内心で笑ってしまう。
時間稼ぎすら無理だろう。
臣装装備の将軍達?
いい線は行くだろうが厳しいと言わざるを得ない。
結論は司教枢機卿か――国王だろう。
前者は最悪敗北、良くても相討ち。 だが、後者であるならば――問題なく勝てるだろう。
国王はある意味、選ばれた超越者だ。 この大陸で彼に抗しうるのはウルスラグナに現れたという聖女ぐらいな物だろう。
あの力を以ってすれば権能を持った怪物であろうとも撃破は叶うはずだ。
アメリアはそう確信していた。
「気付かれるとは流石だよアスピザル。 ここは久しぶりとでも言っておくべきかな?」
ならばと彼女は考える。
まずこの場でやるべきは目の前のアスピザルをどうにかして王にローの討伐を依頼。
他も充分に脅威だが、あの化け物は野放しにしておくと不味い。
そう考えて僅かに後退る。
「私がアスピザル君を抑えるわ。 その間に王城へ行って」
「しかし――」
「大丈夫。 下には仲間がいるわ。 ここで派手に戦ったら騒ぎを聞きつけて上がって来てくれる」
アメリアは分かったと言って離れようとしたが、パチンとアスピザルが指を鳴らすと退路を塞ぐように壁が立ち上がる。
「逃がす訳ないでしょ? それと下に居るお友達に期待しているんなら無理だよ? 今頃、石切さん達が抑えている筈だから」
同時に階下で爆発音、次いで戦闘の物と思われる衝撃が連続で響く。
「ほら、始まった」
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