第550話 「落星」

 優勢に見えるオラトリアムだが、当然ながら想定外も存在する。

 まず、グノーシス教団の保有する航空戦力だ。

 マルスランによる毒ガス散布と、アクィエルによる霧の侵食は確実に敵陣を侵していっているが、それでも仕留めきれていない。


 グノーシス教団のエンブレムの付いた天使像はマルスランとの交戦に入り、毒ガスの散布が止まってしまっている。

 当然ながらオラトリアム側も黙って見ていた訳ではない。

 即座にコンガマトーを召喚して支援を行う。 空中は火球が飛び交い、両軍が交錯する場と化した。


 そして最大の脅威は臣装の存在だろう。

 あの装備を身に着けた者は尋常ではない程に戦闘力を引き上げられる。

 通常の兵士ならば問題はないが、臣装を身に着けた者はオークやトロールでは相手にならず、アラクノフォビアやフューリーすら単独で撃破しうる。


 現状、対抗できるのはスレンダーマン達や一部のレブナント、改造種のみだった。

 数は多くはないが結果として被害が出始めている。 加えて、どう言う訳かアクィエルの霧による浸食の影響を殆ど受けていないのだ。


 そして戦場の一角である決着が付こうとしていた。


 それは――


 「はっはー。 どうしたどうしたぁ!」


 マルスランはそう言いながら緑色の炎を纏った剣を振るい、天使像を一体仕留める。

 距離がある相手にはミサイルを撃ち込んで爆殺。

 マルスランの分泌する毒液は可燃性だ。 内部に火種を仕込んで置けば本当の意味でのミサイルとして使用できる。


 味方に誤射しないように気を付けつつ立ち回り、接近戦を主体に戦闘を続行。

 次々と敵を落としていく。


 「ははは、やはり僕は強い。 僕は強い! 僕は強い!!」


 斬りかかってきた敵の攻撃を掻い潜って天使像を撃破。

 

 「これで二十! 戦功一番は貰っ――おっと」


 飛んで来た矢を躱す。

 マルスランは撃ち込んで来た敵に生意気なとミサイルを見舞おうとして――


 「あれ?」


 コン・エアーに矢が突き刺さっていた。

 繰り返そう。 コン・エアーは内部に可燃性のマルスランの毒液を循環、燃焼させて飛行している。

 そして矢はかなり深く刺さっており、内部構造に傷を付けていた。


 ――結果。


 爆発した。

 

 「そんな馬鹿なぁぁぁ!!」


 こうしてマルスランは割と綺麗な流れ星になった。 





 「はははは、素晴らしい、素晴らしい力ですね!」


 空に緑色の流れ星が落ちた時、地上ではハリシャが楽し気な笑い声を上げて刀を振るう。

 既に背の腕は展開しており、六刀を駆使し、敵の臣装持ちと戦っていた。

 ハリシャは相手の凡その技量は察しており、装備頼りの雑魚と言う事は理解はできている。


 だが、凄まじい戦闘力でその技量の低さを補うどころかハリシャの斬撃を悉く防いでいた。

 

 「いいです。いいですね! もっと、もっともっともっと楽しませてください!」


 ハリシャは最高の気分で刀を振るい続ける。

 何故なら刀をこれだけ振るっても死なない何て素晴らしいと考えているからだ。

 相手が粘ると言う事はそれだけ切り刻める楽しみが増える。


 「<拝火>、<七舌>! ほら、躱して見せてください!」


 斬撃の雨が降り注ぐ。

 臣装を装備した兵士達は危なげなく躱すが、その視線には紛れもない恐怖が宿っていた。

 周囲に居た兵士もそうだがオラトリアム側の兵は全滅し、この場に残っているのはハリシャと臣装を身に着けた兵士が三名のみ。


 臣装は身に着けるだけで聖堂騎士数名分の戦闘力を得られると言われる最高クラスの装備だ。

 身体能力は大幅に上昇するのは勿論、何より厄介なのが感覚の増幅。

 特に戦闘に必要な知覚が強化されるので、敵の攻撃を見てから躱す事も可能となる。


 それを成立させているのはどこからか流れて来る無尽蔵とも言える魔力のお陰だ。

 本来なら数秒使っただけで倒れるような燃費の悪い装備を使っても維持できている。

 これを使えばグノーシス教団の聖堂騎士とも対等以上に戦える――筈だった。


 兵士達はそう信じていたし、臣装を纏った自分達は最強だと自負していたのだ。

 だが、目の前の異形の女――ハリシャは三対一にも拘らず対等以上に戦っている。

 表情には笑みが張り付いており、彼等の恐怖を煽っていた。


 身体能力という点では彼等はハリシャを上回っていたが、それでは補えない程、技量に差があったのだ。

 その為、総合的に見れば両者の戦力はほぼ互角となっていた。

 ハリシャの攻撃は当たらず、兵士達の攻撃は届かない。


 どれぐらいの攻防が繰り返されたのだろうか。

 しばらくはこれ以上ない位の笑顔のハリシャだったが、少しずつその表情に陰りが見えた。

 追い詰められてきたから――ではなく、単純に飽きて来たのだ。

  

 確かに身体能力は素晴らしいが本当にそれだけの連中だったので、いい加減次に行こうと考え始める。

 見える攻撃は躱すが、死角からの攻撃には反応がかなり遅れている所を見ると、技量は本当にお粗末な連中なのだと評価を下す。


 なら、視認できない攻撃が有効と判断。

 

 「<風天ふうてん>」

  

 第四轆轤アナーハタ・チャクラに魔力を通す。

 これは風を司る轆轤で、風天は風の刃を飛ばす技だ。

 六本の腕で、死角から退路を潰す形で六連撃。 狙いは一人に絞る。


 反応させる為に最初の二撃は大振りで躱させ、意識を一点に集める。

 躱させた所で死角から膝裏を狙って斬撃。

 

 「――!?」


 兵士の驚愕と同時にその両足が半ばから断ち切られる。

 やはりとハリシャは内心で溜息を吐く。 見えている攻撃に対しての反応は異様にいいが、見えていない攻撃に関しては反応がかなり遅れている。


 結局、鎧の性能頼りと言う事なので、つまらないと切って捨てた。

 放ったのは四撃、残り二撃で首と腰を切断してとどめを刺す。

 一人。 流石に遊んでも居られないので確実に息の根を止める。


 残った二人が気を付けろとかよくもとか恨み節を垂れ流しているのを無視して次の攻撃手段を脳裏で組み立てて、即座に実行。

 大振りで意識を集めて死角から仕掛けて終わりだ。

 

 さっきの一人が何故死んだかの理由にも理解が及ばないようで、二人目も同様に沈む。

 明らかに戦闘経験が足りていない。

 

 ――と言うよりは四方顔と同様に狭いのかとハリシャは何となく戦い方の偏りで察した。


 最後の一人が激高して斬りかかって来るが、それを見てハリシャが感じたのは拍子抜けという想いと、さっさと片づけて次に行こうといった思考で、目の前の敵への興味が完全に消え失せていた。

 時間があるのならゆっくりと切り刻んで楽しめるが、今は戦の最中なのでそれもできない。


 その為、目の前の敵は痛めつけて楽しめないし、自分が高みに至る踏み台にもならない塵にしか見えないのだ。

 さっきと同様に仕留めようとした所で――


 ――咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。


 「ふん、気が付いたか!」


 杖や弓矢を構えた臣装を身に纏った者達が十数名、いつの間にか現れていた。

 先頭にいるのは同様に臣装を纏った攻衛将軍のレベッカだ。

 

 「貴様は完全に包囲されている! 降伏し、知っている事を洗いざらい話すと言うのなら――」

 「追加ですか素晴らしい。 貴方はそこの雑魚と違って私を楽しませてくれますか?」


 降伏を迫ったレベッカはそれを聞いて言葉に詰まる。 理由は彼女の表情を見てしまったからだ。 

 焦りも恐怖もない満面の笑みを。

 ハリシャは笑みを浮かべたまま敵の只中に突撃した。

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