第536話 「功績」

 前に出たのは十代半ばの少女。

 床まで届きそうな長い髪を結い上げており、その表情には歳には不相応なシニカルな笑みが張り付いていた。

 彼女はアーヴァと呼ばれていた少女であったが、ある事件により中身が入れ替わっており、別人としての人生を歩んでいる。


 名前はアメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。

 テュケと呼称される組織のトップで、この国では客人待遇で迎えられている。

 基本的にオフルマズドは部外者を内部に入れるような事はしない。


 ――にも拘らず彼女と彼女の配下がこの国での滞在を許されている事には理由がある。


 功績だ。

 銃杖、魔導外骨格、他国の情報や国の発展への寄与。

 彼女は様々な面でオフルマズドと言う国に貢献していた。

 

 中でも最も大きいのは技術開発とそのノウハウを教団の本国に売り渡す事で、定期的に得る事が出来た巨額の資金だろう。

 その為、この場に出席する事を許されているのだ。

 

 「まずはこの場に出席する事をお許しいただけた事に感謝を」


 一礼して感謝を述べる。 対して王は無言。

 話せと促されていると判断して続ける。

 

 「すぐといった話ではありませんが、また国を出る許可を頂きたく参上いたしました」


 彼女のライフワークとも言える各地での実験とデータ収集。

 それが滞っているのでそろそろ進めておきたいと判断しての事だ。

 以前に実験場として使用していたウルスラグナ王国での活動基盤を失ったので、新しく開拓する必要があると考えていた。


 その為、国を出る必要があり、こうして王に許可を貰いに現れたと言う訳だ。

 オフルマズドで実験させろとは言わない。

 実行するとこの国での居場所を失う。 そうなれば彼女達はこの大陸から逃げ出さざるを得ない。


 だからこそ本格的な活動は国外で行う必要がある。

 当初、彼女が抱えていた拠点は複数あるが最も規模の大きいウルスラグナ王国に用意した物はアイオーン教団の台頭により全て潰されてしまったので、もうあの場所は使えない。


 予備として確保していたアラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所は事故で消滅。 関係者が軒並み施設と共に消えてしまったので、あの国とのパイプも失われてしまった。

 もしあそこを使うのならまた、再度売り込みをかける必要がある。


 それと並行して転生者を集める事も行いたいので、スカウトの為、可能な限り自分で動きたいのだ。

 そうでなくてもここ最近の大陸の情勢は不透明な部分が多い。

 ウルスラグナ王国だけで言ってもアイオーン教団とその長たる聖女が振るう第八の聖剣。

 

 そしてその聖女が確保したとされる第八の魔剣。

 あの国での影響力を失ってしまったので聖女の正体についても調べられない。

 加えて、王都での一件で遭遇したあのサンプル。


 あれは本当に惜しかったとアメリアは考える。 あの力は明らかに魔法の域を越えている。

 つまりは「権能」だ。 あの男は正気を失う事なく素面で権能を扱えていた。

 上位の天使か悪魔をその身に宿し、その力を使いこなしている。


 ――欲しい。


 権能は不明な点が多い能力なので、研究の為に是非とも手元に置いておきたかった。

 グノーシス教団はある程度の知識を保有しているようだが、詳細な情報は降りてこない。

 その為、体勢を整えてまたあの国で色々と動いておきたいのだ。


 他にも気になる事は多い。 いや、多すぎると言って良い。

 アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所の消失に始まり、チャリオルトの崩壊、エンティミマスに現れた巨大魔物について等、ここ最近で大きな事件が多すぎる。


 このオフルマズドは身を隠す場所としては最適ではあるが反面、外の情報が殆ど入って来ない。

 その為、可能な限り外に出ておきたいのだ。

 かと言ってこの国と切れるのはあり得ない。 アメリアがこの国に様々な物を提供して一定の地位を築いているのは確保した転生者――中でも信用できる者達の受け入れ先と言う事は勿論あるが、最悪の場合・・・・・に備えて席を確保しておきたいという考えもあった。


 付け加えるのなら現在、彼女の率いるテュケは恐らく他に比べると勢力を大きく落としている。

 後ろ盾はあるがそう言った意味でも力を付けておきたい。

 新しい体も馴染み、準備も整ったので外出の許可を貰えるようにこうして王に頭を下げに来たのだ。


 「――許す。 好きにするがいい」


 それを聞いてアメリアは内心でほっと胸を撫で下ろす。

 結果は分かり切っていたが、流石にこの王の前に立つと緊張する。

 機嫌を損ねると周囲の連中が即座に襲って来るので、行動と発言は慎重にだ。


 それを聞いて周囲に控えている将の一部が表情を変えるが、口には出さない。

 この国では王の言葉は絶対で、その決定が覆る事がないからだ。

 アメリアは礼を述べて下がる。


 こうしてこの場はお開きとなった。




 謁見を終えたアメリアは真っ直ぐに廊下を歩く。

 白亜の壁に青い絨毯。 そしてテラスから見える白い街並み。

 グノーシスも白を好むが、ここはそれ以上だ。 漂白されていると言って良い。


 そう考えてアメリアは笑う。

 この国を作った王は大した物だと思い。 歩を進める。

 

 「おや?」


 ふと足を止める。

 廊下の壁に一人の男が寄りかかっているからだ。 


 「これはこれはカールトン将軍ではないですか? 私に何か用かな?」


 ケイレブ・カールトン。

 この国の防衛責任者である、防衛将、または防衛将軍などと呼ばれているオフルマズドの防衛を司る人物だ。

 その視線は鋭くアメリアを射貫く。


 「王がお決めになられた事に俺が意を挟む事はしない。 だが、この国の防衛を司る者としてはお前の行動は看過できない」

 

 ややあって口を開いたカールトンの言葉はアメリアの想像通りだったので、内心でややうんざりとする。

 立場上仕方がないとはいえ、あまり鬱陶しく絡まれるのは好きではないからだ。

 彼の立場はこの国を守る事。 その為、それを脅かしかねない要因――この国に誰かが出入りする状況を酷く嫌う。


 「……それに見合った利益をこの国に提供していると思うが?」

 

 そう言ってアメリアは肩を竦めて見せる。

 彼女がこの国に齎した物はそれだけ大きい。 だからこそこの手の特別扱いが許されているのだ。

 カールトンもそれを理解しているので強くは言わない。


 「だからだ。 貴様の行いが齎す利を越えた場合は我等は王の臣として刃を振るうだろう。 それを忘れぬことだ」

 「了解だ。 よく覚えておこう」


 アメリアはそう言ってカールトンの横を通り過ぎる。

 角を曲がるまで視線が突き刺さっていたが、彼女は努めて気にしなかった。

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