第537話 「雑談」

 「お帰りアメリアちゃん。 どうだった?」

 「ただいま。 予想通り、問題なく許可は下りた。 準備が出来次第、また外に出る」


 アメリアが戻った先はオフルマズドに用意されている拠点だ。

 研究施設も兼ねており、彼女達の成果が集う場所でもある。

 隣には確保した転生者たちの住居も併設されており、大陸における彼女達の本部だ。


 そして彼女を迎えたのは飽野 李帆。 蜻蛉トンボに似た姿を持つ転生者だ。


 「待ってました。 正直、こっちでの生活はちょっと窮屈だから外に出るのは大歓迎よ」

 「あぁ、私と君で出る。 ここ最近、どうにも外がキナ臭い。 調べておきたい事が多すぎる」


 周辺国で起きた事件もそうだが、情報の入手手段がないウルスラグナをどうにかする必要がある。

 現状、知り得ているのもグノーシス経由の断片的な物だけだ。

 彼女達がウルスラグナの情報入手に拘っている事には当然ながら理由がある。


 以前に王都の一件で遭遇したローと言う冒険者だ。

 こうして体を捨てる事にはなったが死を偽造したので、向こうには警戒されないだろうが放置は不可能とアメリアは考えていた。


 貴重な人間ベースの転生者である上、召喚した存在との完全な同化に成功したサンプルだ。

 その希少性は計り知れない。

 だが、あの存在には疑問が多い。 まずはどこに属しているかだ。


 ダーザイン? 恐らく違う。

 最初はアスピザルが何処からか見つけて来た転生者ではないかと、そう考えていた。

 だが、王都の事件。 あの襲撃を起こした勢力の正体が未だに不明と言う事を考えると何処かの勢力に属している先兵なのではないかと考えられる。


 「アキノ、君はあのローと言う存在に関してどう思う?」 

 「あ、やっぱり諦めてなかったのね。 私もシジーロでちょっとしか接触してないけど、あんまり絡みたい相手じゃないわねー。 おトメちゃんをあっさり殺しちゃったし、容赦がないのは勿論だけど、何だか得体が知れないから最低限、どういう生態なのかぐらいの情報か一定以上の勝算がないと――あ、確か前の時は勝算があったのに負けたんだっけ? まぁ、あれはしょうがないわね。 まさか、召喚陣の記述を書き換えるなんて芸当が出来るなんて思わないわよねぇ。 私もびっくりよ! あれっていったいどうやったのかしら? その場に居たのなら何か分かったのかもしれないけど、確か<領域支配エリア・ドミネイト>で拘束された状態で動いたのよね? だとしたらあれをどうにかするって言うのが前提だけど……うーん。 あれは拘束系の魔法ではある意味究極と言っていいレベルの魔法でしょ? しかも協奏隊によるバックアップ付き。 初めて聞いた時は耳を疑った物ね。 でも、現実に破られている。 それで考えたわー。 で、思いついた事があるの。 <領域支配エリア・ドミネイト>は指定した領域内の物体を操作する魔法。 ……と言う事を考えるのなら操作できる物は術者であるアーヴァちゃんの主観に頼る事になるのよね。 つまりは魔法の起動は認識されるまで阻害されないって考えられない? 仮説だけど、あのローって男は拘束されながら魔法でこっそり陣を書き換えて謎の能力でアーヴァちゃんを無力化、魔法を無効化して拘束を抜けたって事になるわね! でも、仮説としてはちょっと弱いのよねー。 話によれば儀式で降ろした何かとの融合の最中だったんでしょ? そんな事をやっている余裕が……というよりはできる物なのかしら? 融合には苦痛や変異の違和感が付き纏うって聞いたけど、そんな状況であれだけの芸当が出来ると言うのならすさまじい精神力よね。 うーん、でもそれって精神力で片付けられる事なの? 自らの存在が書き変わっている状態なのに意に介さないなんてあり得るのかしら? もしかして苦痛の類を感じない? 五感に欠陥がある? そう言った要因があるのならまぁ、不可能じゃないとは思うけど、不自然さは消えないわね。 でも一応、そうと仮定すれば筋は通るわ! 後はアーヴァちゃんを無力化した方法ね。 あの子の状態は見たけど、酷い物だったわね。 完全に壊れているように見えたわ。 でも人間をあそこまで壊すのは条件さえ揃えば不可能じゃないけど、そんな簡単にできる物ではないのよね。 精神にダメージを与える魔法かしら? 確かに視界に入らない――要は認識できないような魔法は阻害され辛いのに拘束を抜けた事を考えると不可能じゃないとは思うわ! ただ、同化による変異に耐えながら魔法陣を書き換えて、アーヴァちゃんへの精神攻撃。 この三つを同時に行うっているのはちょっとハードルが高いような気がするわ!

更に気になるのは、その直後に使った霧のような物だけど……プレタハングさんが使っていた権能に似ているわね……。 うーん、ちょっと情報が少なすぎるから判断が付かないわ! まぁ、それはそれとして、拘束を抜けた後は針谷ちゃんと加々良さんに聖剣使ったアメリアちゃんを撃破。 その後は誰も残らなかったから間接的な情報だけど、ペレルロさんと王様もやっつけたんでしょ? ちょっと強すぎない? ペレルロさんは憑依を使っただろうし王様に至ってはタンジェリンまで持ってたんでしょ? しかも来る前に加々良さんのお友達三人返り討ちにしてるって言うんだから、ちょっと冗談みたいよね? アメリアちゃんはどう思う?」


 アメリアは飽野の言葉を聞いて頷く。

 結果を並べればあのローという男の異様さが際立つ。

 極めて高い戦闘能力は勿論、あの儀式に対する異様な耐性は何だ?


 それにあんな状況にも拘らず、あの冷静過ぎる態度だ。

 明らかに自分に何が起こるのかを察して、その上で他人事のように振舞っていたのは異常だろう。 

 

 「概ね君の言う通りだとは思うよ。 私もあの男に対しての疑問は多く、危険と言う事も理解している。 だが、それを差し引いても捕らえて調べられれば大きく前進できる。 そうは思わないか?」

 

 あぁ危険なのだろう。

 アメリアはその点をよく理解していた。 あのローという男に手を出す事がどれだけのリスクなのかを。

 だが、彼女は欲する事を止められない。 何故ならそれに見合う飛躍の可能性と言う名のリターンがあるからだ。


 アメリアは目的の為に前に進む事はやめない。

 それは彼女の理解者である飽野も良く分かっていた。

 知は力。 そして力はこの先、絶対に必要だ。


 それ以前に二人の探求心が目の前にある答えを知りたがっている。

 彼女達はそれを抑えられず、抑える気もない。


 「えぇ、そうね。 あんな面白そうな検体、他にいないわ。 なら準備が出来次第、ウルスラグナへ?」

 「そのつもりだが、色々と準備が要る。 身を守る為の装備や捕縛の策も練る必要もあるので、向かうのはしばらくお預けだ」


 飽野は大きく頷く。


 「分かったわ。 でもどうした物かしらねー」


 その点はアメリアも同感だった。

 協奏隊による<領域支配エリア・ドミネイト>、近衛騎士団、聖堂騎士、そして封印状態とは言え聖剣まで用いたにも拘らず結果は失敗。


 本格的に捕らえるとなると再度不意を打った上で、それ以上の策を用意しなければならない。

 現状、そんな気の利いた手段は思いつかないが、必ず捕らえて見せよう。

 アメリア達はそう決意し、成功した時の事を考えて目を輝かせた。

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