第508話 「請負」

 「これでみんなの心が一つになったね。 僕は嬉しいよ」


 そう言うアスピザルにヴェルテクスは嫌そうな視線を向けると――

 

 「な、何で二人とも全く同じ表情で僕を見るのかな?」

 

 アスピザルがやや顔を引き攣らせていた。

 おや? 俺も同じような顔をしていたのか。 自覚がなかったな。

 

 「俺とお前は問題ないとして、そこのうるさい奴と後ろの奴は使えるのか?」

 

 ヴェルテクスはアスピザルを無視して視線をトラストに向ける。

 あぁ、そう言えばヴェルテクスは二人の実力を知らんのか。

 

 「問題ない。 アスピザルは火力には乏しい印象だが、後衛としては充分に使える。 トラストも前衛としての役割を果たせる程度の実力はある」


 俺がそうだなと振り返る。


 「無論。 いつかの霊山のような無様を晒すつもりはありませぬ」

 「……だ、そうだ」

 

 大きく頷くトラストの返事を聞いて俺はヴェルテクスを一瞥。

 奴は納得したのか、それ以上言ってこなかった。

 

 「さて、話も纏まった所で出発は明日ぐらいにしとく?」

 「いや、明後日以降にしとけ」


 話を纏めようとしたアスピザルにヴェルテクス待ったをかける。

 おや? 準備でもしたいのか?

 

 「明日、冒険者ギルドに行って依頼を請けておけ。 ダンジョン絡みで難易度が高い奴だ」

 「それは構わんが、何かあるのか?」

 「認識票だ。 そこそこの長丁場になるって事は分かってんだろ? だったらここで功績を稼いで位を上げておけ。 金は無理でも赤の最上位まで行けば無理も通せるし、鬱陶しく絡まれる事は減る」


 ……なるほど。


 特に興味ないからスルーしていたが、確かに奴の言にも一理ある。

 身分が高ければ手を出し辛くなりトラブルの種が減ると。

 正直、そこまで考えていなかったし、あくまでダンジョン攻略のついでだ。 手間もそこまでかからないだろう。


 「そっか、そう言えばローって冒険者だったね。 何か便利そうだし、僕もなろうかな?」


 アスピザルがそんな事を言ったが――


 「は、お前はウルスラグナで手配されてるから無理だろ」

 「いや、お前は手配されてるから無理じゃないか」

 

 ヴェルテクスに鼻で笑われ、俺は至極真っ当な事を言って切り捨てた。

 

 「……あの……何で君達は僕をディスる時だけ息ぴったりなのさ……」


 アスピザルがわざとらしく肩を落とすがその場の全員が無視した。


 「あずさー……僕ちょっと泣きそうだよー」


 こうしてこの場はお開きとなった。


 

 方針が決まったので後はやる事をやるだけだ。

 翌日に冒険者ギルドでプレートの更新と依頼の受注を行う事になった。

 エンティミマスの冒険者ギルドは各区に一つずつ存在し、俺と何故かついて来たヴェルテクスが向かったのは北区のギルドだ。


 流石にどこの国も雰囲気は似たような物で余り目新しさはなかったが、壁に貼られている依頼書の内容が地域色を出していた。

 さて、肝心の内容についてだが――


 ・タイタン鋼の採集。

 ・一定数の魔物の討伐。

 ・採集の護衛。


 大雑把に分けてこの三種類だ。

 報酬額は多い順だ。 採集の報酬が多いのは依頼人が提示した量のタイタン鋼を集めてダンジョンの外へと輸送しなければならない為、輸送費用も報酬に含まれているからだ。

 

 次に討伐だが、魔物の特定部位を集めてギルドに提出すればいいだけなので剥ぎ取りさえ行わなければ余計な荷物も抱えなくて済み、他に比べれば安全なので人気は高い。


 最後に護衛だが、前述の二つの手伝いと言う名目や荷物輸送の人足と言う側面が強い。

 実力に自信のない奴はこれで稼いでいるようだ。

 ただ、こう言う奴はパーティーが危機に陥ると真っ先に見捨てられるので、組む相手を見極める目が必要とも言われているらしい。


 ヴェルテクスは上二つのカテゴリーの依頼書をざっと眺めると、その大半を壁から剥がしてカウンターへと持って行った。

 奴が剥がし残したのを見ると歩合制や報酬額が小さい物ばかりだ。


 周囲がざわつくが奴は無視してカウンターに依頼書を積み上げる。

 受付嬢が戸惑ったようにヴェルテクスを見ているが奴は構わない。

 

 「俺とこいつで依頼を請ける。 さっさと受理しろ」

 「あ、あの、この量は流石に……失敗した場合違約金が――」


 ヴェルテクスは無言で自分のプレートを見せると受付嬢は目を見開く。

 当然だろう、国に数人しかいない金のプレートだ。


 「見ての通りだ。 俺達じゃあ不足か?」

 「ひっ!? わ、分かりました受理させていただきます!」


 奴が凄むと受付嬢は顔を引き攣らせながら依頼を受理した。

 手続きが済むと奴は「行くぞ」と俺に声をかけてギルドを後にし、俺もそれに続く。

 それにしても――あいつはいつもあんなことをやっているのか?

 

 道理でウルスラグナ王都の冒険者ギルドに奴専用の部屋がある訳だ。

 あんな調子でやっていれば間違いなくトラブルが起こるだろう。

 奴の事だからその悉くを返り討ちにしたのだろうな。 よくもまぁそれで金まで位を上げられた物だ。


 冒険者ギルドはそれでも奴に金を与えたと言う事はそれだけ有用と判断したからだろう。

 そして運用するに当たって他と切り離したと言う訳か。

 奴を使うにはある意味、最適解なのかもしれんな。


 このまま拠点に戻るつもりではあるが、ふと気になった疑問を解消するにはいい機会かもしれんな。

 

 「一ついいか?」

 「何だ?」

 「どうしてこっちに来る気になった? お前は俺にそこまでの義理がある訳じゃない。 確かにファティマの要請があったのだろうが首途は恐らく行く事を禁じられたはずだ」


 つまりはお前が無理に来る必要はなかった。

 暗にそう言うとヴェルテクスは小さく肩を竦める。


 「確かに俺はお前の為に体を張る義理も義務もない。 ただ、以前にお前を雇った時の報酬が未払いだった事と、お前に何かがあればジジイがウザったく泣き出しやがるからな」


 報酬? ややあって思い出す。 そう言えば貰ってなかったな。

 だが、俺も依頼を最後まで果たせなかった以上、契約不履行だ。 貰う訳にはいかない。

 俺がそう口にしようとしたがヴェルテクスは小さく手で制する。


 「俺が体を張る理由はそれで充分だ」

 

 それ以上聞くなとヴェルテクスは身振りで伝えると歩く足を早めた。

 

 「――そうか」


 なので俺はそれだけ言って納得する事にした。

 戦う理由と奴自身のルールが垣間見えたからだ。 それが理解できた以上、俺から何かを言う事はない。

 今日は準備に充てるつもりなのでさっさと戻って英気を養うとしよう。


 それ以降、俺達は拠点へ到着するまで無言で歩き続けた。

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