第504話 「増員」

 「お、お前は――お前は一体何なんだ!」 


 連中の本拠――一応、表向きは事務所となっている建物で俺はバンスカーの責任者と対峙していた。

 目の前の角刈りが特徴的な強面の男は恐怖に歪んだ表情で俺を見ていた。

 周囲には死体の山。 奴の護衛のチンピラ共だったが、弱すぎて話にならなかったので全員始末しておいた。


 責任者――アンドレア・ガン・バンスカーは最初こそ随分と威勢が良かったが、取り巻きを始末したらあっという間にこのザマだ。

 尚も喚き散らしていたが会話するだけ時間の無駄だったので、さっさと顔面を鷲掴みにして根を打ち込んで洗脳。 ついでに知識も吸い出す。


 正直、ダンジョン関係の知識さえあればこいつは別に要らないが先々に絡んで来るであろう連中を追い払うのに役に立ちそうだからこき使うとしよう。

 ついでに裏の流通に通じているみたいだし、ドゥリスコスにでもくれてやればいい。


 さて、得た知識を確認すると――


 地虫の鉱床。

 エンティミマスの地底全域に広がっていると思われるダンジョンで街のあちこちに出入り口が存在する。

 広大過ぎるので未だに最奥まで到達した者はいない。 到達できないのには別の理由があるが、それは今はいい。

 

 もっとも、そもそも到達する必要がないとも言える。

 ダンジョンの目玉は中で採れる鉱物――タイタン鋼とかいうらしいが、内部に生息する魔物の外殻がそれで構成されているので仕留めて持ち出すだけで一財産となるのだ。


 ただ、かなりの重量なので持ち出すのも一苦労となる。

 その為、持ち出せるのは精々、一抱え程度となるが、冗談抜きで金に匹敵する換金率を誇る高級素材だ。


 特にアラブロストルやオフルマズド――ここ最近、後者での需要が急速に高まっているので、市場に出した分だけ売れるのだ。 その為、ダンジョンに潜る奴は後を絶たない。

 ただ、中の魔物は相応に手強いので入るのは勿論命懸けだ。


 流石にこの国で幅を利かせているだけあってアンドレアの知識量は中々の物だった。

 確認されているマップの詳細、出現する魔物の生態や行動傾向、後は街の勢力図やバンスカーが把握している出入り口等々――。 


 まぁ、有用ではある。 中でも最も役に立ちそうなのはこいつ等の隠し持っている物だ。

 それが何かと言うと――

 

 「さて、適当に落ち着いたらダンジョンを見てみたい。 お前達が独占している出入り口を使わせろ」

 

 ――何とこいつ等は縄張り内にダンジョンの出入り口を秘匿しているのだ。

 だからこそ勢力を伸ばしてこれたとも言えるな。

 他のでかい組織も同様に隠し持っているとアンドレアは考えていたようだな。


 ……まぁ、間違ってはいないだろうな。


 連中の上げている収益は到底自分達の業務だけでは稼ぎ出せない。

 勢力を伸ばせている理由でもあるな。

 冒険者でも魔物の討伐には苦戦するが、ダンジョン内部にはタイタン鋼の切れ端や欠片などが落ちており、運が良ければ先に入った連中の死体や仕留めて放置された魔物の死骸があるのでその辺からも剥ぎ取りを行っているようだ。


 まぁ、切れ端みたいな物でも量があればそれなりの金にはなるので定期的に人を送り込んでは稼いでいるらしい。 

 当然ながら内部から来ようとする連中――または迷い込んで来た連中には口封じを行う事になる。

 ただ、慣れた連中は半ば察しているので基本的には近寄らない。 ある意味、暗黙の了解と言った所だろうな。


 そう言う意味でも街に来る新参者は厳しくチェックされると言う訳だ。

 

 ……なるほど。 


 中々、面白い話ではあったが、ダンジョンに関する興味は半減した。

 宝物とかそれっぽい物でもあるのかとも期待していたのだが、やっている事は魔物相手の追いはぎだ。

 ただ、誰も踏破した事がないと言う点は興味深い。


 そこまで期待している訳じゃないが、何か面白いものがあるかもしれないし最奥には行ってみるとしよう。 それに色々と身に着けたので魔物相手に試し撃ちもしてみたいしな。

 行動方針は決まったし後は動くだけか。

 

 ……その前にファティマに連絡でも入れておくか。


 ダンジョンの事も話しておきたいし、行動前に連絡を入れておかないと後でうるさいからな。

 




 ――ダンジョンですか。


 ――あぁ、近い内に潜る事になる。

 

 場所は変わってバンスカーの本部の一室。

 アンドレアに言って用意させた部屋だ。 ベッドと机しかない簡素な部屋だが、俺には充分だ。

 こんな事なら宿を取る必要もなかったな。 サベージは後で回収するとしよう。


 肝心のダンジョンの出入り口の場所なんだが、何とこの建物の地下と来た。

 移動する手間が省けて良いが、随分と思い切った事をしている。

 自分の膝元にそんな危ない物を置いておくとは大した物だ。


 万が一、魔物の氾濫でも起これば真っ先に襲われると言う事なんだがな。

 まぁ、いちいち他を気にして中に入る必要がないし問題ないだろう。

 

 ――ダンジョン自体にはあまり興味はありませんが、例のタイタン鋼という鉱物は中々魅力的ですね。


 聞けば国立魔導研究所にかなりの量の在庫があるので、当面は問題ないらしいが補給の手段がなかったので将来的には必要と考えていたらしい。

 

 ――近い内に人を遣ります。 例のバンスカーでは戦力的にも不足でしょうし、ドゥリスコスに連絡を入れておきましょう。


 ――分かった。 細かい所は任せる。 


 面倒だし勝手にしてくれ。


 ――ロートフェルト様の事です。 狙いはダンジョンの最奥でしょう?


 お見通しか。 何でこいつは一々、こっちの行動を読んでくるのかさっぱり分からん。

 まぁ、色々やってくれるみたいだし問題ないな。 いくらでも読んでくれ。

 

 ――その攻略、少しお待ちいただいても?


 おや? てっきり、分かりましたと返事する物かとも思ったが、意外な反応だな。

  

 ――戦力を送りますのでその者達とパーティーを組んで攻略されてはいかがでしょうか?


 予想外の事を言い出したので思わず内心で首を傾げる。

 何を言っているんだこいつは?


 ――特に必要とは思えんな。


 一人の方が身動き取り易いし、戦力ならサベージがいれば充分だ。

 何だかんだで定期的に強化もしてるしあの畜生は背中を預けられる程度には強いからな。

 

 ――ご心配なく。 ロートフェルト様に追随できる実力者に絞りますので、決してお邪魔にはならないかと。 それに――


 ファティマはやや言い淀む。

 若干、言い辛そうにしていたが何だ?


 ――恐らく近い将来、我々は大きな戦いを経験する事になるでしょう。 その際に他を率いる、または協力すると言った経験は必ずロートフェルト様に取って有意義なものとなるはずです。


 この先――か。

 まぁ、このまま南下すれば辿り着く場所は分かり切っているし、そこで待ち受けているであろう存在もある程度の想像はつく。


 俺はふむとファティマの提案について考える。

 確かに俺は基本的に一人でやってきたが、それで上手く行って来た事もあった。

 だが、上手く行かなかった事もある。 特にウルスラグナの王城でアメリアの罠にかかった時はその最たるものだろう。


 結果的に上手く行ったから特に問題にしなかったが、改めて考えると要改善な案件ではある。

 あの時、サベージを連れて来ていれば状況は少し変わったかもしれない。

 捕まってしまった以上、あの時に死んでいた可能性も充分にあったのだ。


 普段なら要らんで切って捨てるところだが、まぁいいかと言う気分になった。


 ――分かった。 人選は任せる。


 ――あ、ありがとうございます! 必ずやご満足いただけるよう全力を尽くします!


 俺が聞き入れたのが意外だったのかファティマの声はやや上擦っていた。

 邪魔になったら追い払えばいいだけの話だしまぁ、たまにはいいだろう。

 そう気楽に考える事にした。

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