第477話 「防備」

 初めて来たユルシュルの土地は一言で言えば厳重と言った所だろうか。

 境界を越えて旧ユルシュル領――今では騎士国首都ユルシュルに入った瞬間に見えて来たのは無数の砦や障壁だった。

 

 元は広大な土地だったはずだけど、あちこちに砦が存在しており、防備の厳重さがうかがえる。

 ただ……同時にこれは駄目だと思う。

 

 「……これまた随分と突っ込んだな」


 エルマンさんが小さく鼻で笑う。 

 

 「ユルシュルの領主は何を考えているのでしょう。 こんな事をやっていれば不満が溜まるのは目に見えているというのに……」


 クリステラさんもやや呆れが混ざった口調だった。

 正直、僕も二人の意見に同感だ。 無数の砦に巨大な障壁。

 明らかに一朝一夕で作れる代物じゃないし、かかった費用も並ではないだろう。


 そして最大の問題は、今まで通って来た場所にこんな大掛かりな防備は備わっていなかった事だ。

 つまり――


 「自分の周りだけを固めている……」

 「そうだな。 大方、この調子で徐々に広げて行こうという考えなんだろうが、一体いくらかかるのやら……ったくこんな事ばっかやってるから不満が消えないんだろうが」


 エルマンさんが小さく毒づく。

 正直、僕も同じ気持ちだ。 こんな事に税金を使うのならもっと別の使い道を思いつかないのだろうか。 

 特にユルシュルが管理している騎士国は騒乱の果てに成立した国だ。


 復興にお金が必要な場所は多い。

 それを差し置いてこれは――

 僕の目に映る風景を見る限り、余りいい印象は抱けなかった。


 


 「よくぞ来た。 我はこの初代騎士国王ザンダー・トーニ・ザマル・ユルシュルである」


 ユルシュルの屋敷――にしては大きい建物に通され、謁見の間に入るとユルシュル王と顔を合わせる事になった。

 大柄とは言えないががっちりとした体付きで良く鍛えられているのは良く分かるが、露骨に僕達を値踏みするように見る目はあまり好きになれなかった。


 この場にいるのは僕とエルマンさん、クリステラさんとマーベリック枢機卿に彼の護衛の聖堂騎士三名。

 ゼナイドさんにも一応、声をかけたのだけど冷たい顔で断られたので、この顔ぶれで会う事になったのだけど――


 「ほぅ、中々美しい声をしているな。 聖女よ、兜を取って素顔をみせい」

 

 自己紹介が終わった後、ユルシュル王はそんな事を言い出した。

 それを聞いてエルマンさんが表情を歪める。

 事前に僕が顔を見せられない事を説明して彼らはそれを了承していた筈なんだけど、いきなり反故にしてきたのは予想外だった。


 「ユルシュル王、事前に話していたと思うんですがね。 聖女様は事情があって顔を見せられないんですよ」

 「黙れ、従者ごときが口を挟むな。 我はそこの聖女と話している」


 あ、エルマンさんから表情が消えた。

 これはかなり怒ってる――というよりはこう言う奴かと見限った感じかな。

 

 「ユルシュル王、ぼ――私達は会う条件として私の素顔を晒さないという条件を付け、貴方方はそれを受諾した。 言葉を違えるのは王のする事ではないと思うのですが?」

 「黙れ、我が見せろと言ったら見せるのが礼儀ではないのか? ここは我が国土、我が王で我が法だ。 だから従うのは当然の事であろう? そもそも顔を見せんという無礼を先に行ったのは其方ではないか」


 僕の正体はアイオーン教団発足前から明かさないと決めていた。

 知っているのはエルマンさんと数名の神官、それにエイデンさんとリリーゼさんだけだ。

 理由は聖女は偶像である必要があり、その為には正体が明らかになる事はあってはならない。


 それに――

 いつか、全てが終わって聖女としての役目を終えれば僕はこの役目から降りて冒険者に戻るつもりだ。

 だから僕はいつでも後を託せるようにハイデヴューネと名乗った。

  

 ……仮に志半ばで死んだとしても誰かが継いでくれると僕は信じている。


 「笑わせますね。 礼儀を弁えろという貴方の態度こそ礼を欠いているように見えますが?」


 クリステラさんが侮蔑を隠しもせずに声を上げる。

 周囲の注目が彼女に集まった。 これは恐らく敢えてだろう。

 僕から注意を逸らした。 ユルシュル王は彼女に不快気な視線を向ける。


 その視線には怒りが籠っており、今にも周囲の騎士達を嗾けんばかりだ。

 嫌な状況だ。 エルマンさんも同じ考えなのか表情は苦い。 

 マーベリック枢機卿は無言。 彼の護衛も同様に言葉を発さずに周囲を囲んで守る位置取りだ。


 先の事を考えると余りここで騒ぎを起こしたくない。 

 それに――ユルシュル王の方を見ると、彼は僕をじっと見ている。

 恐らく顔を見せた所で、それだけで済ます気はないだろう。 まず、間違いなく追加で何かしらの要求をしてくる。


 明らかに彼はこの流れに持って行く為に僕に兜を外すように促した。

 

 ……一体何が目的なんだ?


 ユルシュル王の意図が読めない。 こんな事をしても無意味にアイオーン教団やグノーシスとの関係がこじれるだけだ。


 「ユルシュル王よ。 これはアイオーン教団だけではなくグノーシス教団からの要請で、そちらに協力を頼みました。 その使者相手にこれは些か無礼なのでは?」


 ここに来てマーベリック枢機卿が声を上げる。

 

 「この場を設けたのはそちらの要望、そして聖女ハイデヴューネは素顔を晒さないことを条件にこれを受諾。 そう言った約束だったのでは?」

 「マーベリック枢機卿の言う通りだ。 こっちは目的を伝えている以上、無理にあんた等と会う必要もなかった。 はっきりいってここを素通りしても良かった所をあんたが無理に呼び止めたんだろう?」


 彼の言葉にエルマンさんが同調する。

 実際、使者は代理を立てて僕達はそのまま真っ直ぐバラルフラームに向かう予定だったのだけど、ユルシュル王が強引に僕達――というよりは僕を目の前に連れてこいとしつこく要請してきたのだ。


 そうしなければ通行を許可しないと言って来たので仕方なく僕達は条件を出して会う事を承諾したのだけど……。


 「黙れ、そもそも我が呼んだのはそこの聖女だけでお前達は呼んでいない。 この場にいる資格がないのにいる事を許可してやっているだけでもありがたいと思え」


 …………うわ。


 余りの物言いに言葉が出ない。

 それは他も同様でエルマンさんもマーベリック枢機卿も絶句しており、クリステラさんに至っては目が据わっていた。


 「……まずは理由をお聞かせいただいても? 強引にここに招き、約束を反故にしてまで私の素顔を見たいという理由を」


 場を収めるのに必要であるのなら最悪、兜を脱いでもいい。

 それも彼が僕を呼び出した理由次第だ。

 ユルシュル王はふんと鼻を鳴らす。


 「将来、我が妻となる女の顔を見ようとして何が悪い」

 「……………………はい?」


 え?

 この人何を言ってるの?

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