第469話 「領主」

 最悪だ。

 あの後、俺は部下を十数名ほど連れてオラトリアムへと向かっていた。

 空は腹立たしい程に晴れ渡っている。


 聖女やクリステラはいない。

 聖堂騎士は俺一人だけ。 どうしてこうなったのかと言うと聖女達は現在王都に向かっている枢機卿を出迎える為に残す事になったので俺だけで行く事になったのだ。


 ……何でこんな時に現れるんだよ!


 余りの間の悪さに思わず喚き散らしたかったが、そんな事をしても無駄なのでしくしくと痛む胃を治癒魔法で宥めるだけにしておいた。


 一応、用件を聞いたが聖女に大切な用があるの一点張りで話にならないそうだ。

 流石に追い返す訳にもいかず、聖女に対応させざるを得ない。 他にも連れて行こうかとも考えたが、他は手いっぱいだし、連れて行けそうなクリステラは交渉の場には不向き所か居ない方がましなので聖女の護衛に残した。

 そしてそろそろ出発しないとオラトリアムとの約束の日に間に合わないので、結局、俺が行くと言う運びになった訳だ。 しかも独りで。


 嫌で嫌でたまらないが、行くしかないので諦めるしかない。

 そもそもオラトリアムへの協力を取り付ける事の重要性を訴えたのは俺だ。

 言いだしっぺである以上、俺が責任を以って行くしかない。


 ……それにしても……。


 ぼんやりと周囲を確認。

 現在地はオラトリアムの勢力圏内である近隣領だ。

 前回、行ったときにも通ったのだが、随分と様変わりしていた。

 

 次々と人が行き交い、行商や商店が増えて活気に溢れているのが分かる。

 野菜や果物などの作物はどれも瑞々しく、新鮮である事が一目でわかった。

 武具なども質のいい物が並んでおり、生活用品の品揃えも良い。


 話を聞けば、オラトリアムの傘下に入ったと同時に一気に生活の質が向上したと住民は嬉し気に語っていた。


 ……随分と手広くやっている。


 他にも話を聞いたが悪い評判が殆どない。

 治安維持は勿論、設備や街道の整備にも力を入れており、領主としての辣腕を振るっている事が窺える。

 ちなみに悪い評判は主に冒険者からだ。 仕事が激減し、請けられる業種の幅が狭くなった事で居辛くなったという話はいくつか聞いたが、仕事自体はあるので声を上げる奴はそう多くない。


 そして何より――

 ちらりと人混みの一角へ視線をやる。

 そこには奇妙な全身鎧を身に着けた者が武器を手に巡回しているのが見えた。


 凄まじい威圧感を放つそれはムスリム霊山を襲撃した謎の全身鎧達と似た雰囲気を放っている。

 あの事件を生き残ったからこそ分かる。 恐らくあの時の連中と同類だろう。

 やはりアスピザルの言っていた事は――


 胸の内から静かな怒りが湧き上がるが、俺は努めて表に出さずに留める。

 思う所はあるが、今はやるべき事がある。 個人で動くにしても全てが終わってからだ。

 俺はそう考えて先を急く事にした。




 

 久しぶりに訪れたオラトリアムは随分と様変わりしており、発展ぶりが良く分かる。

 約束があると警備の兵に話すと通され、前回と同様にでかい障壁の付いた門を潜って屋敷へと通された。

 今回も広い庭園に通され、用意された椅子に座って待たされる。


 その間にメイドに貰ったお茶と特産品の果物を口にして待っていると、足音が聞えて来た。

 ファティマと――もう一人いるな。

 誰だ? 見覚えのない男だった。 やや細身ではあったが大柄で良く鍛えられた体に、金髪と爽やかそうな印象を与える整った顔つき。 服装から察するに身分は高いが――まさか……。


 「初めましてですね。 お話は聞いていますよエルマン・アベカシス聖堂騎士。 私はロートフェルト。 ロートフェルト・ハイドン・オラトリアムと申します」


 俺の予想は正しく、そう言ってこの領の主は笑みを浮かべて席に着く。 少し遅れてファティマも隣の席に腰を下ろす。

 前回と同様にファティマだけが出て来るかとも思ったが、領主本人が出て来るとは思わなかった。

 正直、ロートフェルトはもう生きていないと思っていたので出て来るのは予想外だ。


 「どうも、エルマン・アベカシス、アイオーン教団聖堂騎士だ。 姓で呼ばれるのは余り好きじゃないんで名前で呼んで貰えると助かりますがね。 領主様は臥せっていると聞いていたんですが、もうお加減はよろしいんで?」

 「あぁ、少し前までまともに出歩けない有様だったのですが、妻の献身的な介護のお陰ですっかりよくなってね。 今ではこうして出歩けるようになれたんだ。 ありがとうファティマ」

 「……妻として当然の事ですよ。 ロートフェルト様」


 ロートフェルトの感謝にファティマは薄い笑みを浮かべている。

 何だかファティマの反応に違和感を覚えたが、余り他に入れ上げるような気性ではないだろうし夫への反応もこんな物かと納得した。


 俺の対面に座っているロートフェルトは「さて」と前置きして話を始める。


 「お互い多忙だろうし、早速本題に入りましょうか。 確か、あなた達はグノーシス教団と袂を分かち、アイオーン教団として活動していくと。 その為に我がオラトリアムへ求めているのは資金の援助と後ろ盾になる事。 要は金を出せと言う事ですね」


 既視感を覚えるやり取りに胃が悲鳴を上げるが表に出さずに気を引き締める。

 

 「……その通りですよ。 こちらは立ち上げたばかりでね。 先立つ物がどうしても必要なんですよ」

 「エルマン聖堂騎士。 仰っている事は分かります。 ただ、こちらも慈善事業じゃない。 そのアイオーン教団に対して援助を行う事でこちらにどんな利点があるのか。 それをお聞きしたい所ですが?」


 ……言うと思ったぜ。

 

 来るのが分かり切っている質問だったので驚きはない。

 一応、色々と考えてはいるが……通用するかは少し怪しいな。

 はっきり言って自信がない。 だからこそ、聖剣の威光で話を通り易くしようと考えた訳だが……。

 

 来られたのが俺しかいない以上、どうにかするしかない。

 

 「まずはそちらの治安維持活動の一部代行と商隊の護衛。 オラトリアムの兵は精強と聞いていますが無限に居る訳じゃない。 特にユルシュルの方への行商を行う際は聖騎士を護衛に同伴させた方が何かと都合がいいのでは?」


 オラトリアムとユルシュルの仲は良いとは言えない。

 表面上は上手に付き合っているように見えるが、向こうは報復の機会を窺っていると聞く。

 刺激しないという意味でもこちらの手勢を使うのは悪い手段じゃないはずだ。

 

 何かあればオラトリアムと教団の両方を敵に回す事になるので、襲われる可能性は大きく落ちる。

 ロートフェルトはそれを聞いてふむと頷く。


 「なるほど、悪くない話ですね。 ですが弱い」 

 

 分かってるよ。 おたくの兵隊が強いのは身を以て知っている。

 要らん金を払うぐらいなら普通に手勢で固めて、襲って来る輩は返り討ちにすればいいだけだからな。

 

 「後は業務提携。 大きく勢力を落としたとはいえ、アイオーン教団は旧グノーシス教団の活動基盤をそのまま引き継いでいる。 雑貨屋に始まり、宿や武具店など教団の看板の付いた店はまだまだ多い。 勢力を広げるという点では損はないと思いますがどうですかね?」


 ファティマは小さく眉を動かしたが、ロートフェルトは表情を崩さない。

 何か言う前に畳みかける。


 「最後に有事の際にはこちらの戦力を供出する用意があります。 未だに国内はキナ臭い。 戦力は多いに越した事はないのでは?」


 並べてはみたが何とも我ながら弱い取引材料だ。 だが、現状で切れる手札はそれで全部なのでこれで蹴られるとどうにもならん。 断られる事は視野に入れているので、何度も足を運んで地道に口説くしかない。

 そんな覚悟を決めているとファティマが小さく笑う。


 「ロートフェルトさま。 そろそろ良いのではありませんか?」

 「ふっ、そうだね。 エルマン聖堂騎士。 色々と試すような真似をしたが実を言うとね、我がオラトリアムは君達アイオーン教団に資金援助をする用意があるのですよ」


 ……何?


 その言葉に小さく眉を顰めたが、ロートフェルトの言葉には続きがあった。

 

 「ただ、いくつかの条件を呑んで貰いたい」


 ほら来た。 一体、どんな条件を吹っかけて来るんだ。 

 

 「なに、そんな難しい事じゃありませんよ。 旧グノーシス教団の物を含む、教団の情報――要はこちらが要請した資料の提出、後は何かあった際はこちらへの報告を義務付けて欲しい」


 なるほど。 要は手綱を握らせろと言う訳か。

 一応、事前に聖女や他の連中に許可を取っているので、俺の裁量で頷く事は可能だ。 

 要は隠し事はするなと釘を刺している訳だ。 それで、何かしら隠していた事が明るみになれば合法的に締め付けを厳しくすると。


 まぁ、金を出す以上は何らかの形で元を取りに来ると思っていたが、そう来たか。

 この様子だとまず、例の人体実験関係の資料は請求されるだろうな。

 それで隠すと契約不履行を突き付けられると。 上手い手だ。


 つまりは連中、俺が来る時点でこの流れに持って行くつもりだったんだろうな。

 どちらにせよ資金調達は必須である以上、資料の類は欲しがればくれてやればいい。

 あんなヤバい研究資料、俺達には必要ないからな。 いっそ全部押し付けるぐらいの気持ちで引き渡せば気楽にはなるか。


 「……分かった。 そちらの条件を呑もう。 ただし、聖女の素性については絶対に明かせない。 それだけは了承して欲しい」


 俺はそう言って頭を下げる。

 ロートフェルトは特に表情を変えず、鷹揚に頷く。


 「……いいでしょう。 聖女殿に関してはこちらからは詮索しない。 後で書類を用意するので署名捺印をお願いするよ。 では話が纏まった所で、早速教えて貰おうか?」


 ……いきなりかよ。


 「……俺に答えられる事であればいいんですがね」


 正直、何を聞かれるか全く予想できなかった。

 こいつ等は何を考えているか全く読めないので、向かい合っているだけでも心臓に悪い。

 どうか大した事のない情報でありますようにと祈りながらロートフェルトの言葉を待つ。


 「いや、今すぐ答えが欲しい事ではありません。 ただ、結果が分かり次第教えて欲しい」


 結果が分かり次第?

 その言い回しでさっと背筋が冷えた。 何を聞いて来るか予想できたからだ。

 こいつ等どうやって……。

 

 「グノーシス教団の枢機卿が来ているんだろう? 用件は聖女殿との面会かな?」

 「…………」


 咄嗟に言葉が出てこなかった。

 どこから漏れたという疑問が脳裏を過ぎったが、これはもうどうしようもない。


 「我々が知りたいのは枢機卿が聖女に何を話すのかだ。 当然、教えてくれるね?」


 これはどうしようもない。


 「……話が済み次第そちらに報告を入れる」


 俺はそう答える事しかできなかった。

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