第468話 「来客」

 「エルマン。 お前はユルシュルの目的は何だと思う?」

 「玉座――と言いたい所だがそいつは手段か」


 疲労や心労で濁った頭で考える。 

 さて、玉座を手段と考えるなら目的は王でなければできない事。

 次に考えるのは行動傾向だ。 奴が今までにやってきたことは何だ?


 周辺領を武力によって併呑。 そこから導き出される結論は――

 

 ……マジかよ。


 考えるまでもない。

 今までやってきた事を規模を大きくして続けることだろう。 

 要は他所の国に喧嘩を売るつもりだ。


 「いや、仮にこの国を支配できたとして、その先はどうする? アープアーバンがあるんだぞ?」

 

 この国の南側に広がる魔物の領域。

 その辺に出て来る魔物が問題にならない程強力な個体が数多く確認されている。

 グノーシスですら突破に聖堂騎士数名か聖殿騎士の精鋭で固めないと突破が難しい魔境だ。

 

 俺がそう言うとルチャーノは鼻でふっと笑う。

 

 「少し前にユルシュルの領主と話をする機会があってな。 何て言ったと思う?」

 「……まさか、自分が王になった暁にはアープアーバンの開拓を行うとかじゃないだろうな」


 半ば冗談のつもりで言ったのだがルチャーノは真顔だった。 おいおい冗談だろ?

 いや、できないとは言わんが難しいんじゃないか?

 どうなんだと疑問を乗せてルチャーノに視線を向けると奴は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


 「やればできるだろう。 ただ、その間にどれだけの犠牲が出るかは知らんがな」

 

 ……だろうな。


 「何を考えているんだユルシュルの領主様とやらは……」

 「大方、世界の王と言った所ではないか」


 ルチャーノは投げ遣りだ。

 何度も根気強く交渉や会談を行って和解への道を模索していたのだが、その悉くが徒労に終わればそうなるか。

 正直、気持ちは痛いほどわかるので今度、一杯奢ってやろうと心に決め、そして俺の愚痴も聞いて貰おうと思った。 こいつとなら美味い酒が飲めそうだ。

 

 「……そっちに奴の娘が居たんじゃないか? 確か聖堂騎士だったはずだが……」


 暗に何か知らないかと言う事だろう。

 ゼナイド・シュゾン・ユルシュル。 聖堂騎士でありユルシュルの一人娘。

 騎士国が成立すれば晴れて王女様だが、本人はそれを望んでいないようでアイオーン教団に入る事を決めたようだ。


 一度だけ話を聞いたが無表情で「家と自分は関係ありません」と一言。

 態度から触るのは不味い話題と察してそれ以降は持ち出さないようにしていたが……。

 

 「確かに居はするが連絡を取っている様子もないし、ありゃぁ切れてるな」

 「……そうか。 まぁ、そうでもなければ近衛騎士にでもなっているか」


 領主は上位の公官が務める物だ。

 その為、国へ対して顔が効く。 それを利用すれば簡単に出世もできたはずだ。

 実際、近衛騎士は給金も高いし、役割上王都から余り動かないから面倒も少ないしな。

 

 それを蹴ってグノーシス教団に入っている時点で推して知るべしか。

 

 「要はユルシュルとは話にならないって事か」

 「そうだな、奴とは話にならん。 恐らく、将来的には何らかの手段で排除する必要が出て来るだろう」

 「……物騒な話だ」


 俺は見てないので何とも言えないがルチャーノの口振りから余り、人の話に耳を傾ける手合いじゃないようだな。

 

 「ところで話は変わるがエルマン。 アイオーン教団は近いうちにオラトリアムへ行くと聞いたが?」

 「あー……まぁ、そうだな」


 凄まじく乗り気はしないが今回は聖女様が直接話すと言う事なので俺は後ろで……見てるだけじゃ済まねぇだろうなぁ……。

 あのファティマって代行の事を思い出すだけで胃がしくしくと痛む。

 可能であれば二度と会いたくない手合いだ。 それに――


 ――僕は命が惜しいとだけ答えておくよ。


 ダーザインの少年の言葉が脳裏を過ぎる。

 俺の予想が正しければあそこは見た目以上にヤバい場所だ。 本音を言えば可能な限り近寄りたくない。

 いや、そもそも関わりを持ちたくもない。 


 だが、グノーシスと切れた上、信徒が激減した今、予算の確保は急務だ。

 目的はいつかの時と同じだが内容は変わって来る。

 要は後ろ盾になってくださいと頭を下げに行くのだ。

 

 今やこの国で一番金を持ってそうなのはあそこなので、支援者になって貰えば現在、放置されているムスリム霊山やオールディア、シジーロ等の復興に光明が差す。

 当然ながら王国からも金を貰っているがまだまだ足りない。 その為、オラトリアムへ協力を取り付けるのは今後、教団を維持する上で必須と言って良いだろう。 

 

 「どちらにせよ、組織として立て直さんといかんからな。 遠くない内にユルシュルの方にも話をしに行く必要があるのは頭が痛い」

 「こちらもあの王子をさっさと次の王にせねばならんからな。 ユルシュルが攻めて来る前に何とか態勢を整えて迎え撃つ準備をせんとな」


 どちらも先が思いやられるな。

 同じ事を考えていたのかお互い苦笑。


 「お互い苦労するな」

 「まったくだ。 ……そろそろ時間か」


 ルチャーノは懐から魔石を出すと何事かを呟く。 どうやら聖女様と王子の話は何事もなく終わったようだ。 結局、お互いの近況報告だけで終わってしまったな。

 まぁ、不満を吐き出して多少はすっきりはしたので気持ちは楽になったからよしとしよう。


 部屋を出ようとした所でふとルチャーノが足を止める。


 「そういえばあの聖女、何処から連れて来たんだ?」

 「……悪いな。 お前を信用していない訳ではないが、あの聖女様の秘密は部外秘で、明かせねえんだ」


 俺はもう一度「悪い」と言って詫びる。

 ルチャーノは気にするなと手を振って部屋を後にした。

 俺もそれに続く。


 「エルマン。 一応、忠告しておくがあのオラトリアムの長をあまり刺激しない方がいい」

 

 最後にルチャーノはそう言うと奴は仕事へ戻って行った。

 言われなくても良く分かっている。 精々、機嫌を損ねないように上手く立ち回るさ。


 ……さて、俺も聖女様の所へ戻るとするか。

 

 そう考えて俺は歩く足を早めた。





 「それで? 王子達とはどんな話を?」

 「余り大した話は。 基本的に僕が聞かれた事に答える形でしたから……」


 聖女の反応は鈍い。

 こうなる事は予想していたので、事前に王位につくように促せと含んでおいたが上手く行かなかったようだな。

 

 ……とは言っても初対面でそこまで期待するのは期待しすぎだろう。 


 あの後、護衛の二人と合流して王城を後にした俺達は大聖堂に戻る道すがら成果を聞いていた。


 「さて、この後の話だが聞いているか?」

 「……ええ、オラトリアムとの折衝ですね」

 「あぁ、あそこの当主代行は中々油断のならん相手でな。 詳しくはまた後で話すがなるべく余計な事は言わんようにしておけよ」


 俺がそう言うと聖女は何故か考え込むように小さく俯く。

 その反応におやと首を傾げる。 何だ? もしかしてオラトリアムの事を何か知っているのか?

 聞こうとした所で大聖堂に到着し――


 「聖女様ーー!!」


 叫びながら駆け寄ってきた聖騎士に遮られ結局聞けず終いになってしまった。

 

 「どうかしましたか?」

 

 聖騎士の慌てようは少し大げさだったのでまた何か問題かと俺は内心でややうんざりしつつ、内容に当たりを付ける。

 魔物の出現か? それとも反グノーシスになった連中の報復行動か?

 その他、いくつか候補を上げていたが出てきた答えは予想の斜め上だった。


 「グノーシスの枢機卿が聖女様に面会を求めています」

 

 …………冗談だろ。


 どう考えても面倒事にしかならなさそうな案件だった。

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