第463話 「散歩」

 こんにちは。 梼原 有鹿です。

 最近、嬉しい事がありました。 何とお米です!

 お米が食べられるようになりました。 しかも美味しい!  


 聞けば遠く離れたフォンターナという所で仕入れた水稲?っていうのをこっちで増やした結果なのだけど……。

 当然ながら収穫班のわたし達が面倒を見ているのだけど稲ってこんな育て方だったかな?

 あれれ?と首を傾げる。


 田んぼか何かで育てるから田植えみたいな事するのかなと覚悟を決めていたのだけど、何故か地面から直接生えているのを収穫するだけでいいから楽だけど何だか釈然としないなぁ。

 どちらかと言うと手間がかかるのは収穫後らしい。

 乾燥させた後、色々な手順を経て店先に並ぶ事になるんだけど、その辺はわたしの管轄から外れるから知らない。 気になる事があっても詮索しないのがオラトリアムで無難に過ごす為の処世術だ。


 最近は首途さんに教わったお漬物を作ったりしているので、ご飯が美味しい!

 その首途さんなんだけど、少し前から家に帰らずいきなり湧いて来た施設に入り浸っているようで会う機会がめっきり減った。

  

 小耳にはさんだ話だとあそこは工場か何かで重機か何かを作っているとかいないとか。

 他に変わった話と言うと緑の人と凄く黒い人の話かな?

 緑の人は首途さんの働いている工場へ転勤になったのか姿が見えなくなった。 逆に凄く黒い人の姿はよく見かける。


 凄く黒い人は首途さんに馬を貰って最近ご満悦だ。

 正直、馬と呼ぶには憚られる見た目をしていたけど、きっと馬みたいな形をしているし跨っているから間違いなく馬に違いない。 オラトリアムでは余計な発言が死につながるので、気にしたら負けだ。


 あの人は暇さえあれば馬を連れて出かけているのをよく見かける。

 一度、山脈の方へ野菜のデリバリーをする時に見かけたけど楽しそうに馬に乗って走り回っていた。

 休日の楽しみ方は人それぞれだ。 わたしは休日、メイヴィスさんの所へ遊びに行ったり、首途さんの所にお茶を飲みに行ったりしている。


 仕事は忙しいけど、皆が頼りになるので安心して休む事が出来るしメリハリのある毎日を送れていて、充実しているのを感じて楽しい。

 今日は休日なのだけれど、生憎と首途さんもメイヴィスさんも仕事で忙しかったので珍しく暇になってしまった。


 折角の休日に家で引き籠っているのも勿体ないと今は散歩中だ。

 時間は午前。 涼しい風が吹いて気持ちいい。

 家の近所を歩いているとテンポの速い足音が聞えて来る。


 ……あ、凄く黒い人だ。


 あの人も今日は休みだったようで馬を引いて歩いているのが見える。

 すれ違い際に「おはようございます」と挨拶すると「あぁ、おはよう」と返してくれた。

 

 ……折角、一日も時間が空いたしこの辺りを見て回ろう。


 わたしはそう考えて足取りも軽く歩き始めた。





 最初に足を向けたのは畑だ。

 大丈夫だとは思うのだけどつい気になってしまう。

 今日は収穫作業は休みだけど、時間外手当ほしさに作業に出る人が居る。


 比較的急ぎの作物や、高級で余り数を取らない果物を収穫しておいて明日以降の仕事を楽にするのが目的だ。 特に高級果物は少し離れた場所で育てているのでこういう時にやっておくと移動の手間なども省けて楽になる。


 ……それにしても……。

  

 前から思っていたけど何だろうあの果物……。

 色が異様に濃い。 林檎に至っては赤を取り越して黒っぽい。

 下働きの頃から絶対に口にするなときつく言われていたけど、明らかに高級だからって理由だけじゃないよね。 これってまさか何かよくない物の――


 そこでふるふると首を振って考えるのを止める。

 私は何にも知らない知らない。 これは高いだけの果物。 うん、間違いない。

 作業している皆に挨拶と来る途中に買って置いた差し入れを渡して次の場所へ向かう事にした。


 この近辺は本当に変わったと思う。 

 畑の周囲はそれが顕著だ。 定期的に働き手も増えているし畑の近くには身内向けの商店街もできた。

 食料や生活用品に嗜好品などを取り扱っており、休日は皆で賑わっている。


 特に現場の人間としては即戦力が定期的に補充されるのはとてもありがたい。

 やけに体格の良いゴブリンさんやオークさんが来るけど……一体どこから?

 一度、同僚のゴブリンさんに聞いた事があるけど「『マザー』の子だろう」と言っていた。


 ……マザー?


 お母さんって事かな? 良く分からなかったけどそれ以上は教えてくれなかったのできっと知らない方が良い事なのだろう。 心当たりはあるけど深追い、ダメ、絶対。

 次は何処に行こうかなと迷う。 山の方は行きすぎると日帰りが出来なくなるので、ライアードの方へ足を延ばしてみようかな?


 そう考えて行先を決めた。

 この体は身体能力が高く疲れ知らずだ。 それに全力を出せばビックリするぐらい速く動ける。

 でも、怠けるとたちまち鈍るので体は意識して動かすようにしていた。


 軽く息を弾ませながら走る。

 どんどんスピードが上がり周囲の景色が勢いよく流れて行く。

 思いっきり走る機会がないのでこういう風を切る感覚は好きだ。 余り疲れない事もその要因だろうけど、頑丈な体に恵まれたと前向きに考える事にする。


 しばらく走ると畑が途切れてライアードとの境界が見えて来た。

 警備のレブナントさんに挨拶して通行許可を貰う。

 検問みたいな場所を通って先へ進む。


 ライアードはオラトリアムと違って畑が少なく、開けた場所というイメージだった。

 建物もまばらだし――あ、牧場がある。

 覗いてみると――何だろうあの生き物。 牛と羊を合わせたような……途中で正体に気が付いた。

 あれがアウズンブラか! あの肉が超美味しい家畜!


 「へー、あんなのなんだー」


 感心しながら見ているとゴブリンさんがもこもこしている毛をナイフで切って集めているのが見えた。

 あ、知ってる! 布団の材料だ。 いつもお世話になってます!

 使っている布団の柔らかさと温かさを思い出して、ありがとうと内心で拝んで次の場所へ。


 この近くは牧場関係が多く、アウズンブラの姿をよく見かけた。

 他には――何だろ? 牧場の裏に小さいウサギ小屋みたいなのがあるけど……。

 覗きに行くと――

 

 「……な、なんだろ、この生き物?」


 何か白くてぶよぶよした肉の塊がいっぱい居た。

 そうとしか形容できない生き物で肉塊に足と目玉が付いている異様な生き物だ。

 肉塊はじっとこっちを見た後、興味を失ったのか餌箱に入っているレタスみたいな野菜を食べはじめた。


 どういう生き物なんだろうと首を傾げながらその場を後にする。

 少しいくと建物がまばらになり――変わった建物が見えて来た。

  

 ……えっと? 教会?


 どう見ても教会だった。

 こんなのあったんだと思いながら気になって入ろうとしたけど留守なのか鍵がかかっている。

 残念と思いながら次へ向かう。


 しばらく行くと小高い丘を上って越えると、とても大きな建物――っていうか大き過ぎない!?

 何だか工場みたいな感じだけどなんだろ。

 上から俯瞰で見るとその大きさが良く分かる。 何だろうと一瞬、思ったけどすぐに思い当たった。

 

 多分、首途さんが言ってた建物だ。

 その証拠に見覚えのあるドワーフさん達や店の従業員らしい防護服を着た変わった動きをする人達が動き回っているのが見え――


 ――不意に施設の一角が爆発して緑の炎が噴き出す。


 ……ひぇ!? 何!? 何!?


 事故っぽい感じだけど――あ、何か吹っ飛んだ。

 人っぽい何かが爆発した所から放物線を描いて頭から地面に激突。


 何だろうと目を凝らすと見覚えのある人だった。

 緑の人だ。 何故か普通に死んでてもおかしくない有様だけど、ぴくぴくと痙攣していた。

 それに群がるように周囲の人達が集まって後始末に入る。 何か処理の仕方が手馴れた感じがするのがちょっと怖い。 無事そうだしいいのかな?


 ……うーん。 どこにでも居るなぁあの人。


 どう言う人か良く分からないけど奇行が目立つからあんまり近寄りたくないなぁ。

 そんな事を考えながらこれからどうしようかと考える。

 空を見るとそろそろお昼が近づいているのでもう少し見て回ったら帰ろうかな。


 晩御飯の買い出しもあるし何事もほどほどにするべきだ。

 そう考えてわたしは踵を返した。

 施設? 興味はあるけど、何だか知らなくてもいい事をやってそうだしスルーしよう。

 

 その前にどこかでお昼ごはん食べよう。

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